僕の窮地を救ってくれたのは、もう二度と出会えないと思っていた紫水さん、葵さん、匠さんの三人だった。
あの日から…それぞれが想いを胸にこの一年を過ごして来た。
そして、再び僕達は巡り合った。
またあの日の様に、三人で過ごせる…。
そう信じていた僕の気持ちに暗雲が立ち込める。
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「今なら…今ならアイツに負けねぇ…。」
不意に匠さんがそう呟いた…。
途端に震え出す僕の体。
匠さんが放った言葉の意味を、僕の体が瞬間的に理解し、それを拒絶している。
また…僕は一人になるのか…?
また三人のあんな姿を見るのか…?
嫌だ!!
もう二度とあんな想いはしたくない!
「匠さ…」
堪えきれずに僕が言葉を発した瞬間、匠さんが掌を向けそれを遮った。
「カイ?
お前の言いてぇ事は分かってる。
なぁ?紫水?葵?
俺は構わねぇが、お前らはどうだ?」
匠さんは二人に何かを問いかけたが、僕には何の事か分からない…。
「勿論、構いませんよ。」
匠さんの問いに紫水さんが即答する。
「私もです。
むしろその方が。」
葵さんも紫水さんと同じ様に、何かに賛同した様だ。
だが、僕にはやっぱり何の事か理解出来ない。
そんな困惑した顔を見せる僕に対し、匠さんは何故か笑顔で僕の肩を叩きながら言った。
「良かったなカイ!(笑)
今度はお前も一緒だ(笑)」
一緒…?
頭が混乱し、理解出来ないでいる僕。
そんな僕に紫水さんが言う。
「カイさんも私達と一緒に来て下さい。
そして…全てを見届けて下さい。
その結果がどうであろうと、私達はもう二度と後ろを振り向く事は致しません。
また四人でしっかりと前を向く為に、カイさんも同行して下さい。」
?!
僕が…紫水さん達と一緒に…?!
僕は余りの嬉しさに言葉が出ない。
だが、何の力も持たない僕が一緒に行くと言う事は、やっぱり三人にとっては…。
「よし!!」
突然大声を出し、自らの頬を叩いた僕に、三人は何事かといった表情を見せている。
「ありがとうございます。
でも、その気持ちだけで僕は十分です。
僕がいる事によって、皆さんが思い通りに動けないなんて僕自身が耐えられません!!
僕は残ります!
だからもう一度約束して下さい。
必ず帰ってくると!!」
僕はこれ以上無い程に真剣な表情で三人に告げた。
「プっ…。
はは…ははははははは!!」
突然、匠さんが大声を上げて笑う。
「匠さん…そ、そんなにわ、笑ってはカイさんに失礼…です…よ…フフっ…」
何故か匠さんを咎めた筈の紫水さんまでもが笑っている。
「ちょ、ちょっと!
人が真剣に話したのに笑うなんてどういう事ですか?!
葵さん?!
二人に何とか言って下さいよ!」
僕は二人の態度に少しムッとし、葵さんに二人を咎める様、促した。
「お二人共…少し大人気ないですよ?
カイさんがこんなに真剣に想いを打ち明けてくれたと言うのに…。」
そう言って二人を咎めてくれた葵さん。
やっぱり葵さんは頼りになる。
「しかし…カイさん?
貴方も貴方ですよ??」
二人を咎めた葵さんが何故か僕にもその矛先を向けて来た。
「私達にとって、貴方が重荷になる事は、今に始まった事ではありません。
それを今更、あの様に大声で高らかに宣言されては
お二人が笑ってしまうのも無理はありませんよ。」
?!
さ…さすが葵さん…。
サラっと僕の心を深く傷付けていく…。
「は…はは…。
わりぃわりぃカイ。
でも大丈夫だ!
今の俺達は、もうお前を重荷になんて感じねぇ。
ここで紫水や葵に会って確信したぜ。
俺だけじゃねぇ…。
紫水も葵も相当強くなってる。
もう…二度と負けねぇ…。
だからお前も安心して俺達に付いて来いよ。」
匠さんがそう言うと、三人は揃って僕に笑いかけた。
「あ…ありがとうございます!」
僕は三人に深々と頭を下げた。
そして、僕達はすぐにあの村へと向かう事を決めた。
深い山を越え目的の村を目指す一行。
三人の表情は険しく、僕ですら容易に話し掛ける事が出来ない。
多分、三人の中でそれぞれの想いが複雑に渦巻いているのだろう。
そして、そんな雰囲気のまま歩を進め続け、目的の村までもう後少しの所で不意に三人が歩みを止めた。
「紫水?」
匠さんが紫水さんに呼び掛けた。
その表情はいつもの明るい匠さんの物では無く、術者としての険しい表情。
「えぇ…。
間違いありませんね…。」
匠さんの呼び掛けに答える紫水さんの表情もまた、術者の物になっていた。
ガサガサガサガサ!
