その場に女子達を残し、薄暗い廊下を手術室へと向かい歩き始める僕。
天井や壁、床に至るまで生々しく残る火災の傷跡。
他と比べて損傷がかなり酷い。
医師は恐らく手術室で火を…。
僕はそんな事を考えながら慎重に歩を進める。
そして、廊下の突き当たりに差し掛かった時、先程うっすらとだけ見えていた案内板がはっきりと姿を現した。
左に曲がる表記がされ、その下に書かれた手術室の文字。
ここを曲がると手術室…。
僕は大きく息を吐き、角を曲がる。
意を決し角を曲がった僕の視線の先に見える一つの扉。
あれか…。
僕は、何故か分からないが極力足音を立て無いようにゆっくりと慎重に歩いて行く。
手術室。
辿り着いた扉の上にそう書かれている。
扉にはガラス部分が無いので中の様子は伺えない。
代わりに僕はそっと扉に近付き、耳を当て中の音を伺ってみる。
……………。
静まり返った室内からは微かな物音一つしない。
AとBはこの中か…。
ほな開けんと話しにならへんな…。
僕は扉に手を掛けゆっくりと開けた。
黒く焼け焦げた天井や壁が、更に室内を暗く見せ、倒れた機材や道具が床に散乱している。
やっぱりここは他と何か違うな…。
そう感じながら辺りを見回した僕。
?!
「A?!Bも?!」
辺りを見回す僕の目に飛び込んで来たAとB。
Aは手術台に仰向けになり、その横にある椅子にBが腰掛けている。
「お前ら何してんねん!
とりあえずここから出るぞ!」
そう二人に声を掛けながら駆け寄った僕。
だが、二人はそんな僕に何の反応も見せない…。
どちらも目を開けてはいるが、焦点はあっておらず、酷く唇を震わせている。
「おい!
しっかりせぇて!
おい!」
?!
明らかに異常な二人に対し、必死に呼び掛ける僕の視界が突然白いモヤで覆われた。
なんや?!
僕はモヤを払おうと目の前で手を振り続ける。
ゆっくりと見え始める僕の目。
?!
そして、視界がはっきりとした時、僕は言葉を失った。
そこは、恐らく僕が先程まで立っていた手術室の中。
だか、明らかに先程までの手術室とは違う…。
黒く焼け焦げていた筈の天井や壁は真っ白で、辺りに散乱していた機材や道具も綺麗に整えられている。
僕の目の前にいたAやBの姿も見当たらない…。
何が起きたのか全く理解出来ない…。
?!
不意に背後に気配を感じ振り向く僕。
?!?!
いつの間にか僕の後ろに向かい合い立っている二人の人物。
一人は白衣を纏った男性。
医師だろうか…。
そして、もう一人は患者なのか、パジャマの様な服を来た女性。
白衣の男性はニヤニヤと嫌な笑みを浮かべながら女性へと歩みよっている。
女性はそれを拒否する様に後ずさっている…。
そして、白衣の男性の手元が一瞬キラっと光を放った瞬間…。
?!
「う"わ"ぁ〜!!!」
僕は悲鳴を上げ、その場に尻餅をついた。
僕の目に光って見えた物は、部屋の明かりを反射した医療用ナイフであり、白衣の男性はそのナイフで向かい合う女性の胸を切り裂いたのだ。
切り裂かれた胸から吹き出す鮮血が、天井や壁に飛び散り清潔感のある白を真っ赤に染め上げていく。
女性は苦悶の表情で口を大きく開け、何かを叫んでいるが僕の耳にその声は届かない…。
僕は恐怖の余り座り込んだまま動けず、だが目を反らす事も出来ず、苦しみもがく女性を見るしか無かった。
?!
