人里離れたある山中。
頼りげな月の明かりに照らされ、写し出される二人の男性。
何かを探す様に、辺りを探りながら歩く二人。
「おい!何か見えるぞ!」
もう一人に声をかけ、前方へ駆け出す男性。
少し遅れて追い付いたもう一人の男性。
「こ…これか?」
その場にしゃがみこみ、まじまじとその物を見つめる二人。
その視線の先には、小さな祠がひっそりと佇んでいた。
長年、誰の世話も受けなかったのだろう。
その祠は一面、苔に覆われその上から落ち葉が降り積もっていた。
余程注意して見なければ、その存在に気付くことは無かっただろう。
一人の男性が、祠に積もった落ち葉を手で払いのけていく。
落ち葉を綺麗に取り除かれ、全貌を現した祠は、高さ二十センチ程の小さな小さな物だった。
「おい…これって…。」
一人の男性が指差した先は、祠の扉に貼られた一枚の紙切れ。
かなり薄れており、はっきりとは読めないが、恐らく「封」と書かれてある。
「封?だよな?
何かを封印してるって事か?」
「そんなの誰かが勝手に書いただけだろ?
俺達みたいな輩がこの祠に悪さしねぇ様によ(笑)」
そう言うと、男性は紙切れを引き剥がし、閉ざされた扉を開けた。
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一週間後。
「ぎゃ…ぎゃあ"あ"〜!!」
静かな山中に響き渡る悲鳴。
その日、愛犬と共に山菜採りに来ていた男性が、件の祠の前に二つの死体を発見する。
死体は、そのどちらも両目と口を真一文字に切り裂かれており、一つの死体の手には、一枚の紙切れが握りしめられていた。
それと時を同じく、山に程近い寺に一人の訪問者が訪れていた。
それは着物姿の美しい女性。
女性は境内を掃除している僧を見つけると、ゆっくりと歩みより、声をかける。
「おい。
そこの僧…。」
背後から突然声をかけられ、一瞬その身を震わせた僧が女性の方を振り向いた。
「ほぉ〜これはこれは…。
また珍しい来訪者ですなぁ。
人外の者ですか…。」
僧はまじまじと女性を眺めながら言う。
そんな僧に対し、女性が問う。
「僧よ…。
そなた強いかえ?」
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その日の夕方、寺へ参りに来た一人の老人が、境内で無残に殺害された僧を発見する。
山で発見された二人と同様に、その両目、口は真一文字に切り裂かれていた。
そして、三体の遺体が発見されてから、僅か五日の間に、同様の遺体が更に八体増える事となる。
被害者は、先の男性二人を除けば、僧や神主、霊能力者に占い師と、主に人外の力を生業としている者ばかりであった。
勿論、この前代未聞の事件に警察はその総力を上げ、捜査に踏み込んだ。
だが、それとは別に人知れず動き出した輩達がいた。
「これは間違いなく、人為らざる者の仕業。
ならば、警察の力ではどうする事も出来ん。
お集まりの皆様、如何かな?」
山中の奥まった場所に建てられた、大きな寺。
その寺の一室に、テ―ブルが並べられ、そこに腰かける沢山の人物。
最前列は他の人物と対峙する様、テ―ブルが置かれ、そこに腰かける三人の人物。
その中の一人が話す。
「今回の事で標的となっているのは、間違いなく、我々仏門や神道に携わる者。
今日、皆様にお集まり頂いたのは、先の人外の者をどう葬り去るかを検討する為。
皆様の意見をお聞かせ下さい。」
どうやらこの場所に集まったのは、各地の僧や神主、それに霊能力者や占い師といった今回の被害者達と生業を共にする者達の様だ。
「この事件で、人外の者と思われる女性と対峙し、無事に生き延びている者もいると聞きましたが?」
一人の神主が発言する。
「その通り。
現在、確認出来ている者で無事に生き延びた者は五名。
そして、それら五名の報告により、共通する点が見つかったので、今から報告をさせて頂きます。」
最前列に座る一人の老僧が説明を始めた。
その話しによると、その女性と対峙した段階では、特に危害を加える様な禍々しさは感じられなかった事。
そして、女性は必ず一つの質問をすると言うこと。
この二点が、生き残った五名全ての報告と一致したとの事だった。
「その質問とは?」
あちこちから一斉に声が上がる。
老僧は一つ咳払いをし、答える。
女性のする質問とは…。
「お前は強いか?