?!
紫水さん達が歩みを止め、じっと見つめていた草むらが音を立て揺れ始めた。
「キ―!!!」
?!
揺れる草の中から奇声を発し突然姿を現したモノ。
僕はソレを前にし、言葉を失っていた。
蛇の様な体を持ち、その頭部は人間の赤子…。
更に赤子の頭が二つに割れ、そこから覗く一つの目…。
不気味な容姿に禍々しい気を放つソレが僕達の前に立ちはだかった。
「生きていたのですねぇ。」
紫水さんがソレに歩みよりながら不意に呟いた。
「匠さん、葵さん。
申し訳ありませんが、先に行って頂けますか?
私は用事を済ませてからお二人の後を追いかけますので。」
「あの時と同じだな?紫水。
だが…お前はあの時のお前じゃねぇ。
さっさとブチのめして早く来いよ?」
匠さんはそう言うと、葵さんと二人、先に行ってしまった。
「カイさん?
すぐに終わらせますので、もう少し下がって待っていて下さい。
すぐに…すぐに終わりますので。」
?!
紫水さんが僕にそう言った瞬間、一気に周りの温度が下がっていくのを感じた。
僕は急いで紫水さんから距離をとり、その動向を見守る。
対峙する紫水さんと得体の知れない化け物。
そして遂に紫水さんが動きを見せた。
その時…。
「紫水。
コレは私が殺る。」
先程まで姿の見えなかった少女が、いつの間にか紫水さんと化け物の間に割って入っている。
「困りましたねぇ…。
コレは私に因縁のある相手なのですが…。」
紫水さんは少し困った表情で少女を見た。
「お前の因縁などどうでもいい。
コレは私が殺る。」
少女はどうしても紫水さんに譲るつもりは無いようだ。
「仕方ありませんねぇ…。
同じ神として分類されるモノ同士の性ですか?」
少女は紫水さんに背中を向けたまま何も答えない。
「やれやれ…。」
紫水さんはあきれた顔で僕の元へ歩み寄って来た。
「し、紫水さん…。
あの少女は何者なんですか?」
僕は少女について紫水さんに問いかけた。
「アレですか?
アレは先程も言った様に善くないモノですよ。
祟り神に分類される善くないモノ…。
カイさん?
アレと決して関わってはいけませんよ?
口を利くなどもっての他です。
いいですね?」
紫水さんがそこまで言う存在って…。
でも…だったら何故?
僕は頭に浮かんだ疑問をぶつけてみた。
「紫水さん?
だったらどうしてあの少女をそのままにしてるんですか?
かなり危険な存在なんですよね?」
僕の問いかけに紫水さんは少し考えてから答えた。
「そうですね…。
アレはかなり危険です。
しかし、アレをどうにかするのはそう簡単ではありません。
恐らくアレはまだ全てを見せてはいない…。
それよりカイさん?
もう少し離れましょう。」
紫水さんは少女についての話を途中で切り上げ、避難する事を進めて来た。
僕はもう少し少女について話を聞きたかったが、確かに今はそれ処ではない。
僕は紫水さんと共に更に離れた場所へと移動した。
ただじっと睨み合う両者…。
どちらも微動だにしない。
それを遠目に見る僕も、緊張からか嫌な汗をかいている。
そして…。
長い沈黙を破り、化け物が先に動き出した。
蛇の様に長く太い尾を、地中から頭を出している巨大な岩へと巻き付けた化け物。
そしてその巨大な岩を意図も簡単に地中から抜き上げる。
でかい…。
地中に埋まった状態で二メートルはあったその巨大な岩は、地中から抜き上げられ、その全貌を現した。
そのサイズ、およそ五メートル…。
化け物はそれを尾の力のみで軽々と持ち上げた次の瞬間…。
ビュ!
巨大な岩が凄まじい速度で少女を襲う。
突然の事に反応出来ないのか、少女はその場から動かない。
そして…。
バキっ!
