朝から曇っていた空が、夕方には雨を降らし始めていた。
僕は今日も一人、灯りも付けず暗い部屋でただじっと座り込んでいる。
外から聞こえる雨音がその激しさを僕に教えてくれる。
時計を見ると二十二時を指している。
また今日も一日が終わって行く…。
そんな事を考えながら、畳の上に寝そべる僕。
そんな時。
ドン!ガシャン!!
?!
不意に玄関から聞こえる物音。
それはノックの音の様であり、何かが倒れた音の様でもある。
こんな時間に、こんな天気の中??
僕は少し不審に思いながらも、確認の為、玄関へと向かう。
「あの〜どなたかいらっしゃいますか?」
扉は開けずに外へと呼び掛けてみるが、返事はない。
やっぱり何かが倒れた音か?
そう思いながらも、もう一度声を掛けてみる。
「どなたかいらっしゃるんですか?」
やっぱり返事は無い。
何かが倒れた音だと思った僕は、部屋へと戻ろうとした。
その時。
「ヵ……ん…」
酷く弱々しく、でも確実に聞こえたその声に、僕は慌てて玄関の扉を開けた。
?!
「紫水さん?!
葵さん?!
匠さん?!!」
扉を開けたすぐそこに力なく倒れ込んでいた三人。
衣服はボロボロで体中から血を流し、意識は朦朧としている。
僕はそんな三人の様子に、急いで救急車を手配する。
そして、病院に担ぎ込まれた三人は直ぐに治療を受け、命に別状は無いとの診断だったが、半年は入院を余儀無くされた。
臓器が損傷し、骨折も酷かった様で、医師からはトラックとでも正面衝突したのか?と聞かれる程だった。
でも、命に別状は無いと言う言葉を聞いて、僕はホッと胸を撫で下ろした。
それから僕は、毎日の様に三人の病室へ訪れた。
三人が搬送されてから三日が経つ今も、まだ意識は戻らない。
僕は毎日、三人の顔をただ眺めていた。
そして四日目。
いつもの様に三人の顔を眺めていた僕は、慌てて椅子から立ち上がった。
ずっと意識を失っていた紫水さんの目がゆっくりと開いたのだ。
「紫水さん?
分かりますか?!
カイです!」
僕は必死に紫水さんに声を掛けた。
紫水さんは、そんな僕にゆっくりと視線を向けると少し笑みを浮かべた。
「ただいま…」
?!
酷く弱々しい声でそう言った紫水さん。
僕は既に涙で前が見えない。
「良かった…。
本当に良かった…。」
僕は紫水さんの手を握り、涙を流し続けた。
それから暫くし、葵さん匠さんも目を覚まし、僕は本当に安心していた。
だが…目を覚ました三人は一向に口を開こうとはしない。
ただじっと天井を見つめ、たまに下唇を噛み締めている。
そんな三人の様子に、詳細は分からないまでも、余程の事があったのだろうと理解した僕は、敢えてその事には触れずにいた。
そんな状態が暫く続き、一ヶ月が過ぎようとしていた頃。
いつもの様に三人の病室を訪れる僕。
扉をノックし、そっと開ける。
?!
僕は目を疑った。
三人が入っている筈の病室。
だが…そこに三人の姿は無かった。
腕に刺さっていたであろうチュ―ブがベッドからぶら下がり、ポタポタと垂れる薬剤が床へと垂れている。
そしてそれは直ぐに看護師や医師に知れ渡り、病室内は騒然となる。
僕は、半ば尋問の様に三人の居場所を問われ続けた。
だが…僕は何も知らない…。
何も知らされぬまま、三人は行方をくらませた。
そう…何も知らされぬまま…。
それからの僕は正に抜け殻の様だった。
仕事をしてもミスばかり、家に帰っても何をするでも無く、ただボ―っとしているだけ。
何となく…僕は三人に捨てられた様な感覚に陥っていた。
そして一年…。
女々しい様だが、僕はまだ三人の事を引きずりながら生きていた。
いや、もう僕は死んでいるのかも知れない。
今の僕にはそんな事はどっちでも良かった。
三人を失って完全に自暴自棄に陥っていたから…。
そんなある日、会社の同僚からキャンプに行かないか?と誘われた。
目に見えて衰弱していく僕を心配して、以前から同僚達が色々と世話を焼いてくれてはいたのだが、それすらも今の僕には疎ましく、ずっと断り続けて来た。
だが、今回は同僚も何とか僕を引っ張り出そうと必死になって誘ってくる。
結果、僕は渋々キャンプに参加する事となった。
そこは山に囲まれ、大きくはないが湖もある。
今の僕じゃ無かったら、間違いなくはしゃいでいたと思う。
でも今は違う…。
目に写る緑も、耳に届く風の音も全てが僕にとっては邪魔な存在。
炭を取り囲み、ビールを片手に楽しそうに談笑する同僚達。
その輪の中に僕は入らず、一人トボトボと湖の淵を歩いていた。
そんな時、僕の頭をフッと考えがよぎる。
このまま…ここで…。
そんな事を考えながら歩いていると、ハッと我に反った。
何時の間にか膝まで湖に浸かっている…。
僕は無意識の内に自分の人生を終わらせ様としていたのかも知れない…。
まぁ…それならそれで構わないけど…。
ブツブツと独り言を呟きながら、湖から上がり、再び歩き始める僕。
そんな時、草むらの中に何かがある事に気付いた。
僕は直ぐに草を掻き分け、その物の正体を探る。
お地蔵様?
