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オモイ想い ~後編~【A子シリーズ】

長編15
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オモイ想い ~後編~【A子シリーズ】

雪さんと二手に分かれた私と月舟さんは、あの絵を買った画廊に向かいました。

いさ美さんと来た時と変わらないはずなのに、何だか重い空気を感じます。

「いらっしゃいませ」

あの時の店員さんが私達を見るなり、快活に声をかけてきました。

「すみません……先日の絵のことでお訊きしたいんですが……」

私が店員さんに近づいて話しかけると、店員さんは少し戸惑ったような顔をします。

「何でしょうか?」

「あの絵の作者を教えてください」

私の質問が想定内だったのか、店員さんは少し伏し目がちに頭をもたげ、小さく溜め息を吐いてから重い口を開きました。

「……私もよくは知らないんですが……」

店員さんの話では、応対は店長がしたので、よくは知らないけれど、フラリと現れた青年が絵を置いて欲しいと結構な大金を出して、店に置くことになったんですが、青年とはその後、連絡が取れなくなってしまったらしいです。

何でも、絵の裏に遺書めいた手紙が挟まっていて、店長が気味悪がって棄ててしまったので、内容までは知らないとのことでした。

「せんぱい!もしかしたら、呪いの一種かも知れませんね」

月舟さんが鋭い視線で私を見ます。

元オカルト研究会の月舟さんには何か心当たりがありそうでした。

「一度、大学へ戻りませんか?図書館に手掛かりがあるかも知れません」

「呪いの本なんて図書館にあった?」

私が訝しく月舟さんを見ると、月舟さんは不敵な笑みを浮かべます。

「呪いの本はないでしょうけど、民俗学の資料から手掛かりが見つかるかも知れませんよ?」

月舟さんらしくないキレッキレの推理に、私は驚きつつも乗り、すぐさま大学へ向かいました。

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大学の図書館に着くとすぐに、私達は民俗学の資料の棚に向かい、それらしい物がないか探します。

……さて、何から探せばいいものやら。

私も月舟さんも民俗学は専門外、何の見当もつきません。

「あれ?あなたは確か……」

ただ、途方にくれる私達二人に、かけられた聞き覚えのある声に振り返ると、私は思わず笑顔が出ました。

「迎里さん!」

「お久しぶりです」

初めて会ってから、しばらくぶりでしたが、迎里さんは私を覚えていてくれたようです。

「何かお探しですか?」

迎里さんは私達の表情で、困っていることに気づいて、優しく声をかけてくれました。

「民俗学の本を探しに来たんだけど、何に書かれているか分からなくて……」

「それは、どんな内容なんですか?」

「呪い関係……ですかねぇ」

「呪い!?」

月舟さんの呟きに、驚いた迎里さんが思わず大きな声を上げました。

「実は私、民俗学取ってて、もしかしたらお役に立てるかも知れませんね!どんな内容か教えてもらえますか?」

迎里さんの心強い言葉に安心し、簡単に事の次第を話すと、フムフムと聴いていた迎里さんが何か心当たりがあるような口ぶりで話し出します。

「それは、『ムカサリ絵馬』かも知れません」

「ムカサリ絵馬?」

「はい。ムカサリ絵馬は東北地方のある地域に伝わる供養の儀式で、若くして亡くなった方を架空の相手と婚姻を結ばせて、先祖として供養するという冥婚の儀式です」

迎里さんの言葉から察するに、そのムカサリ絵馬とやらが、今回のことに関わっていそうです。

「相手は架空って言ってたけど……」

「そうです。死者と生者を結ばせることはできませんから、絵に描いた花婿や花嫁をあてがうんです。第二次世界対戦で戦場に散った少年兵も、この方法で弔われたことがあります」

