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中編7
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ブラックホールの先には

過疎化が進む田舎にとっては、タクシーは無くてはならない住民の足だ。路線バスも、赤字続きでついにこの村を見放し、いよいよ自家用車に頼らなくては、町までの足が無くなり、無論高齢化が進むこの村では、運転もままならない高齢者はますます買い物弱者として困難を極めた。

 田坂は、この村で唯一の個人タクシー会社を営んでいる。田坂もつい最近までは、町の工場で勤務していたのだが、不景気で会社が倒産。その上に、高齢の両親の面倒も見なくてはならなくなり、やむなくこの村に帰ってきたのだ。わずかな蓄えで個人タクシーの会社を立ち上げ、村人は大いに若い田坂の帰郷を歓迎した。若いと言っても、田坂も52歳。もう初老の域だ。この年では再就職もままならないだろうと考えての苦渋の選択だった。

 ある日、田坂は客に頼まれ、隣町の病院までタクシーを走らせることになった。村は山を挟んだ二つの町のちょうど真ん中あたりに存在しており、そちらの町に行くには、山の中のトンネルを通らなくてはならなかった。

 そのトンネルを抜けると、本当はもう一つ村があったのだが、そこはもうダムの底になっている。本当は田坂は、この村の出身であり、田坂一家は、ダムの計画とともに、今の家に引越しを余儀なくされたのだ。

 田坂は過去に思いを巡らせた。田坂はその頃、小学高学年、確か5年生くらいだったろうか。今も名前を覚えている。初恋の相手、木下由香里のことを思い出していた。

 木下由香里は、ざっくり言うとおてんば娘で、肌の色は浅黒く、それとは対照的に真っ白な歯が印象的な、健康的な娘であった。田舎の小学校なので、生徒は少なく、高学年だけでも合わせて10名くらいしか居なかった。女の子は3人ほどいたが、小柄で色白な女子は、他の男の子達に人気があり、ほとんどの男子はその子が好きだった気がする。名前は思い出せない。由香里はどちらかというと、ほぼ男の子みたいで、他の男子はたぶん同級生の男子のような感覚しか持っていなかったであろう。

 蓼食う虫も好き好きというが、田坂も最初は由香里のことをそんなに女の子として意識はしていなかった。しかし、無防備な由香里は自分の体の成長のことも気にせずに、田坂に全く気を使うこともなく、大胆に田坂の前で着替えをしたりするものだから、田坂は由香里の体の成長に気付いてしまい、もうそこからは、モヤモヤした気持ちが止まらなくなってしまった。

 由香里は自分では意識していなかったかもしれないが、早熟な子供だった。大人びた由香里に、田坂はいつも振り回されてどぎまぎしたものだ。

 田坂が由香里を意識しはじめたのは、体の成長だけではなく、彼女自身が田坂の後ばかりついてきて、一緒に行動したがったからだ。田坂は、彼女のある言葉を思い出していた。

「ねえ、ケン坊、ブラックホールって知ってる?」

黒い肌に映えるキラキラした好奇心に満ちた瞳で、彼女は田坂を見つめた。

「うん、宇宙のはてにあって、凄い重力で吸い込まれると光も脱出できないってやつだろ?」

田坂は何かの本で読んだ、うろ覚えの知識で答えた。

「ブラックホールに人間が吸い込まれると、どうなると思う?」

さらに田坂に由香里は畳み掛けてくる。

「さあ?押しつぶされて死ぬんじゃないの?」

そう田坂が答えると、由香里は意味ありげに笑った。

「私は違うと思うなあ。」

「え?じゃあ、どうなると思うの?」

「小さなカケラになって、バラバラになる。」

「やっぱ死ぬんじゃん。」

「違うよ。カケラになったバラバラの体がブラックホールを通って別の時空にまた形成されるんだよ。」

「別の時空?」

「うん。この世界と真逆の世界があってね、そこにまた形成されるの。」

由香里は時々、こういう難しくて不思議なことを言う子だった。

「生まれ変わるってことかな。」

「どうだろう?でも、もしかしたら男と女くらいの違いはあるかもね?私が男になって、ケン坊が女になるの。」

「えー、そんなバカな。」

「世の中絶対は、無いんだよ。可能性はあるかもしれないじゃない?」

由香里は、宇宙や怪奇現象などの話が好きだった。そういう類の本を貸してくれることもあった。

田坂は基本的に怖がりだったので、その手の話は苦手だったが、由香里はそんなことを気にする相手ではなかった。そんな由香里は、ダムの計画が持ち上がり、村全体で引越す前に行方不明になってしまった。

田坂はその時のことを思い出すと、胸が締め付けられるように苦しくなった。消防団、警察が躍起になって捜しても、由香里は見つからなかった。とうとう由香里の捜索は打ち切りとなり、その村はダムの底に沈んだ。

 ところが最近、日照りが続き、ダムの底から田坂の住んでいた村が姿を現したのだ。由香里の家も、田坂の実家のあともはっきりと確認することができた。

 最近になって、田坂の今住んでいる村のトンネルが通っている山が実は古墳であることが判明し、日々、発掘のための車両が行き来するようになり、このダムのあたりの地層も研究対象となることが決まったのだ。このことを、由香里が知ったら、きっと喜ぶだろうなと田坂は思った。由香里が生きていればの話だ。

 田坂にはある疑念があった。あの日の由香里の声が耳について離れない。田坂の家に、一本の電話がかかってきた。由香里であった。由香里は泣きながら田坂に訴えた。父親に酷いことをされたと。

 田坂はにわかに信じられなかった。由香里の父親は、とても温厚な人で、周りからも好かれており世話好きで、どんな面倒なことも進んで引き受けてくれるような人物であったからだ。大方、父親に叱られて泣いて電話してきたのだろうと思った。

