会社での出来事。
「おはようございます!」
明るく大きな声で挨拶したつもりだった。けれど帰って来る筈の返事は今日も無し。何やら奥の方からブツブツと聞こえてはいるので出社はしているようだ。
「おはよう!詩音ちゃん!」
「あ、おはようございます!」
先輩の声に振り向くと何やら渋い顔をしていらっしやる。まぁ無理も無い。この異様な空間にこれから一日拘束されるのかと思うと私の眉間にも皺が寄った。
「ドウシヨウカナァ…」
「キョウッテナニガアッタッケ?」
「イヤ、ソウジャナインダヨ」
部長はずっと話し続けている。ひとりで。
ここ最近特に酷くなったひとりごと。最初のうちは皆相槌を打ったり返事をしていたけれど今ではもう皆聞こえないふりをしている。唯一点を見詰めて呟き続ける様はまるで妖怪のようで、ボサボサの頭と青髭に目の下の隈がそれをより一層引き立てた。
「あの人さ、最近本格的にヤバくなってきたよね。」
先輩が私の耳元で囁いた。
「ずっと話してない?一人で。私実は次のとこ探し始めてるんだよね。」
「私もです。あそこまでくるともう怖いですもん。」
「だよねぇ…。」
「そういえば、この間凄い怖いモノを発見しちゃったんですよ。」
そう言って私は携帯の録音アプリを起動させた。
―ウリアゲガノビナイナァ―
―ウン…―
それはいつもの部長のひとりごと。
「最後の声、誰の?」
「それが、この時私と部長だけだったんです。」
「え、やば…。」
部長の後ろ姿に視線を向ける。
背中の塊がこちらにチラリと視線を送って来た。
目を合わせない様に、気付いていることに気付かれないように私は鼻歌を歌う。
あれは独り言ではない。
言葉から生まれた、人の心から生まれた悪いものが集まってできた塊。少しずつ大きくなって形になってやっとここまできた。もう放っておいても大丈夫。
あの録音には続きがある。
「ウリアゲガノビナイナァ」
『ウン』
「ナンデコンナニガンバッテルノニナァ」
「ワカラナインダヨナァ」
「ダレモキョウリョクシテクレナイシサァ」
『ウン』
「コンゲツモキュウリョウナシダヨォ」
「モウキエチャイタイヨ…」
『コッチオイデ…』
作者鯨
その後のあの人はどんどんおかしくなっていく。