「それを生者で行うことは?」

私が恐る恐る訊くと、迎里さんは明るく笑いながら答えました。

「まさか!それはタブーですから、行われることはないと思いますよ?」

「でも、仮に……あくまでも仮に、それを行ったとしたら?」

私の問いに、迎里さんは極めて深刻な面持ちで返答します。

「生者は連れて行かれるでしょうね……ニライカナイに」

ニライカナイ……沖縄出身の迎里さんがいうところの『あの世』のこと(らしい)です。

「じゃあ、いさ美さんが危ないってことじゃないですか!!」

「待ってください!ムカサリ絵馬なんて、今では廃れてしまった儀式ですよ?」

「その忘れられた儀式を行おうとしている人がいるかも知れないんですよ……」

「ムカサリ絵馬を行うには、それ用の祝詞を知らないと完成しません。参考資料も限られてますし……そうとうマニアックな知識を持っている人間でないと……」

表情を曇らせる迎里さんに、私は不安を拭いきれずにいました。

「その、ムカサリ絵馬についてですが……」

迎里さんは背後の棚に向かい、その膨大な書籍の壁を右往左往します。

「……うん!ないですね」

「ないって……その資料ですか?」

「えぇ、あの資料は持ち出し厳禁なんですが、なくなっています……」

「まさか……盗まれたんですか?」

嫌な予感で今にも張り裂けそうな私を他所に、迎里さんが答えます。

「その可能性は高いですね。あの資料は、かなりマイナーな因習についての物ですから……ゼミでも取り上げることもありませんし……それより」

迎里さんが私の背後を指差して言いました。

「お連れの方は何処へ?」

迎里さんに言われて、慌てて私が後ろを振り返ると、月舟さんがいなくなっていました。

「この忙しい時に……」

私が苛立ちを露にして呟くと、迎里さんは宥めるかのようにニコリと微笑みます。

「一緒に探しましょうか?」

「……でも」

困惑する私に、迎里さんが「ふふふ」と笑って言いました。

「借りを返すという訳ではありませんが、私もお役に立たせてください」

何だか申し訳なく思いつつ、私は迎里さんのせっかくの心遣いに甘えることにします。

この緊急時に、月舟さんもそう遠くには行ってないだろうと見当をつけ、迎里さんと近くを歩いてみると、月舟さんはあっさり見つかりました。

月舟さんは何故か金髪の外国人女性と話をしています。

「オラの地元じゃ、そんだ話は聞いたごどねぇけど……確か、先輩にやたら詳しい人おったっけ……その先輩さ訊いてみっか?」

「ミシェルちゃん!そのせんぱい、紹介して!!」

「今、ツッキーの後ろさ、いる人がそんだ。国文学専攻の千尋先輩だべ」

見た目完全な白人で生粋の東北人ミシェルさんに指を差され、ゆっくりとこちらを振り向いた月舟さんの顔は、例のアレでした。

いつ見ても怖い……。

「月舟さん、今さっき迎里さんに聞いたけど、いさ美さん……何だかとっても危ないみたい」

「いさちゃんが!?」

普段は、ほわわんとしている月舟さんが、かなり焦っているのが表情で分かります。

「まず、そのお友達を見つけないと……」

「そうですね……早くしないと取り返しのつかないことになりそうで」

迎里さんの言葉で沸き上がる不安に、私の胸が押し潰されそうでした。

「いさちゃんのスマホのGPSも使えませんし、どうやって探せばいいんですか!?」

月舟さんは泣きそうな顔で私の肩を掴みます。

「……A子なら、何とかしてくれるはずだよ………A子を信じよう」

「はい……A子せんぱいなら……」

落ち着きを取り戻した月舟さんが、私の肩から手を放しました。

「取り敢えず、A子のところに行こう!!」

「私も行きます」

「オラも!!」

私の呼び掛けに、迎里さんとミシェルさんも乗ってきました。

「私の知識が役に立つかも知れません」

「頭数は多い方がいいべ?先輩にも恩返ししねぇと、ロビンソン家の名折れだって、おっ父に叱られちまう」

そんなにスゴいの?ロビンソン家って……。

とにかく、事態は急を要するので、二人にも力を借りることにして、私達四人は雪さんの部屋へ戻りました。

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雪さんの部屋には、呑気に寝ているA子の側で、雪さんが頭を抱えています。

「雪さん!これはどういう状況ですか?」

「……話せば長くなるんやけど」

言いにくそうな雪さんの側で、A子の額をペチペチしている私の娘……じゃなかった、はとちゃんが私の方を向いて言いました。

「食べ過ぎたんだよ……アホ姉ちゃんが」

そう言いながらもペチペチを止めないので、A子の額がみるみる赤くなっていきます。

「何か人、増えてへん?」

私の後ろから出てきた新顔に、雪さんの視線が注がれました。

「あれ!?チーやん?それと、そのエマ=ワトソンは誰なん?」

エマ=ワトソンではないけれど、雪さんとミシェルさんは初対面……説明するのメンドクサイ。

「オラは文学部国文学専攻のミシェル=ロビンソンって言います。はじめまして」

「あぁ、ウチは医学部の雪や。よろしゅうなミッシェルちゃん」

二人の挨拶もそこそこに、私はA子の側に座り、A子の体を揺すって起こそうとしました。

「ちょっと!!今、そんな状況じゃないんだよ!?」

私の揺さぶりが気持ち悪かったのか、A子は呻きながら手をヒラヒラさせて言います。

「も、ちょっと待って……あと一時間」

どんだけ呑気なんだ!

