これは少し前にわたしが体験した話です
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わたしの趣味は怖い話を読むことでした
紙媒体の小説も読みますが
ここ最近は
携帯サイトで投稿されるものを読むことがほとんどでした
数ヶ月前に知ったサイトがあります
このサイトは
一般の方による実体験、創作などの投稿がメインで日々新作がアップされていました
電車通勤のわたしは通勤時間を利用して
このサイトで怖い話を読むことが日課になっていました
しばらくしてわたしはTとして、このサイトの会員になりました
会員登録すると
投稿作品にコメントを残せたり
作者の方達と交流が持てるので
それがまた楽しく
仕事が終わって家に帰り
ベッドに入ってからも
コメントをするのに夢中になり夜更かしすることも多くなっていました
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サイトへ登録して数ヶ月
わたしはある作品へのコメントを残しました
暫くしてコメント欄を見てみると
わたしのコメントに作者さんからの返信がありました
《コメントの表現がとても上手で感心します、作品を書いて見たらどうでしょうか?》
わたしはこの返信に喜びを隠せませんでした
その作品の作者の方はわたしの憧れでもあったMさんだったからです
作品を書くことなど微塵も考えてもいなかったので
無理無理、と思いましたが
もし書くことが出来ればMさんともっと交流が持てるかも、と思いました
わたしでも短編からなら挑戦できるかも、と
気がつけばMさんに
《書いてみます!待っていて下さい!書けたら1番に知らせます!》
とコメントしていました
その日からわたしは話を必死に考えはじめました
霊感は持ち合わせておらず
実体験もないので
創作になります
書いてみては消し、また書いてみる
ところがどう書いても
怖い気がしません
わたしは
もし投稿してなんの評価も得られなかったらどうしよう
Mさんからもがっかりされたらどうしよう
こんなことを考えるとますます筆は進みませんでした
そんなある日
わたしと趣味を同じくする同僚から
こんなサイトもあったよ、と
実体験が中心の投稿サイトを紹介されたんです
そこには地域別に体験談が載っていて
わたしの家の近くの話もいくつか投稿されていました
その中の1つに
わたしの家から5分程度のある坂の話が投稿されていました
投稿の内容は
『 夜、坂を歩いて下っていたところ
後ろからの足音に気がついた
後ろを振り向くと
黒い人影のようなものが走ってくるのが見えた
実際に耳で聞こえていたかどうかは
定かでは無いが
…おいていかないで…
という声が頭に響いてきた』
というものだった
その続きは
夜という事もあり
そんな得体の知れないものに追いかけられた投稿者は
坂を駆け下りて逃げ
坂を完全に下りきり後ろを振り向くと
その黒い人影のようなものは
消えていた、と
こんな体験談がYという人物から投稿されていました
その坂はよく知っていました
わたしは通勤にも使い
長さでいうと3、40メートルほどもあるでしょうか
緩やかなに続く坂です
坂の終わりがすぐに信号のある横断歩道になるので
自転車では危ないかな、と思う程度で
神霊スポットの情報や都市伝説なども好きなわたしでも知らない話でした
わたしは同僚に
これ、わたしの家の近くだよ〜
などと盛り上がりました
見ると投稿日は1年ほど前でした
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その帰り何時ものようにわたしは
家に向かい坂を下りていました
昼間にそんな話を読んだせいか
歩いていると背中に寒いものが走りました
振り向いてみましたが
もちろん何も、誰もいませんでした
その夜、いつもの怖い話サイトを見ると
Mさんの新作がアップされていました
読んで見ると流石、と思うような話でした
早速コメントを書き込もうとしましたが
前回、
作品を書きます!待っていて下さい!