と言う単調な質問、ただ一つであります。
そして、生き残った五名全てが、この質問に対し、自分にはそんな力は無い。と答えたとの事です。」
そこに集まった一同がざわついている。
「皆さん!
落ち着いて下さい!
私達は、神や仏に仕える身。
人外の者ごときに臆する必要はありません!
今こそ我らが全勢力を以てヤツを討ちましょうぞ!」
老僧の言葉に、今まで恐怖に支配されていた者達が顔を上げ、自らを鼓舞する様に声を上げた。
「ププっ…。
プ…はは…。
あははははははははは!!」
?!
突然、室内に響き渡った笑い声に、その場にいた一同が一斉に後ろを振り返る。
「あはははは!」
そこにいたのは、場違いな軽装に身を包む一人の女性とその横に佇む一人の青年。
「き、貴様何がおかしい!」
老僧が女性に対し、声を荒げた。
「だって…ププっ…
全勢力…だっけ?(笑)
あはははは!」
「ね…姉さん…。
失礼だよ…。」
女性はお腹を抱えて笑い続ける。
「何故貴様の様な小娘が此所にいる!
すぐに出ていけ!」
老僧の怒号にやっと笑うのを止めた女性が言う。
「珍しい集まりがあるって聞いたから顔出したのに、下らない!
言われなくても帰るわよ!」
女性はそう言うと背中を向けた。
「あっ!
一つ言っといてあげるけど、あんたらが何人集まっても話しにならないよ?
全勢力?
やるだけ無駄!
死にたくなけりゃ止めときな!」
女性は背を向けたままそう言うと、部屋を後にする。
「くっ…。
小娘が偉そうに!」
その場にいた皆が女性に対し、悪態をついている。
女性は、部屋を後にする時、一番後部座席に座っていた男性の肩にそっと手を置いた。
「ほんと笑っちゃうわよね?
これだけの人数がいて、まともなのはあんただけ何だもん。
ね?雫?(笑)」
女性に雫と呼ばれる男性は、女性の顔を見上げ言う。
「相変わらずだね?
トメは…」
パン!!
突然、男性の頭を強く叩いた女性。
「その名前を呼ぶなって言ってんでしょうが!」
女性はドタドタと部屋を後にした。
「すいません…。
雫さん。」
青年が雫に頭を下げる。
この雫と言う男性は、一族こそ違うが、女性とは幼少の頃より互いを高めあって来た旧知の仲である。
そして、その実力はあの女性も認める程。
「いいよいいよ(笑)
このやり取りも、もう二十年だからね?(笑)
慣れたもんだよ。」
そう言いながら、雫は叩かれた頭をさすり、笑う。
「それより、静音君も随分成長した様だね。
姉さんに鍛えて貰ってるんだろ?(笑)」
「いえ…とんでもない…。
私なんてまだまだ姉さんや雫さんに比べたら…。」
静音は、恥ずかしそうに俯く。
「そんなに謙遜しなくても(笑)
僕何かにはすぐに追い付けるさ。
まぁ…君の姉さんにはちょっと難しいと思うけどね。」
ドタドタドタドタ!
?!
二人が話していると、先程部屋を後にした筈の女性がもの凄い形相で戻って来た。
「雫!
分かってると思うけど、あんたこの件には関わるんじゃないよ?
あたしはあんたの実力を知ってる。
それでも、絶対に関わっちゃ駄目!」
女性は真剣な表情で雫にそう言った。
「やっぱり…。
あの山が事件の発端だと聞いて、気になって此所へ来てみたんだけど、君のその感じじゃ、僕の予想が当たったんだね…。
アレなんだね?」
そう話す雫の表情も真剣なものに変わっていた。
「えぇ…十中八九、間違いない。
だから、あんたは絶対に関わるんじゃないよ!」
「何だかんだ言っても優しいんだね?
