カラン、カラン…
透明なグラスに、屈折した像を通す氷が触れる…
高校時代の級友と10年ぶりに集まった。仲の良かったグループで居酒屋の席へ腰を下ろし、同窓会という名目で50人程が集まった。店は貸し切りにしてあったが、やはり最終的に語らうのは仲の良かったメンバー同士。
「あれ、雪、寝ちまったのか?」
祐樹が私に問いかける。それに対し私は小さく頷いた。
雪は今、机に突っ伏した状態で倒れている。
私の仕業によって……
「なんだよー、雪だったら何か判るかと思ったのによ……」
この同窓会の席に二人が来るとは思わなかった。雪も、祐樹も、かつての級友を失ってから、もう会えないと思っていた。
けれど、私達は再び出会った。
とても嬉しい筈なのに…。
あの時の様な楽しい空気はもう、蘇りはしない。
みんな、変わってしまった……
ふいと視線を泳がすと、居酒屋の小さな窓にこつんと置かれた小鉢の中で、二組の植物がさらさらと揺れているのが見えた。
「ほんとよー、名は体を表すって言うけどよお、雪も冷たいよな、もうちょっと心配してくれても良いのによぉ…」
祐樹はすっかり酔いが回っている様だ。話し方が少しぶっきらぼうになっている。
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昔の祐樹はこんなんじゃなかった。ぶっきらぼうになっても、もっとよく笑う人間だった。親友の圭太が死んで、彼女の和美も死んでから、祐樹は無邪気に笑わなくなった。
「…ほんと、こっちの気も知らねえでよ、なあ双葉。」
私に向けそう言った祐樹は、グイとグラスを飲み干すとそれきり黙ってしまった。
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……名は体を表す、確かにそうかも知れない。
雪は忘れてはいけない事を忘れてしまっていた。まるで、何層にも重なる記憶の雪を意図的に溶かしてしまった様に…。
そして、変わってしまった……
両手に包む様に握ったグラスに、グググと思わず力が入る。
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…ねえ、雪。
雪は私が過去にテレポーテーション出来るって思っているけど、本当は違うんだよ。
私は雪の網膜に映った過去の記録を、根を辿るように引っ張り出してるの。脳の記憶じゃ無くて、雪の目が映してきた記録。
あなたが今、見て体験してしているのは当時の雪がその目で見た記録なの、脳の整理とは違う100%事実のままの夢。
いくら雪が忘れようとしても、その双眼に刻まれた過去は変えられない。だから、雪、目を背けないでちゃんと見て。
私は、あの時のままの雪が好きなの。
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ねぇ雪。
私ね、中学のときイジメられていたんだ。
生まれつき言葉を発する事が出来なくて、周りの皆から暗いって、気持ち悪いって言われ続けてさ、私が何も言い返す事が出来ないのをいいことに、物を隠したり、使われていない教室に閉じ込められたり……
辛かったんだよ。凄く、凄く。
それでも、頑張って耐えて、高校にも合格したんだよ。いつも心配してくれる親に、迷惑は掛けたくなかったから。
だけど、そこにも同じ中学の子がいて、入学式の日にわざわざ私の所まで来て「ヨロシクネ」って気持ち悪い顔で嗤ったんだ……
私、凄い怖かったんだよ。これから、また地獄の日々が続くんだって思うと堪らなく怖かった……
…でもね、高校には、雪がいたんだ。
入学当初からイジメの標的になりかけてた私を、雪が守ってくれたんだよ。
ねえ、憶えてる?