と言った手前
まだ書けていないことになんとなく後ろめたさを感じコメントするのを躊躇しました
わたしはふと
あの坂の話を思い出しました
確かに坂を下っている時に怖いような気はしましたし
よく知っている場所なので
読んだ話より
より細かい描写もできそうだと思ったんです
投稿も1年も前だし
覚えてる人も少ないだろうし
コピペじゃないしいいよね、と
わたしは携帯を手に話を書きはじめました
より怖い演出を、と
最後は追いつかれて肩を押された
ということにしました
そして、わたしは1つの短編を書き終えました
「投稿する」をクリックするときは手が震えましたが
1つの達成感のようなものも得られました
早速Mさんの作品にコメントをして
作品アップしましたと書き込みました
次の日、目を覚まし携帯を見て見ると
サイトからのお知らせメールが2件ありました
わたしの作品にコメントが寄せられていたのです
Mさんからも
《初投稿おめでとうございます、怖かったです》
と、コメントがありました
わたしは身体の芯が疼くほどの喜びを感じました
もう一件のコメントを開くと
わたしは先ほどの高揚感が一気に冷めていくのがわかりました
《私の体験に凄く似ています
これは実体験ですか?
それとも元ネタがあれば 、もしかしたら私のものかもしれません》
Yという人物からのコメントでした
あの体験談と同じハンドルネームY…
まさかと思いました
ハンドルネームもそんなに凝ったものではなく
かぶることも無いとは言えませんが
コメントの内容からして同一人物ではと直感的に思ったんです
でも、決して非難するような文面には感じられず
純粋に興味を持ったような感じでした
わたしはどうしよう、と
但し書きにでも元ネタがあることを書いておいたとしても
2つの文章を比べてみれば
印象としてはほとんど一緒なのは書いたわたしが1番わかっています
それにより詳しく場所の景色などを書いていますので
同じ人物であれば
あの場所だとわかると思います
Mさんに既に読んでいただいていることを考えると削除はしたくありません
わたしは
《実体験です》
と返信を書き込みました
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その日、仕事の昼休みに携帯をチェックして見ると
再びYさんからコメントがありました
《Tさんも視える人なんですね
私はあの雰囲気から追いつかれたらダメだろうと思って逃げたんです
大丈夫だったんですね、安心しました》
こんな内容でした
わたしは霊感はありません
実体験もありません
感じることすらありません
Yさん以外の方からも
《実体験か、凄い!》
こんなコメントも寄せられていました
ここまできたら
実体験、視える人で通すしかないように思えました
Yさんのコメントには
《あの体験をした後はあの坂は一度も通ってないんです
あの坂は危険すぎますからね》
と、綴られていました
そのやりとりはわたしの気持ちを落ち込ませもしましたが
自分の想像よりも高評価を得ていることに再び高揚感が増してきました
そう、視える人と思われることにも…
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その日の帰り、わたしはその坂にさしかかりました
坂を下り始めると
急に空気が重くなったように感じました
わたしは昼間のやりとりからの
気持ちの問題と思い
気にせず坂を下りました
坂の半分くらいまできた時です
坂の上の方から
ズズ…ズズ…
と何かが擦れるような音が聞こえます
なに?
わたしは振り向きました
暗くてよくわからないのですが
周りの暗さより暗い何かがゆっくりと降りてくるのがわかります
はじめは黒い霧のように見えていたそれは
少しずつ頭、手、足が見えてきました
わたしは動けずそれを見ていることしか出来ませんでした
と、
顔の部分には目など見えないのですが
感覚的に目が合ったと思いました
すると今までゆっくりと動いていたその黒い影はわたしに向かって
走り出したんです
わたしは声にならない叫び声をあげ坂を駆け下りました
途中、ヒールが引っかかり靴は脱げましたが
それでも走りました
あと少しで坂が終わる
と思った時
…おい…
と、耳元で声が
次の瞬間
わたしは肩を思いっきり押されました
わたしはつんのめりながら
坂から飛び出し、派手に膝を着き転倒しました
うずくまるわたしに車のクラクションが鳴らされました
わたしが倒れていたのは
横断歩道の真ん中でした
信号を見ると
赤から青へと色を変えました
ハッと顔を上げ
横断歩道の手前の坂を見ましたが
そこには何もいませんでした
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わたしは帰宅すると
怖い話のサイトを開きました
自分の作品を削除し
そして退会の手続きを行いました
以来、わたしはその坂を通ることはなくなりました
作者月舟
創作です
もちろん創作です