私は呆れて、はとちゃんにお願いしました。

「こんな肉バカ待ってらんない!!はとちゃん、いさ美さんの居場所分かる?」

「うん、辿れるよ」

「じゃあ、案内して」

「わかった」

A子は雪さんに任せて、私と迎里さんとミシェルさんが、はとちゃんの案内でいさ美さんの下へ向かうことにしました。

「後でA子も来なさいよ!?」

私は腹立ち紛れにA子の額をペチーン!!と叩きます。

「おっ……ふ」

思いの外、いい音がしたので、ちょっぴりスッキリしました。

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雪さんの部屋を出てから、はとちゃんの先導に従い、いさ美さんの居場所へと向かう道中、迎里さんが私に訊ねます。

「見当はついてるんですか?」

「宛もなく歩き回るなんて無謀だべ?A子先輩の復活を待った方がいいんでないかい?」

二人にはマイエンジェルが見えていないことを思い出した私は、二人にどう説明しようか考えましたが、いいアイディアは浮かぶ訳もなく、ただ、「大丈夫」としか言えませんでした。

都市部から大分離れた郊外までバスに乗り、とても田舎チックな光景が広がる場所に降り立つと、はとちゃんがこんもりした森の方を指差して言います。

「あの森的なところにある廃寺にいるよ」

絵馬って言うから神社かと思ったけど、お寺なのね。

なかなかの距離を感じますが、へこたれてなんかいられない!