 痛いことをされた、という言葉がどうも引っかかった。叩かれたのなら叩かれたと言うだろう。ところが彼女は痛いことをされたと訴えたのだ。田坂が成長するにつれ、その言葉の意味のおぞましさに、何度もその想像を打ち消してきたのだ。

 田坂は呼ばれた家に着くと、軽くクラクションを鳴らした。その家から、杖をついて老人がよろよろとタクシーに乗り込んで来た。

「隣町のM病院までお願いね。」

「はい、承知しました。」

田坂は、ゆっくりと車を発進させた。しばらく車を走らせて、田坂はおもむろに客に話しかけた。

「ブラックホールって知ってます?」

突然の問いかけに、老人は怪訝な顔をバックミラーに向けた。

「はあ、知っておるが。宇宙の果てに存在すると考えられてる天体だろう?」

「ブラックホールに吸い込まれた人間は押しつぶされて死ぬって言われてるでしょう?」

「ああ、そんな話を聞いたことあるな。」

「あれって嘘だと思うんですよ。」

「どういうことかな。」

「ブラックホールの先には、別の世界が存在していて、ブラックホールに吸い込まれた人間は、そこでまた再生されると思うんですよね。」

荒唐無稽な田坂の話に、老人は戸惑い黙り込んでしまった。

「僕ね、小学生の時に、好きな子がいたんです。名前は、木下由香里っていってね。特別可愛い子ではなかったんですが、色が黒くて活発な子でした。」

「・・・・。」

「その子、小学6年の時に、行方不明になってしまいましてね。村人総出で探しても見つからなくて。もしかして、ブラックホールに吸い込まれちゃったのかなあ、なんて当時バカなことを思ったりしました。」

「・・・・。」

「でも、そんなわけないですよね。ところで、この村の山が古墳だったことがわかって発掘が始まるらしいですよ。何でもあのダム周辺の地層も調べるらしくて、しばらくはダムも水をためることは無いらしいです。あのあたりも調べられたら、困るでしょう?木下さん。」

「君は何を言いたいのかね。田坂君。」

「彼女が居なくなる前に、電話がかかってきたんです。彼女、あなたに痛いことをされたって。」

「・・・体罰くらい、どこの家庭にもあるだろう。」

「いや、違いますね。あなたは、彼女に酷いことをしたんだ。違いますか?あなた確か、彼女と血が繋がってませんよね?あなたは彼女の継父だ。」

「何を証拠に!」

「出るんですよ。未だに。彼女は泣きながら、僕に訴えてくるんですよ。」

「・・・嘘だ!デタラメだ!」

明らかに老人は狼狽していた。

「酷いですねえ。自分の欲望のために。あんな小さな子供に酷いことをするなんて。証拠ならありますよ?」

「何が目的だ。」

「別に?目的なんてありませんよ。ただあなたを許せないだけ。」

「あの女が悪いんだ。子供だけ残して、さっさと死におって。わしの目の前に成長しはじめた若い娘の体があれば、欲しくなるもんだろう。」

田坂の目に明確な殺意が芽生えた。カーブに差し掛かったところで、急ハンドルを切る。

驚愕に目を見開き、叫ぶ老人の顔がバックミラーに映った。タクシーはダムに向かって真っ逆さまに落ちてゆく。落ちる寸前に、扉を開けて田坂は道路に転がり出た。

運転操作を誤ったとして、田坂はたいした罪には問われなかった。証拠なんて元々無かった。由香里の幽霊の話も全て嘘だ。

 発掘調査が始まってほどなくして、ダム近くの森で少女のものと思われる骨が発見された。ブラックホールの向こう側に由香里が居ることを田坂は信じたかった。夕暮れ、田坂は由香里の墓をたずねて、花と線香を手向けた。誰も引き取り手の無かった由香里の遺骨を引き取り、田坂が自腹で建てた墓だ。

「ケン坊、ありがとう。」

逢魔が時が彼女を連れてきてくれた。

「ごめんね、君を助けられなくて。あの時、僕が・・・。」

田坂が自分を責めるように唇をかみ締めると、彼女は白い歯を見せて笑って首を横に振る。

ざわざわと森が騒ぐ風に揺れると、彼女の姿も消えてしまった。

田坂は、タクシーに戻り、ゆっくりと車を発進させた。

トンネルが近づいてくると、田坂はまたブラックホールを思い浮かべていた。

もしかしたら、何も憂うことも無いあの時代に戻れるような気がして。

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@ラグト 様
コメント怖いありがとうございます。
ポケGO、アプデされてレイドバトルがめちゃくちゃ面白いですね。
金の卵が生まれた時の、あの興奮。
今日も2レイドしてきましたよ。田舎なので、バンギラスが出たにも関わらず、最初5人しか集まらなくて負けてしまいました。レイドパスが一日一枚しか持てませんが、前日に一枚キープしておいて、それを使用したあとに一枚すぐにゲットしてもう一回バトルします。この方法だと、二日に一度になってしまいますが、悔しい思いをした時に、もう一回チャレンジできますw
卵シリーズとのコラボは思いもよりませんでした。これはもしや、卵屋の罠では!人間を骨抜きにしてしまうという!w

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@修行者 様
コメントありがとうございます。
そして、今頃になってお題小説ですみませんw
そりゃ、出した本人も忘れますよね。こんなに時間が経ってからではw

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mami様
コメント怖いありがとうございます。
寝ぼけてました。
にゃん様の3つは別の話でしたw

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@。❀せらち❀。 様
コメント怖いありがとうございます。
今回は真面目に書きました。(いつも真面目じゃないのかよ)
いつもは後味が悪いものばかりだけど、たまにはスッキリしていただきたくてw

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