激しい衝突音と共に砕け散る巨大な岩。
化け物が放ったその岩は、確実に少女の体を捉えていた。
少女に衝突し、砕け散った岩の破片が次々に僕の足元にも飛散してくる。
あんな物が直撃したら…。
僕は少女の身を案じ、未だに土煙の晴れぬ、少女が立っていた場所へと目を凝らしていた。
ゆっくりと晴れていく土煙…。
微かだがその中に少女のものらしいシルエットが写し出されていく。
そして、完全に土煙が晴れたその場所には、先程と変わらぬ体制のまま立ち尽くす少女の姿があった。
髪に顔、腕や衣服の至るところに土が付着している。
それは間違いなく、あの巨大な岩が少女に直撃した事を物語っていた。
…にも関わらず、少女はまるで何事も無かった様にその場でじっと化け物を睨み付けている。
?!
突然少女の体から黒い霧の様なモノが立ち込め始めた。
「キ―!!!」
化け物はそんな少女を威嚇する様に奇声を発しながら尾を地面へと叩きつけている。
少女は何をするつもりなんだ…。
再び僕に緊張が走る。
そして遂に少女が動き出した。
少女は化け物を睨み付けたまま、膝をゆっくりと曲げ、それと同時に上半身を前へと倒していく。
「ここから先は見ない方がいいかも知れませんよ?」
?!
少女に意識を集中していた僕に紫水さんが不意に声を掛けて来た。
緊張状態にあった僕は、不意に声を掛けられ体をビクっと震わせた。
驚いた表情のまま見つめる僕に、紫水さんはそれ以上何も言わず前を見つめている。
僕はそんな紫水さんから黙って視線を少女へと戻す。
タン!
?!
僕が少女に視線を戻すのとほぼ同時に、少女は地面を蹴り、化け物へと飛び掛かった。
迫り来る少女に対し、化け物はその不気味な目を赤く光らせた。
?!
地割れと共に高く盛り上がっていく地面。
それが壁となり、化け物へと向かう少女の行く手を阻む。
タン!
だが、少女は盛り上がる地面を足場に、更に加速を付け化け物に襲いかかっていく。
ザクっ!
いつの間にか猛禽類の如く、鋭く突き出た爪へと変化を遂げていた少女の爪が、化け物の顔面を鷲掴みにする。
そして…。
ジャク…バリバリ…ジュル…バリ…ジュル…。
僕は堪らずその場に嘔吐した。
化け物に飛び掛かり、両手でその顔を鷲掴みにした少女は…。
そのまま化け物の顔を喰らい始めたのだ…。
ジャク…バリ…バリ…ジュル…。
化け物の肉を噛みきる音…。
その骨を噛み砕く音…。
そして、滴るその血を啜る音…。
静かな山中に嫌な音が響いていく。
少女に捕まった化け物は、その身を喰われながらも自らの尾を何度も少女に打ち付ける。
だが、少女はそれらの衝撃をモノともせず、ただ黙々と食事を続けていた。
化け物の頭部は既に無い…。
少女は尚も食事を続け、恐るべき早さで化け物の半分を食べ尽くした。
そして…。
腹が満たされたのか、少女は突然食べる事を止め
此方へ向かって歩いてきた。
体の半分を喰われた化け物は、それでも命があるようで暫くその身をビクビクと痙攣させていたが、それもやがて止み、氷が溶ける様にその身を崩し、地面へと消えて行った。
「紫水。
お前アレに負けたのか?」
此方に戻った少女が言う。
「えぇ…。
一年前はアレに手も足も出ませんでした。
それが…何か?」
キ―ン!!
?!
空気が張り詰めた!
紫水さんが…怒っている…?
何も言わず、ただ見つめ合う紫水さんと少女に、僕は言い知れぬ不安を感じていた。
「そうか…。
今なら負けぬか?紫水(笑)」
少女はそう言い残し、その場を立ち去った。
「私も…喰らいたいですか?」
少女が消えた林に向かい、紫水さんがそう呟いた事は敢えて伏せておこう…。
突然現れた化け物を制し、先に行く匠さんと葵さんを追いかけ始めた僕達。
この闘いはまだ始まったばかり…。
この先…何が起こるのだろう…。
僕は胸に不安を抱いたまま、二人の後を追う。
作者かい
さぁ…だらだらと行きますか…。