と、突然女性の姿が消え、入れ替わる様にその場に少年が立っている。
その少年は目にいっぱい涙を浮かべ、必死に何かを叫んでいる。
だが、やはりその声も僕には聞こえない。
「お…お前もしかして…。
やめろ…やめろや!!」
次に起こる悲劇を予想した僕は必死に叫ぶ。
だが…。
白衣の男性は無情にもナイフを振り下ろす…。
額から顎まで真っ直ぐに切り裂かれた少年の顔…。
少年は痛みにもがきながら何かを必死に叫んでいる。
おかあさん…。
必死に叫ぶ少年の口の動きが僕にそれを教えてくれた…。
やり過ぎや…。
突然目の前で起こった惨劇に、最初は思わず怯んでしまった僕だったが、少年の悲痛な叫びを理解出来た時、僕の中の恐怖が怒りへと形を変えた。
「お前…。
お前やり過ぎやろが!!
死にたかったら勝手に一人で死ねやボケが!!」
?!
我を忘れ、目の前の男性に罵倒を浴びせた瞬間、再び視界がモヤで覆われていく。
「次は何や!コラっ!!」
僕は叫び声を上げながら目の前のモヤを振り払う。
そして、徐々にモヤが晴れていく。
?!
そこは、真っ暗な室内…。
目の前には、AとBもいる。
戻って来た…。
さっきのは何やったんや…。
カシャ。
?!
背後から聞こえた音に反応し、振り向く僕。
?!
そこには、あの手術室で見た白衣の男性が嫌な笑みを浮かべて立っていた。
そして、その男性の目は未だ意識のはっきりとしないAとBを捉えている。
「お前何するつもりじゃ!!」
僕は男性に警戒しつつ、二人に近付いた。
「え?今の叫び声何?」
「カイの声ちゃうん?
何かあったんちゃう?!」
?!
ヤバイ!
僕の叫び声に異変を感じた女子達が、忠告を無視してこの手術室へと近付いて来る。
ヤバイヤバイ!
今の状況でも十分ヤバイのにアイツらまで来たら…。
僕は、更に悪化しつつある状況に焦りを隠せない。
考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ!!
どうしたらええ?
AとBを助けられて、アイツらも巻き込まへん方法…。
?!
僕はAとBを乱暴に引き摺ると、そのまま手術室の扉へと向かい、二人を外へ放り投げた。
「キャ!!」
「なになに?!」
既に手術室のすぐ近くまで来ていた女子達が驚きの声を上げている。
僕はそんな女子達に構う事無く、すぐに手術室の扉を中から閉めた。
「ちょっと?!
A、Bやん?!
大丈夫?!」
「カイ!!
あんた中におるん?」
「カイ!
聞こえてんの?
あんたが二人にこんな事したん?
なぁ?!
答え〜や!」
扉の向こうで騒ぎ立てる女子達。
「悪い…。
今ちょっと取り込み中やねん。
その二人は何や気分悪いみたいやわ。
やし、お前らその二人連れて病院の外行っといて。
外の空気吸わしたった方がええやろ?」
僕は扉に背を付けながら女子達に言う。
「はぁ?
なにそれ?!
そんなん信じられへんし!」
「ほんまや!
あんたが二人に何かしたんやろ?!
とりあえずここ開け〜や!」
はぁ〜…。
やっぱりそう簡単にはいかんか…。
「ほんまに二人は気分悪いみたいやねんて!
ほんで、開けろて言うんやったら別に開けてもええけど、ここ…ゴキブリだらけやで?
蜘蛛もめっちゃおるし。
どうする?開けよか?」
……………………。
「ご…ゴキブリ…?」
「く…蜘蛛…?」
「ま…まぁ、カイの言う通り、外の空気吸わしたった方がええな…。
行こか?」
「そ…そやな。
カイ?
ほなあたしら外にいるし、来夢君にもそう言うといてや!」
「お〜分かった!