私達は廃寺を目指して歩き出しました。

日も傾き始め、逢魔が刻になっていたので、森の中は暗く、虫とかヘビとか出てきそうでしたが、はとちゃんがいるから安心して行けます。

しばらく歩くと、森の奥から何か人の声のようなモノが聴こえてきました。

「……これは祝詞ですね」

迎里さんが声の方を睨み付けるように見ながら呟きます。

「どうやら始まったようですよ」

「律儀に黄昏時まで待ってたんだべか……よっぽどキッチリしてるんだか、バカなんだかわがらねぇな」

でも、その律儀なバカのお陰で、いさ美さんを助けられるかも知れない。

私達は声のする方へ急ぎました。

少し歩くと、目の前にボロボロの山門が現れます。

不気味さがハンパない雰囲気ですが、大切な友人のため、私達は山門をくぐり抜け、本堂に対峙します。

声は本堂の中から聴こえてきます。

忍び足で近づき、そっと中を覗くと、紋付き袴の男性と白無垢姿の女性の後ろ姿が見えました。

その首からは梁へ向かって長いロープが伸びています。

絶望のあまり、体が硬直する私の袖口を、はとちゃんがクイッと引っ張り、こっそり耳打ちします。

「まだ大丈夫!踏台があるから吊ってない」

はとちゃんに言われて気を持ち直した私は、冷静さを取り戻し、入るタイミングをどうしようか図っていると、静かに声を聴いていた迎里さんが小さく呟きました。

「この祝詞は……」

目を閉じて、その声に集中する迎里さんは、ゆっくり目を開けると、口角を上げて私に言います。

「この祝詞はムカサリ絵馬用の祝詞ではありません……この儀式は失敗する」

その言葉を聴くや否や、ミシェルさんが勢いよく本堂の障子戸を開けて一喝しました。

「こんにゃろぅ!!そごまでにしとげよ!!」

すぐさまミシェルさんが中に踏み込んで、花嫁の腰を持ち上げると、私達もロープを外しにかかります。

「いさ美さん!!」

上手いことロープを外し、いさ美さんをゆっくり床へ横にしてから抱き起こしましたが、いさ美さんの目は眠っているかのように閉じられたままでした。

私は首元に指を当てると、しっかりとした脈を感じ、ホッと安堵の息を吐きます。

「まずは一安心ですね」

私の表情を見て、迎里さんもニッコリ笑いました。

「それより、これさ見てくれ!」

叫んだミシェルさんの方を見ると、紋付き袴の方をこちらに向けていました。

紋付き袴の方は、ただの簡素なマネキンでした。

「張本人はここにゃいねぇみてぇですね」

「いいえ、近くにいるはずです!」

未だに聴こえ続ける祝詞の中で、気配を探るように耳を澄ませます。

「祝詞が終わる頃に出てくると思いますが、私達が踏み込んだ以上、出てこない可能性もありますね……」

迎里さんが囁くように言うのを聴いて、私は何かモヤモヤするのを言葉にしました。

「ここまで手の込んだことをやる人間が、おいそれと諦めてくれるとは思えません……儀式を邪魔されたことで何か仕掛けてくることも考えておきましょう」

「だば、さっさと花嫁さ連れでトンズラこぎましょ!長居は無用だべ」

そう言ってミシェルさんは気を失っている いさ美さんを担ぎ上げて出口へ向かいます。

なかなかの怪力ぶりを見て、私は思わず声をかけました。

「ミシェルさん、一人で大丈夫?」

「農家の娘さ、なめちゃダメだべ?オラにゃ野良仕事で鍛えた強靭な自慢のあすこす(足腰)があるんだかで」

頼もしいねぇ……。

本堂の出口へ向かった私達の目の前に、痩せぎすの男が血走った眼を見開いて立ちはだかります。

「それは僕の花嫁だ!!邪魔をしても無駄だぞ!!もう絵馬は奉納済みなんだからな」

その男は、震えながら私達に刃物を向けていました。

「絵馬を奉納……まさか!!」

迎里さんは何かを思い立ったかのように身を跳ね上げて、ミシェルさんが抱えているいさ美さんの顔を覗き込んで言いました。

いさ美さんの顔は血の気が失せ、蒼白になっています。

「その男を早く止めてくださいっ!!その人が死んだら婚姻が成立してしまいます!!」

迎里さんが男を指差して叫びますが、男はニヤリと気味の悪い笑みを浮かべて刃物を逆手に握り直すと、頭上まで振り上げました。

「もう……遅い!!」

男が渾身の力で刃物を振り下ろした瞬間、「ガツンッ!!」と何かが男の手に当たり、刃物が宙を舞って地面に転がります。

「えぇ加減にさらせよ?ワレェ!!」

男の背後に立っていた雪さんが、男を指差して啖呵を切りました。

「命を粗末にすんなや!!ブチ殺すで!?」

医者が言ったらダメなヤツですよ?それ……。

雪さんは男に近寄って胸倉を掴むと、人殺しのような眼で睨み付けながら言いました。

「オノレ、ウチのダチに何さらしてくれとんねん!無事で帰れると思うなや?ゴルァ!!」

雪さんの地獄の鬼の如き剣幕に、男はチビりそうでしたが、怒りは私も同じです。

「奉納された絵馬を見つけないと、お友達はずっとこのままですよ?絵馬の在処を聞き出さないと」

迎里さんが雪さんを宥めながらも大事なことを言いました。

「千尋先輩、絵馬さ見つけだらどうすたらいいんだ?」

ミシェルさんの問いに迎里さんが答えます。

「絵馬に封じられた魂を解放しないと」

眉をひそめる迎里さんの横で、私が男に言いました。

「絵馬は何処ですか!?」

「教えないよ……今じゃなくても僕が死にさえすれば、あの子は僕のモノになるんだからね」

男は不敵に嗤います。

「んだとコラァ!?」

雪さんが男の手をギリギリと捻り上げ、地面に組伏せて踏みつけました。

「拷問ならオラに任せてけろ!!5分で吐がせてみせるすけ」

物騒なことを言うエマ=ワトソンに戦慄していると、ガサガサと草むらが揺れます。

熊?熊がいるの!?