トメ…」
パン!
また頭を叩かれた雫。
女性は既に部屋を後にしている。
「あの…雫さん?
アレって?」
静音が雫に問う。
「アレねぇ…。
もし、本当に今回の事件がアレの仕業だとしたら、僕じゃ勝てない。
いや、誰も勝てないんじゃないかな?
君の姉さんを除いてはね。」
雫はそう言うと、視線を遠くへと移した。
「アレについては、僕何かより君の姉さんの方が良く知っているよ。
アレは君達一族と因縁の深い存在だからね…。
そんな事より、早く行かないと姉さんに叱られるよ?(笑)」
静音は雫の言葉に、はっとなり、雫に頭を下げると先に行く姉を追いかけた。
「姉さん!姉さん!」
やっと追い付いた静音。
「姉さん?
さっき雫さんと話していたアレって何なの?」
静音はアレについて姉に訪ねる。
姉は少し面倒くさそうな表情を浮かべ話し出した。
「雫のヤツ!秘密だって言っといたのに!
まぁ、でも静音も知っておいた方がいいよね…。」
そこから女性はアレについて、ポツリポツリと話し出した。
アレが何処から来たのか…。
何時から其所にいるのか誰も知らない…。
気付いた時にはアレは其所にいた。
その容姿は人間の女性その物。
美しく妖艶で、男なら誰しもが心を奪われるだろう。
だが、その容姿とは裏腹にアレはとてつもなく残忍であった。
アレは昼夜問わず人を襲った。
殺された人々は皆、両目と口を真一文字に切り裂かれていた。
村人は名のある祈祷師を雇い、幾度と無く討伐を試みるがいつも結果は同じ。
両目と口を切り裂かれた死体が無残にも増えて行くだけであった。
そんな事が続いたある日、遂に女性の一族の元へ依頼が来る事となる。
当時の当主は、アレの力は想像を遥かに越えていると判断し、前当主にも応援を要請し、二人の当主でアレに闘いを挑んだ。
闘いが始まり、三日が経っても戻らぬ二人を案じ、一族の者が偵察に行くと、そこに力尽きる二人を発見する。
一人は両目をもう一人は口を裂かれた状態で絶命していたと言う。
そして、そんな二人の傍らに「封」の札が貼られた小さな祠があった。
二人の当主は己が命を賭け、アレを祠へ封印したのだった。
「ちょっと待って姉さん!」
姉の話を聞いた静音が慌てた様子をみせた。
その顔は青ざめている。
「当主二人が命を賭けて封印??
それって…二人の力を以てしてもアレを倒せなかったって事?!
それが封印を解かれ、世に放たれたって事?!」
慌てた様子の静音を見て、女性が言う。
「そ。
それ位ヤバいモノだって事。
だからあんたも絶対に関わるんじゃない。
ただ…。」
女性の表情が険しくなる。
「これはあたしの予想なんだけど…。
アレは恐らく、あたしを探してる。
先代達に封印された怨みを現当主であるあたしに晴らそうと…。」
?!
「姉さん?!
それってかなり危険なんじゃ?!」
「あんたがあたしの心配なんてしなくていいの!
それより、週末は依頼で帰りが遅くなるからちゃんと修行しとくのよ?」
女性はそう言うとアレについての話を切り上げた。
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それから三日。
あれからも被害者は増え続け、もう二十人を越えている。
警察は必死に捜査するも、何一つ情報を得る事が出来ない。
「それじゃ行って来るから。
いいわね?
もし、修行をさぼったら…。」
指をポキポキと鳴らしながら静音に詰め寄る女性。
「分かったから!
早く行かないと依頼に遅れるよ?」
やっと家を出た姉を見送る静音。
言い付け通り修行をする為、庭へ出る。
「全く…。
姉さんはいつまで私を子供扱いするのか…。」
独り言を呟きながら、修行の準備をする静音。
その時、静音の背後で声が聞こえた。
「もし?そこの殿方。
お前は強いかえ?」
作者かい
はい!長い!(笑)