草を掻き分けた先にあった物。
それは一見、お地蔵様の様に見えるが何処か違う…。
僕は更に近付き、お地蔵様の様な物を眺めた。
そっか…。
このお地蔵様には顔が彫られていないんだ…。
僕が見つけたお地蔵様らしき物には、目も鼻も口も何も無い。
まるでのっぺらぼうの様につるんとした顔をしていた。
そして僕は何気にその顔に触れてみた。
?!
空気が張り詰める感覚。
途端に襲って来た強烈な頭痛と吐き気。
視界がぼやけ、足元がふらついてくる。
そして…。
ズン!!
一気に僕の両肩が重くなる。
あぁ…この感覚…久しぶりだ…。
僕はこの状況に於いて、久しぶりに味わったこの感覚にあの三人を思い出し、笑みを浮かべていた。
そして、僕はその状態のままキャンプを終えて家に帰る。
家に帰ってからも症状は酷くなる一方。
気を失い、気付けば夜になっていた事も度々あった。
勿論、こんな状態では仕事にも行けない。
本当に家から出なくなった僕は以前にも増して塞ぎ込むようになっていった。
そして…。
何時の間にか眠ってしまったのか…。
耳に届く風の音を感じ、目を覚ました僕。
?!
僕は目を疑った。
家にいるものだと思っていた僕が目を覚ました場所…。
それはあの湖の淵…。
あのお地蔵様の前だった。
上半身だけを起こし、辺りを見回す僕。
間違いない…。
やっぱりこの間と同じ場所だ…。
でも…どうしてここに…?
?!
そんな事を考えていると、パッと画面が切り替わる様に僕の視界に写る景色が変わった。
先程まで湖の淵で辺りを見回していた筈の僕が、胸まで湖に浸かっている…。
あぁ…いよいよ僕は壊れてしまったんだ…。
僕は何も考えず、意思とは無関係に深みへと歩いて行く足に全てを任せた。
「あはははははは!」
突然、何処からともなく聞こえてくる笑い声。
それは遠くの方から聞こえてくる様だったが、徐々に此方へと近付いてくる。
「あはははははは!」
段々とその声ははっきりし、すぐ近くまで来ている事が分かる。
すると…。
ガサガサガサ!
僕がいる湖の丁度対岸に広がる林が音を立て揺れ始めた。
バサッ!
?!
「あはははははは!」
そしてソレは不意に林の中から飛び出した。
赤い着物を身に纏った小さな女の子。
甲高い声を上げ楽しそうに笑っている。
そして、不意に飛び出して来たその少女は一直線に僕へと向かってくる。
そう…まるで陸地を走るかの様に湖の上を走って…。
この時、不思議と僕に恐怖は無かった。
どんな理由かは分からないが、僕はただじっと迫りくる少女を眺めていた。
そして少女が僕の目前まで迫った時。
タン!
少女は湖の上を跳ね、僕を飛び越えた。
パシャ。
そして、僕の背後で着水した音がする。
「えい!」
?!
不意に僕の背後で少女が掛け声を上げた。
その瞬間、僕は後ろにググっと引っ張られる感覚を覚え、首だけを後ろに向け、少女を見る。
少女は確かに何かを引っ張る様な素振りを見せてはいるが、僕の体には触れていない。
「えい!!」
?!
再び少女が掛け声を上げ、何かを引っ張る素振りを見せた時、先程よりも更に強く引かれた感覚に襲われ、それと同時に体の中から何かが引っ張り出された感じがした。
僕が少女に目をやると、まるで何かを掴んでいるような体制をとっている。
そして。
「えい!!」
少女は掛け声と共に、僕の目には見えない何かを岸へ向かって放り投げた。
「あはははははは!」
何かを放り投げた少女は、また笑い声を上げながら何かが落下したであろう地点へと走り出す。
が…。
不意に少女の足が止まる。
そして少女は黙って空を見上げた。
少女につられて僕も空を見上げる。
?!
そこには、先程までの青く澄んだ空を覆い尽くす程のカラスの大群が。
少女はじっとそのカラスの群れを睨み付ける。
カラス達はそんな少女に構う事なく、見えない何かの頭上を舞っている。
ザ―!!!
?!
今まで鳴き声を上げながら、円を描く様に舞っていたカラスの群れが、突然、黒い液体となり地面へと降り注いだ。
黒い雨…。
僕はその不思議な光景に目を奪われていた。
「グ…ググ…」
突如、耳に届いた苦しそうな呻き声。
それは、あの黒い雨が降り注いだ場所からだった。
?!
黒い雨のせいだろう…。
先程まで、僕の目には何も見えなかったが、今は、はっきりとそのシルエットが確認出来る。
体中を黒い液体に包みこまれ苦しそうにもがいている蛇の様な形をしたモノ。
あぁ…コレが僕に…。
僕はもがいているソレをじっと見つめる。
そして、暫くもがいていたソレは地面へと吸い込まれて行く様に、ゆっくりとその姿を消した。
「カァ―カァ―」
何時の間にかカラス達が又、空を舞っている。
少女はそれをただじっと見つめたまま動かない。
だが、その表情は明らかに不機嫌そのもの。
僕は、そんなカラスと少女を交互に眺めていた。
そんな時。
ヒュ!!
とてつもない速度の何かが僕の視界を横切った。
ド―ン!!
爆風と共に舞い上がる土埃。
何が起こったのか理解出来ない僕は、辺りを見回した。
お地蔵様が…無い…?
僕の目の前を横切った何かは、あのお地蔵様を粉々に破壊していた。
余りに沢山の不可解な出来事が一気に起こり、僕は何一つ理解が出来ない…。
そんな時、僕の耳にまた声が届いた…。
作者かい
えい!