わさわさしている草むらを凝視していると、バサッと飛び出して来たのは、A子でした。

「ったく……めんどくさいトコに隠しやがって!このやろぅ!!張り倒すぞ!!」

何かを抱えるA子が、男に言いますが、残念ながら既に男は倒されています。

「A子さん!!それはもしかして?」

「絵馬だよ……とは言っても絵だけどね」

そう言ってこちらに絵を向けると、いさ美さんの部屋に飾ってあった絵でした……いや、正確には花嫁の顔が描き直されています。

「はと!」

「がってんっ!!」

A子が絵を向けたまま叫ぶと、何処かに隠れていた はとちゃんが絵に向かって突進して行きました。

「とーぅ!!!!」

はとちゃんが元気一杯で絵に飛び込むと、はとちゃんの体が絵をすり抜けて、転がりながら向こう側に出てきました。

「みっしょん、こんぷりーと……」

着地に失敗しつつも、キメ顔で言う はとちゃんにちょっと笑いそうになりましたが、絵を見ると、いつの間にか花嫁の姿が消えています。

「もう大丈夫だよ」

A子の言葉が合図だったかのように、いさ美さんの意識が戻りました。

「こ…ここは……」

私と迎里さんは困惑している いさ美さんに駆け寄り、安心させようと「大丈夫」と抱き締めます。

いさ美さんはそれに応えるように弱々しく抱き締め返してくれました。

「さて……コイツ、どうする?」

「海に沈むか、山に埋まるか、嫌な方さ選べ!!」

雪さんとミシェルさんのバイオレンスチームが男に詰め寄ると、迎里さんが振り向き様に二人に言います。

「後は警察に任せましょう!!」

放っておいたら事件になりそうな二人を諌めると言うより、釘を刺す感じで先手を打つ迎里さんに感心しました。

「でも、一発だけ殴らして?」

「鈍器はアリだべね?」

ナシに決まってるでしょ!!

どうしても怒りが収まらない二人が、一発ずつ私刑に処すことになり、まずは雪さんが大きく振りかぶりました。

ゴキッ!!

痛そうな鈍い音がして、立たされていた男がバタリと倒れます。

「つ……ツッキー………」

雪さんがぶん殴る前に、月舟さんの真空飛び膝蹴りが、男の顔面にヒットしたらしく、男の鼻がえらいことになっていました。

「許さない……お前っ!絶対に許さないからな!!」

長い黒髪を振り乱しながら、二発目を繰り出そうとする月舟さんをミシェルさんが慌てて止めます。

あまりにも恐ろしい月舟さんの形相に、雪さんもミシェルさんもすっかり冷めてしまい、男は迎里さんの通報で駆けつけた警察に連行されました。

その後すぐ、いさ美さんには、念のため病院で検査を受けてもらいましたが、暴行などはなかったことを雪さんから聞いて、皆が安堵します。

結局、男は住居侵入と誘拐で起訴されることになり、一応の落着を見ることができました。

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さらに数日後、いつものようにA子が私の部屋にやって来て、一杯やりながら話します。

「今回は危なかったねぇ……」

「ホントだよ……まさか、いさ美さんが狙われるなんてね」

紅茶で付き合う私に、A子が眉をハの字にして私を見ました。

「あの男、そうとう執念深いヤツだったね……自力で呪いを完成させようとしたんだから」

「ムカサリ絵馬のこと?」

「発想はそれだろうけど、やり方は全然違うオリジナルだよ……でも、ほぼ完成してた」

A子の抑揚のないトーンに、私の背筋にゾッと寒気が走ります。

「まぁ、でも……はとが執着心を根こそぎ奪い取ったから問題ないけどね」

「はとちゃんが?」

「はとは生気につながるモノなら何でも吸い取っちゃうんだよ。こないだの沖縄の時も向山さんから力を吸い取ったし……便利な妹でよかったよ」

迎里さんだって言ってんでしょ!?いい加減覚えなさいよ……それより、A子は食欲を吸い取ってもらったら?

私は、そう言いかけましたが止めました。

「一念、岩をも通すって言うけど、人の念ってのは恐ろしいよ」

「ホントだね……想いが強いほど、それが何かしらの影響を及ぼすってことでしょ?」

「うん。イイコトもワルいことも、強い想いは自分や周りに急激な変化をもたらすんだ……」

A子の言葉を聞いて、私の体は冷や水を浴びせられたように、悪寒を感じて硬直します。

「まぁ、アンタにはアタシがついてるから安心していいよ!」

A子の頼もしい言葉に、ちょっぴり安心したのと同時に、まだまだ面倒事に巻き込まれる予感も合わさって、思わず笑顔がひきつりましたが、それはまた別の話です。

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