ある日の休み時間、私は人生で最も危機的状況に陥っていた。
前の日寝る前に食べたアイスが原因か、はたまたお腹を出して寝ていたせいか、私は腹痛と闘っていた。とはいえ小学四年生の女子生徒が授業中に堂々とトイレ宣言など出来る筈もなく、我慢して我慢してやっと巡ってきた休み時間に殆ど人気の無い北校舎の女子トイレへと駆け込んだのだった。
紙がない程度ならどれだけ良かったか…。
トイレが流れない程度ならどれだけ良かったか…。
誰も来ない北校舎のトイレ。
「鍵が…開かない。」
そう。鍵が開かないのだ。
古い北校舎のトイレのドアは歪んでいて、勢いに任せて無理矢理閉めたドアはビクともしない。
人を呼ぼうにも誰も通らない。
もうすぐ休み時間が終わる。このままでは授業に遅れてしまうだろう。もしそうなればあの鬼のような先生の拳骨が待っている。かと言って正直に全てを話せばクラス中に私がわざわざ北校舎のトイレまで行った理由が知られてしまう。
究極の選択肢を迫られパニックになった私は咄嗟にある決断を下した。
『この扉を乗り越えよう』
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放課後、学校中で騒ぎが起きた。
掃除の時間、北校舎のトイレに向かうと真ん中の個室を誰かが使っている。
「掃除始めますよー。」
当番の女の子たちは声を掛け掃除を始めた。しかしその呼び掛けに返事は無く、いつまで経っても誰も出て来ない。更にその個室からは全く物音がしないのだ。不審に思った女の子のうちの一人がトイレをノックする。
『コンコンッ』
『コンコンッ』
返事は無い。鍵はしっかりと掛っていてドアは開かない。恐る恐るドアの下から中を覗くと…。
そこには誰もいなかった。
一斉に女の子達の悲鳴が上がる。隣の男子トイレの男の子達もびっくりして飛び出してきた。廊下掃除の生徒も近くの空き教室の当番の生徒も集まって大騒ぎになった。最初の女の子達は恐怖のあまり大号泣で先生達が来ても話にならない。
歪んだドアは大人でも開けることが出来ず後日業者を呼ぶ事になった。
「と、いう事件があったんだが誰か何か知ってる奴はいないか?」
帰りのホームルーム。
先生が語ったストーリーに私は顔面蒼白となった。私が下した咄嗟の決断が思わぬ方向へと向かってしまった。悪い事をしてしまった自覚はある。ここは正直に言うべきか。
悩んだ末に私は結局何も言わなかった。
そして、犯人不明のままのこの事件は本当にあった学校の怪談として一斉に広まり代々語り継がれる事となった。
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あれから三十年程経っただろうか。
私にも子供が生まれ、今では小学三年生。変わらず地元で暮らしている私は子供からこんな学校の怪談を教えてもらった。
『北校舎の女子トイレの真ん中の個室には幽霊が出るの。昔、虐められてた女の子がそのトイレで死んじゃったんだって。今でも誰もいない筈のトイレに閉じこもってるんだって。』
娘はそう言うと少し難しい顔をした。
「だけどね、ママ変なんだよ。」
「何が?」
「トイレにいるのはね、女の子じゃないの。ニヤニヤした顔の男の子のお化けなんだよね。」
怖いからあそこは行かないんだ。そう言って困った顔をする娘の話を聞きながら、ふと昔流行った口裂け女の話を思い出した。
作者鯨
噂話や都市伝説って語られれば語られる程、信じる人が増えれば増える程、それを利用しようとする何かが近付いて来る様な気がしてしまうんです。