私に酷いこと言った奴に向かって、雪がキレたんだよ、「んなカッコ悪い事すんなやっ!」って。他所から転校して来たばかりの雪が言ったんだよ。そんな事したら雪がイジメの標的にされるかも知れないのに。
あの時の雪、本当に、格好良かった。
それから、雪が私の側にいつも居てくれて、近くの席の人達も巻き込んで……。最初は圭太だったよね、そして圭太と仲の良かった祐樹が加わって、和美も加わって…いつも皆でワイワイ賑やかで、産まれて初めて学校が楽しかった。
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私は先天的な脳の異常で言葉を話せない。だけど代わりに、テレパシーの様なものでコミュニケーションが取れた。普段は筆談でしかお話はしないけど、雪との会話だけは専らこの方法だった。
本当はね、雪以外の人の心も知ることができるんだ。目と目を合わせさえすれば相手の心が読めるの。でも、どうしても雪以外の人とは怖くて目が合わせられないの。圭太に和美、祐樹とだって、申し訳無いけれど、怖くて目が合わせられないの……
雪以外の人は、本当は私のこと気持ち悪いって思っているんじゃないかって……そう思うと、凄く不安になるの。元々イジメの標的にされていた私が、人間離れした能力を持っているだなんて知られたら、絶対に気味悪がられる。
だけど雪なら、幽霊が見れる雪なら私のことも受け入れてくれる。誰よりも優しい雪なら……
優し過ぎるほどに優しい雪、そんな雪は誰かが不幸な目に遭っているのが耐えられないんだよね。その人の事を救ってあげようと考えるんだよね。
だから、圭太の妹が死んだ時も、凄く落ち込んでた圭太を楽にしてあげたんだよね。
どれだけ慰められても、どれだけ励まされても、結局は現状の解決にならない。無くなったものは戻って来ないし、悲しみが消えることはない。だから、苦痛を感じない方法。現世からの離脱。雪はそれをしてあげたんだよね。
本当に、雪は優しいなぁ。
雪は天才だよね。私みたいな凡人じゃあ絶対に思いつかない事を、雪はやってのけたんだ。
私は、そんな雪が大好きだよ。
雪は確かに普段は少し冷たいかも知れないけど、心が寒い場所にやって来ては真っ白な結晶を振りまいて皆を元気付けてくれるんだ。
誰にだって平等に、白銀の慈悲で包んでくれるんだ。
沸騰する様な憎しみや責念さえ、冷たく凍らせてくれる雪が、私は大好きだよ。
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…なのに……
どうして雪は変わってしまったの?
圭太を楽にしてあげた後から、雪は塞ぎ込む様になってしまった。
雪はあまり人と関わらなくなってしまった。人の悩みも聞かなくなってしまった。
どうして?
なんで苦しんでいる人を楽にしてあげようとしなくなったの?
そんなの雪じゃないよ。
まるで雪が優しく無くなったみたいで嫌だよ。
挙句に、どうして圭太を殺した時の事を記憶から消すの?
私が何度も何度も記録を掘り起こしてあげているのに、なんで直ぐに記憶を消しちゃうの?
可哀想な圭太、雪に死んだ事も忘れられてしまうなんて……
ほら、次は和美が苦しんでいるよ。
圭太と同じ様に楽にしてあげよう。
そう、そうやってやれば和美は事故死だよ。幸せな安楽死だよね。
ねえ、なんでまた直ぐに記憶を消しちゃうの?