言うとくわ〜。
気ぃ付けてな〜。」
次第に遠ざかって行く女子達の足音。
そして、その音が完全に聞こえなくなった時、僕は抑え付けていた扉から背中を離した。
「さぁ…。
残念やったなぁ〜おっさん。
AもBも、もう誰もおらへんわ。」
今も尚、A、Bがいた場所から目を離さない男性に言う僕。
そんな僕の声に反応を見せ、此方へと視線を移す男性。
「いつまで笑とんねん!」
僕を見た男性は、ニタニタと嫌な笑みを浮かべ続ける。
そして…。
?!
なっ…何しとんねん…。
男性は真っ直ぐに僕の目を見つめながら、その手に握りしめたナイフでゆっくりと自らの首を切り裂いた。
耳の下辺りから切り始め、顎の下までナイフを進めて行く男性。
パックリと開いた傷口からは鮮血が吹き出している…。
そして男性は、顎の下まで到達したナイフを抜き取り、再び耳の下へと持って行くと又そこから顎へと向かってナイフを進めて行く。
それを何度も繰り返す男性…。
繰り返される度に、どんどんと深くなっていく傷口…。
ジュクジュクと音を立て切り裂かれていく男性の肉の音が、ガリガリと硬い音を立て始めている。
コイツ…骨までいっとる…。
ガリっ!
?!
首を切り裂く音が一際大きな物になった時、男性の首は糸の切れた人形の様に、ブラリと左に垂れ下がった。
文字通り、首の皮一枚で繋がった状態…。
「な…何やねんお前!
ど…どうしたいねん!」
先程まで、怒りに満ちていた僕に再び恐怖が蘇って来た。
男性はその状況でも嫌な笑みを浮かべ続けている。
そして…男性はゆっくりと僕に歩みよって来た。
歩く度にブラブラと力なく揺れる男性の首…。
ボタボタと音を立てながら流れ落ちる血…。
ゆっくりと歩を進め、僕の眼前に迫った男性が静かにその手を伸ばして来る。
はぁ〜…。
やっぱりこんな所来んかったら良かった…。
あ〜ぁ。
昨日こうたプリン…まだ食うてへんのに…。
僕の中の恐怖はいつの間にか諦めに変わり、この時は冷静にこんな事を考えていた。
そして、男性の伸ばした手が僕の首に触れる…。
バンっ!!
?!
突然僕の背後にある扉が乱暴に開け放たれた。
そしてそれと同時に、僕から距離を置くように身を引いていく男性。
「はぁ…はぁ…はぁ…。
ごめん…カイ…遅くなった…。」
開け放たれた扉の前に立ち、僕に話し掛けたのは来夢だった。
「来夢!
お前遅いわ!!
アホタレ!」
それまで死を覚悟していた僕の前に、まるでヒ―ロ―の様に現れた来夢に僕は興奮を隠せなかった。
「悪い…。」
そんな僕に対し、そう返した来夢を見る僕。
???
来夢の様子が少しおかしい…。
ここまで急いで来たにしても、息が上がり過ぎているし、おまけに顔色まで真っ青だ…。
「来夢??
お前…なんかあっ…」
「大丈夫!
大丈夫…だよ…。」
心配する僕の言葉を遮る様に来夢はそう言った。
大丈夫て…。
絶対嘘やん…。
僕は心の中でそう思ったが、それ以上は何も言わなかった。
「それにしても…。
おかしな気配がすると思って来てみたら…。
カイ?お前無茶し過ぎだよ!
あんなの相手にどうする積もりだったんだよ?!
?!
あれ?カイ?
そう言えば女子達は?!
女子達は何処に行った?!」
どうやら来夢は病院の外で待つ女子達には会わずに此処へ直接来たようだ。
僕はそんな来夢に、黙って親指を立てて見せた。
「はは(笑)
そっか…女子達は無事か(笑)
流石、カイだな(笑)
じゃあ…次は僕の番だな…。」
来夢はそう言うと大きく息を吐き、呼吸を整え、既に眼帯の外された左目で男性を捉えた。
「お前…さっきカイの首に手を掛けてたよな?