雪、私の知らない雪にならないでよ。
さあ、思い出して。
雪は人の不幸がほっとけない、凄く優しい人なんだよ。
私はそんな優しい雪が大好きで、あなたが変わってしまわない様にこうやって何度でも雪がやって来た事を思い出させてあげるの。
今度は祐樹が苦しんでいるよ。だから、殺して、救ってあげなきゃ。
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さあ、目を覚まして……
「雪…。」
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ぴくり、と雪の指先が動く、その瞳に映った記録の夢から彼女は目覚めたようだ。
重たそうに片手で頭を押さえ、顔をあげた雪は隣に座る私を見つめる。
「双葉、もう全部分かった。ちゃんと思い出した。」
「何を?」
「大事な友達の「死」から逃避してたうちに、現実と、友達の存在を思い出させてくれたんやな。」
「うん、そうだね。」
「こんな大事なこと、忘れたらあかんかったのにな。」
「…雪が、みんなの存在を忘れてしまって、凄く悲しかったよ。」
「ごめんな、双葉。」
「でも…」
私は続ける。
「まだ、足りないよ。雪。」
「……うん…。」
私は雪の袖を引くと、その小さな手にそっと包み紙を置いた。
「これは?」
「チョウセンアサガオの根から作った粉末、江戸時代に麻酔として使われてた植物だよ。安心して、かなり薄めてあるから手足が少し動かしにくくなるだけ。でも、それだけで十分でしょ?」
「そう…ありがとな。」
雪はそう言いながら、それでもまだ浮かない顔をしていた。
私が手渡した包み紙も、まだ手の上に乗せたまましまう様子もない。すると…
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「おい。」
祐樹の声。雪と私はその声の方を見た。
手元の毒物がバレたと思い、一瞬ドキリとする。しかし、祐樹は私達の方を見ていない。片手に飲み終えたグラスを持ったまま、どこか窓の方を見つめている。
「なあ、二人ともちょっと聞いてくれよ。」
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カラン、カラン……
氷とガラスの触れる音、祐樹がロックで注文した空のグラスの中の氷は、角が溶けて丸みを帯びていた。
「俺さ、本当は今日の同窓会、来るつもりじゃなかった。
けど、雪と双葉の顔見て、すげえ安心した。居る訳無いけどよ、圭太と和美もそこに居る様に思うんだ。」
祐樹の顔は泉のように凪いでいて、どこまでも、純粋に、真剣だった。
「変な奴って思われるかも知れないけどさ、なんか、そこの小窓の方にさ、二人が座ってて、一緒に酒飲んでいるような感じがしてさ、なんだか、元気付けられたんだよ。」
祐樹が目を向ける方には誰も座っていない。ただ観賞用に、小鉢に僅かな土と二組の植物の芽が並んでいるだけだ。
「なあ、雪。お前なら二人がそこにいるのがわかるだろ。霊感のあるお前なら、お化けになった二人も見れるんじゃないか?」
雪は、黙ったままだ。じっとその空席の方を見つめている。
祐樹は続ける。
「俺には霊感なんてないから、あいつらがどんな顔してんのかとかはわかんねえ。これは只の勘でしかないけど、でも、和美も圭太も、絶対にそこにいる気がするんだ。俺たちに会うためにさ…
だから、俺も勇気を出してお前に聞く。俺はここ数日毎晩誰か殺される夢を見てる。夢の中で俺を殺すその誰かってさ、雪、お前なんだよ。この同窓会も最初、お前にもし会っちまったら殺されるんじゃないかって思うと怖くて、来るつもりなんてなかった。死んだ圭太も和美も、同じ様に殺される夢を見てた。二人ともお前に殺される夢だ。雪、本当は何か知っているんだろ?」
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……祐樹は、何を言っているの?
和美達も毎晩のように殺される夢を見ていたという話は、勿論覚えている。でも、それが雪に殺される夢だったなんて初めて聞くことだ。
そんな夢を特定の相手に見せることの出来うる人間なんて、私は一人しか知らない。他でもない雪自身だ。けれど、もし雪がその夢を見させているというのならばそれはつまり……
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「いや、何も知らんわ。」
雪が答える。冷たい、まるで氷の結晶のような声。
「…そんな訳無いだろっ。二人共雪に殺される夢を見て、それから死んだんだぞ!絶対に雪と何か関係あるだろ!?」
「なんや、はっきり言えばええやん。うちが二人を殺したんやろって」
「そんな事聞いてるんじゃねーよ!」
「いや、まるでうちが一番疑わしいみたいに言うとるやろ」
「そうじゃ無くてっ、単純に二人の死について何か知ってるんだろって聞いてんだよ!」
「だからそれが、うちの事疑ってるんやろっ」
「だからそうじゃねーんだよっ!」
「じゃあなんやねんっ」
「分かんねーよ!」
「もう意味わからんて!」
「俺も何もかもよく分かんねーよ!でもっ!
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今日見た夢がさ、殺される夢じゃなかったんだよっ
圭太と和美が夢の中に出て来てさ、今日同窓会で会おうって言うんだよ。雪と双葉も絶対来るからって、そこで全部分かるからって、絶対来ないと許さないからなってそう言うんだよ!
だから俺は今日この同窓会に参加した。そしたら、本当に雪も双葉も来てて、和美と圭太はどこにも見当たらないけど、雪、お前俺の愚痴聞いてる時に俺が喋ってない時にまで相槌をうってたよな。マジでこいつ俺の話興味なしかよって最初呆れてたけど、違うんだろ?あいつらもいるんだろ?
俺には何も見えないけどさ、あいつらが本当にここにいるんだなってわかったよ。だから、あいつらが言った通り、あの事故や夢のことが今日、ここで全部わかるんだろ?
圭太と和美の言葉は俺にはわからない。だから雪が全部を教えてくれ。
別に俺は、お前が二人を殺しただなんて思っちゃいねえよ。夢の中でさ、あいつら俺たち3人に会えることを楽しみに笑ってたんだ。その中には当然双葉も雪も含まれてる。自分を殺した奴と同窓会で会えるって無邪気に笑える奴なんているわけないだろ?だから、和美も圭太も只の事故死だ。俺は雪を信じてる、友達だもんな。」
「…。」
祐樹は知らない。圭太も和美も、本当は雪が殺したと。それが、悲しい。
「なんで何も言わないんだよ雪っ」
祐樹の声。雪は相変わらず俯いて黙ったままだった。
そして、
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「…アホ」
「あ?」
「アホや、祐樹は。ほんまもんのアホやて。推理もトンチンカンで、小五郎のおっちゃんもびっくりやわ。」
雪は泣いていた。泣きながら、震える口元だけでも笑いながら、顔をあげて雪は真っ直ぐに祐樹の瞳を見つめた。
「はあ?なんだよアホって。ていうか小五郎のおっちゃんって誰だよ。」
「ほんまに祐樹はアホなんやて。そんでもって、うちもアホや……。けど、そのアホのおかげでちょっと勇気出たわ。」
「…。」
「ごめんな祐樹、圭太と和美にも謝らなあかんわ。祐樹達が見た夢、見せてたんはうちなんや。生霊飛ばして、夢枕で殺す殺す呟いとったんや。理由は…無意識としか言えへんわ。怖い目にあわせてしまってごめんな。」
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…雪は、圭太と和美の二人にも自分が彼らを殺す夢を見せていた。それはまるで、私を警戒してと言っているかのように。本気で殺したい相手にそんな事する筈ない。
雪は、本当は圭太も和美もを殺したくなんてなかったんだ。だけど、二人を真に苦しみから救うには殺すしか方法がわからなかった。
そして、友達を殺してしまったという重過ぎる罪に、雪はずっと苦しんでいた。自分の記憶を消してしまう程に……
なのに、なのに私は、雪を苦しめてきたその事実を何度も何度も無理矢理思い出させていた。皆を苦しみから解放させる雪を盲目的に肯定し同調し続けたために。否、あの時の優し過ぎる雪が大好きだったために。
雪は雪なのに。あの時の私を救ってくれた雪が、圭太や和美の記憶と共に消えてなくなるんじゃないかって勝手に思って雪を苦めてしまった。何をやっているんだ私は。何雪を苦めているんだ私は。
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気が付けば、私の両目からも涙が溢れていた。
本当は分かっていた。人を殺したら別の誰かが悲しむんだって事も、苦しんでいる人も死にたかった筈じゃなかった事も。雪だってそれに気付いて、苦しいんだ。もう人殺しなんてしないって前に進む為に過去を封印したんだ。
雪や祐樹が変わってしまった事をいつまでも嘆いている私は、あの時のまま止まっている。いつまでも小さな双葉のまま成長していない。
過去の事に引きずられながら、雪も祐樹も前に進もうとしていたのに、私は過去を手離せなかった。考えてみれば、私が余計な事をしなければ和美まで死ぬ筈はなかった。雪は和美を殺したくなかった。和美を殺したのは、私だ……
…私はようやく気が付いた。本当に死ななければならないのは、私だったんだ。