何する積もりだったんだ?」
来夢の左目に赤い光が集まり、それらが赤く染まる眼球を形成して行く。
「なぁ?
お前…カイを殺す積もりだったのか?
俺の…俺の親友を殺す積もりだったのかって聞いてんだよテメエ!!!」
?!
来夢がそう叫ぶと、左目から激しい光が放たれ、それが男性を包み込んでいく。
男性は嫌らしい笑みから一転しその表情は酷く怯えている。
身を捩らせ抵抗を試みる男性の体がみるみる内に来夢の左目へと吸い込まれていく。
そして…。
男性が完全にその目の中に吸い込まれると、まるで何事も無かった様に静けさを取り戻す室内。
「流石、来夢君!!(笑)」
?!
僕は一瞬の内に男性を消しさった来夢に称賛の声を掛けながら来夢を見た。
のだが…。
そこには、左目を手で覆い、苦しそうにうずくまる来夢の姿があった…。
「なんや?!
来夢!どうしてん?!」
僕は必死に呼び掛ける。
「だ…大丈夫…。
まだ…大丈夫…。」
「いやいや!
大丈夫ちゃうやろお前?!
急にどうし…。
??
なんや?これ?」
声を掛け続ける僕に、来夢が一枚の紙切れを渡して来た。
「カイ…?
大丈夫…僕はまだ大丈夫…。
でも…そう長くは持ちそうにない…。
ここを出たらすぐに女子達を帰して欲しいんだ…。
それで、女子達が帰った後すぐにそこに書いてある番号に連絡してくれ…。
頼む…。」
僕は全くこの状況が理解出来ないでいたが、ただ事では無い来夢の様子に、返事もせず、すぐに来夢を連れて病院の外へ出た。
「ら、来夢君?!」
「どうしたん来夢君?!」
「ちょっとカイ!
何で来夢君、こんなしんどそうなん?!」
病院から出て来た僕達に女子達が駆け寄り、僕の肩を借りている来夢を見て騒ぎ立てる。
その中にA、Bの姿もあった。
あぁ…コイツら無事やったんやな…。
僕はいつもと変わらぬ二人を見て少し安心した。
「いや、何か来夢も急に気分悪なったみたいやねん。
やし、今日はこのままお開きって事で。
ほな解散!!!」
「解散て!来夢君どうすんの?!」
素直に言う事を利かず、食い下がる女子達。
「来夢は俺が家まで送るし大丈夫やって!
はい!解散!!!!」
「はぁ〜?
何であんたなん?!」
「ほんまや!
何であんたが送るんよ!」
「あたしらが送るしあんた帰ったらええやん!!」
今はそれ処ちゃうねん…。
よう分からんけど、来夢がほんまにヤバイねん…。
コイツら…このボケ共…。
来夢の窮地にギャアギャアと騒ぎ立てる女子達に対し、僕の我慢が限界に達し様としたその時…。
「み…皆…ごめん…。
せっかく誘って貰ったのに迷惑かけちゃったね…。
この埋め合わせは必ずするよ。
今日はカイに送って貰うから、君達は気を付けて帰って…ね?」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
「はい!」
?!Σ(゜Д゜)
先程まで僕に食って掛かっていた女子達が、来夢の一言でその態度をコロリと変え、笑顔で手を振りながらその場を後にしていく。
「お…お前ら…。
お前ら絶対、後頭部に千五百円分のハゲ作ったらぁ!!!」
既に見えなくなった女子達の背中に向かって僕は叫んだ。
ドサッ。
?!
「来夢?来夢!!」
そんな僕の肩から、来夢が力なくずり落ちる。
「来夢?来夢?!」
必死に呼び掛けるも反応が無い。
電話電話電話電話電話電話!!
僕は慌てて来夢に貰ったメモを取り出し、書かれている番号に連絡を入れた。
プルプル…。
「もしもし?
来夢?どうしたの?」
作者かい
はい!終わり(^-^)v