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「おいっ双葉!何やってんだ?!」
祐樹の声、私は鞄に忍ばせていたナイフを取り出し、自分に向けていた。
雪が祐樹を殺した後に、雪を苦しみから解放するためのナイフ。
「何やってるんや双葉!!」
しかし、私がその刃を自身の胸元に突き立てるよりも先に、雪が私の腕を抑えてしまった。だけど私は死ななくてはいけない。私の心臓の5センチ先で、私と雪の腕が力んで震える。
「双葉、急にどうしたんや?うちの目を見てくれや。」
雪の言葉にも、私は首を横に振って拒絶する。
「っもぅくそっ、祐樹!そこの窓ん所の小鉢もって来てや!」
「はぁ?なんで!」
「いいからもって来いやっ!!」
「あぁもう、わかったよっ!!」
「ごめんな、双葉。うちがして来たことに巻き込んでもうて。双葉、本当はうちのこと憎かったんや無いかって思う。双葉は全部を知ってるんやもんなあ、ほんまにごめんな。」
互いに腕に力を込めたまま、雪が語りかけてくる。私は雪の事が憎くなんてない、今でも本当に大好きなのだ。
「双葉には一杯迷惑かけてもうたもんなぁ…でも、
いい加減にせえよっ!!!」
雪が耳元で叫んだと同時に腕を掴んだ体制のままタックルをかましてきた。私は急な事に対応できず、そのまま倒れてしまった。植物の入れられた鉢をもって近づいていた祐樹もついでに巻き込まれ、机や椅子にも体をぶつけて大惨事になった。
「いてて…ってあぶね!」
床に叩きつけられた衝撃で手から離れたナイフは巻き込まれて倒れた祐樹の耳元まで転がり、直ぐに回収されてしまった。
「はぁはぁ、双葉ぁ、これをよく見てや。」
私の上に乗っかった体制で、雪が私の顔の前に何かを差し出してきた。
それは、先ほどもってこさせていた小鉢で、倒れた勢いで入り込んだのか、雪が意図的に入れたのか、グラスに入れられていた氷も二つ入っていた。その氷も通して、二組の植物の芽が見える……
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「あっ、やっとめが合った。」
「ようやくこっちを見てくれたんだね、双葉も案外鈍感なんだな。」
「…え?」
雪でも祐樹でも無い、知っている声が聞こえた。和美の声と、圭太の声…?
「久しぶり。って言ってもさっきからずっといたんだけどね。」
「双葉は全然変わってなくてびっくりしたよ。」
「なん、で?」
死んだ筈の人間の声に私は驚いて雪の方は見た。
雪は相変わらず私の上に乗ったままくすりと笑って。
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「…山鳥の ほろほろと鳴く声聞けば 父かとぞ思ふ 母かとぞ思ふ ってな?」
そんな事を言った。
「行基の唄った短歌や。道端で山鳥の声を聞いた行基が、あの鳥は死んだ父の生まれ変わりだろうか母の生まれ変わりだろうかと思いを馳せるっちゅう内容なんねんけどな、この葉っぱ、死んだ圭太と和美の生まれ変わった姿なんや。
だから二人の魂が宿っとる。うちも最初はこんな偶然にびっくりしたんやけどな…双葉、目と目を合わせれば心が読めるんやろ?人間の目やなくて、植物の芽とでも会話できるんや無いかって思ったんや。どうやら予想的中みたいやな。」
…確かに、溶け出して角の丸い氷を通してみる芽は、緑色の瞳のように見えた。薄く網を張る葉脈はまるで網膜のようだ。
「双葉の声初めて聞いた!結構可愛い声なんだね。」
和美が言う。あの頃のままの、明るく笑う和美の声だ。
「なんで…?」
「なんでって何が?」
圭太が言う。面倒見のいい、優しげな声。
「二人は殺されたんだよ?事故死に見せかけて、突き飛ばされて死んだんだよ。私も、雪をけしかけて最初死ぬ筈のなかった和美も死んだんだよ?
殺されて、騙されて、奪われて、離されて、忘れられて、悲しまれて、なのに、どうして、そんな素直に再会を喜ぶの?私達を恨んでないの?」
わからない、何もわからない。
「…確かに、死ぬ時って凄く痛いし怖かった、雪に殺されたって分かった時には裏切られたような気がして凄く恨んだ。何より、祐樹にちゃんと謝れなかったのが辛かったな。」
「そうそう、俺なんか折角死んだのに死後妹に会えるなんて事も無くって、しかも誰も俺が殺されたんだって気付かないし。実際、最近になるまでずっと幽霊になって彷徨ってた。」
あぁ、やっぱり私のせいで誰かが不幸になったんだ。
「でも、雪は俺たちの事を思ってやったんだろ?それに気付いた時にさ、許してもいいかなって思ったんだ。」
「それよりも、また皆でワイワイしたいって思っちゃって…でも、こうやって実際に会えた事に喜べるのはさ…」
「うん、そうだね…」
そして二人は、これ以上ないくらい眩しい晴れやかな声で、声を揃えて言うのだった。
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「…友達だから、かな。」
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…
…
…
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新しい朝が来た。希望の朝だ。
新しい朝、あったらしい朝。いや、無かったらしい朝が来た。
私の鞄の中にはチョウセンアサガオの根をギュッと凝縮した粉末が入っていた。麻酔として研究されていたこの植物は、元々強い毒をもっている。経口30分で症状がでる劇薬だ。祐樹に飲ませる予定だった薄い粉末とは違う、自殺の為の毒。ナイフで死ぬ事に失敗した時の為に用意していた。
でも、もうこれも使うことは無いだろう。誰かが死ねば他の誰かが悲しんでしまう。私が死んだら雪が悲しんでしまうかもしれない。そんなのは駄目なんだ。
あの後、雪は自分がしてきた罪の全てを祐樹に告白した。信じていた雪が本当に二人を殺していた事に祐樹は戸惑いを隠せずにいたが、それでも雪の事を信じていた。私も、筆談ではなくちゃんと祐樹の目を見て全てを伝えた。雪以外にこんな事をするのは怖かったが、どうしても全てを伝えたかった。圭太も和美も雪を恨んで無いと知った彼はだったら俺も許すと言っていた。
居酒屋では暴れてしまった事に対して勿論怒られた。けれど、幸いな事にナイフは誰かに見られる前に祐樹が隠してくれていた。だから、どさくさに紛れて、死んだ二人の魂の宿る二組の芽を祐樹が持ち帰った事については何も言わないでおく。
怒られ店を追い出された私達三人は、一番近くに住む私の部屋で飲み直した。勿論、圭太と和美も一緒に。
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「…おはよ、もう朝なんやなぁ」
私が開けたカーテンから刺す朝日で雪が起きだした。直ぐ近くでは祐樹がいびきをかいていた。
「雪、おはよ。」
「昨日はほんまにどえらい日やったわ。」
「うん、でもなんやかんやで楽しかった。」
「確かにそうやな。もう絶対にあんなのはごめんやけどな。」
「ふふ、同感。」
「けど、本当楽しかったわ。また、こうして皆で集まってワイワイやりたいな。」
「うん、出来るよ。だって…」
さらり、やわらかな風が揺れる髪の毛を包む、あたらしい朝の日差しが部屋一杯に包み込んだ。
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「私達、友達だもの。」
作者ふたば
最後まで読んで下さった方々、ありがとうございます。
誤字、脱字、矛盾点が御座いましたら遠慮なくお申し付け下さいませ。
このお話は、こちらのお話のアナザーストーリーとなります。
『トモダチ【△】』作:雪さんhttp://kowabana.jp/stories/29158?copy
HAPPY ENDを目指したお話のため、怖い成分が非常に弱いです。ご了承下さいませ。怖いお話がお望みの方は上記の原作のBAD ENDっぷりをお楽しみ下さいm(__)m