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【夏風ノイズ】納涼ブレイク

長編9
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【夏風ノイズ】納涼ブレイク

 先程まで左右に木々の生い茂った狭い道路を走っていたが、途端に視界が開けて目の前には広い海が飛び込んできた。相変わらず綺麗な海だ。

「この先に縁結びの岬があるの。今度鈴那ちゃんと行ってみたら?」

 縁結びか。そういえば、そんな話を聞いたことがある気がする。

「まあ、景色楽しむだけならいいかもしれませんね」

 俺は苦笑した。隣で車を運転している女性は、俺の反応を見るとクスッと笑った。

「なんなら、今日このまま二人で行っちゃう?」

「え、いやぁ・・・」

「冗談よ冗談!浮気になっちゃうものね~」

 俺の動揺する様子が面白いのか、やたらと茶化してくる。狐憑きの呪術師、市松さん。こんなキャラだったのか。普段は凛としていてお淑やかに見えるが、意外と肉食系・・・まさに妖狐のような女性だ。それにしても、以前ゼロが「市松さんのトレードマークは狐の面」みたいなことを言っていたが、夜祭りの時以来この人が狐の面を着けているところを見たことがない。その代わり、今日は後部座席にそれが置いてあった。何かに使うのだろうか?

「ねえしぐるくん、君ぐらいの年齢だと、好奇心で危ない場所とか行ったりする?」

「え、危ない場所ですか?」

「うん、例えば心霊スポットとか」

 行ったことがある。それもけっこうヤバい場所だ。

「あります。一度だけ、霊感が強いからとクラスメイトたちに付き添いを頼まれました」

 俺は夏休み初日に行った山の廃屋での出来事を話した。

「そんなことがあったのね~」

「まったく、ひどい目に遭いましたよ」

「でも、楽しかったんじゃない?」

 市松さんの言う通り、楽しかった。元々オカルトやホラーが好きで、それに霊感も強い。今では霊能力だって使えるのだ。今の俺はきっと、前よりも霊に対する恐怖の感覚が麻痺してしまっている気がする。

「楽しかったですよ、あの時は。でも今は、どうなんでしょうね」

 俺は窓の向こうで移り変わる景色を見ながら言った。今の俺は、以前の俺とは少し違う。そういえば、この前まで強くなりたいと必死で色々なことを頑張り、除霊だってしようとした。でも、そのおかげで今まで怖いと感じていたものへの恐怖感は薄れてしまっていた。

「こういう仕事をしているとね、霊の怖さとかよくわかんなくなっちゃうんだよね。しぐるくん、今そんなこと考えてたでしょ」

「そうなんです・・・なんか、少し寂しいかなって」

 寂しい。物事の捉え方が自分の中で変わってしまうということに、寂しいという感情は生まれるものなのか。こんな風に感じたのは初めてだ。

「そうかもね~、私は生まれたときからイズナや妖怪たちが傍にいたから、そういう喪失感は無いけどね。でも、しぐるくんの言う通りだと思う。ホラーとか怪談とか大好きなしぐるくんは、ある日を境にそれらを祓う側の人になっちゃった。今のしぐるくんの気持ちって、複雑なのかもね」

 今の俺の気持ち・・・寂しいような、虚しいような、物語の主人公になったみたいで嬉しいような、でも、普通に戻りたいような・・・。

「でも、今は楽しいです。ゼロみたいな祓い屋仲間がいるし、鈴那も能力者だし、なんか、今までとは違うけど、楽しいです」

「それなら、よかった。しぐるくん、今すごく悩んでるんじゃないかなーと思っててね。それでちょっとドライブに誘っちゃったんだけど、そのこともお話してくれてよかった」

 市松さんは俺の顔を見て微笑んだ。やっぱり、綺麗な人だ。

「ありがとうございます。嬉しいです」

「ま、そんな感じなんだけど~、最初の目的地。この先にある大波崎って場所なんだけど、そこにある階段を下りてくと、ちょっとしたお散歩コースみたいになっててね。奥まで行くと古いお墓があるんだけど、そこ、出るのよ」

 俺は少し鳥肌が立ったと同時に、ワクワクした。

「心霊スポットってことですか!」

「そうそう、たまには初心に帰って、純粋にオカルトを楽しむのもいいかなと思ってね。しぐるくんを連れてきたかったの」

 嬉しい、なんだか久しぶりにゾクゾクしてきた。

「ところで、その大波崎ってどんな噂があるんですか?」

 俺は恐る恐る訊いてみた。

「フッフッ・・・武士の亡霊が出るの」

 市松さんはニヤリと笑いながら言った。

「武士の・・・なんか、すごく心霊スポットっぽいですね」

「私は一度行ったことがある場所なのよ。その時は元カレと一緒に行ったんだけどね」

 市松さん、20代前半のように見えるが、いくつなのだろう。元カレと聞いてそんなことを考えてしまったが、今は大波崎の噂の方が興味ある。

「その時は、何か見たんですか?」

「見た、元カレくんにも見えてた。夜だったんだけど、武士が墓石の前で胡坐をかいて星を眺めてたの。私達はそっとしておいてあげようって、そのまま静かに帰ったんだけどね」

 なんだか不思議だ。その武士の亡霊は、夜空を眺めながらどんなことを考えていたのだろうか。

「今日は、居ますかね?」

「どうかしら、姿を見せてくれるといいわね」

 そんな会話をしていると、大波崎という文字の書かれた看板が見えてきた。市松さんはそこの駐車場へ車を停め、俺たちは降車した。

「そういえば、裏海中学校だっけ?この前右京さんと行ってたの。ここから近いわよね」

「ですね、眺めのいい学校でしたよ」

 裏海中学校とは、一昨日右京さんと俺と蛍ちゃんで除霊の依頼を受けて行った中学校である。山の上にあるため、校内から見渡せる海は絶景だ。

「実は私も同じ日に近くで仕事があったのよ。イズナで手を貸したのはその帰り」

 そう、あの日は除霊に苦戦して、最後は市松さんのイズナたちが手助けしてくれたのだ。

「あの時は、ありがとうございました。市松さんのイズナたちって、強いんですね」

「まあ、かーなーり食いしん坊で困っちゃうけどね。でも可愛いよ。この子たちのおかげで、いつも元気で居られるし、祓い屋の仕事も出来てるからね」

 市松さんはそう言って右肩に乗っているイズナを撫でた。狐憑きか。市松さんはイズナと呼んでいるが、確か管狐とかいう名称もあったような気がする。

「憑き物の家系って、大変なんですよね」

「んー、慣れちゃえばどうってことないわよ。私なんて生まれた時からこの子達と居たから、もう完全に慣れちゃった」

 市松さんはエヘヘと笑った。慣れるものなのか。確かに、俺も自分が能力を使えるということに少し慣れてきている気がする。

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   ○

 俺と市松さんは下に続く木造の階段を下り、遊歩道を進んで行った。道はそんなに広くは無く、大人二人がギリギリ並んで歩けるほどの幅だ。

「もうすぐ見えてくるわよ」

 市松さんはそう言ってニヤリと笑った。俺は彼女の後について歩いて行き、少しすると遠くに墓石のような物が見えてきた。

「あ、あれですか?」

 俺が訊くと市松さんは頷いた。

「そう、しぐるくん何か見える?」

 俺は首を横に振った。今のところは何も見えないが、ここへ近くなってから少し空気が変わった気がする。ひんやりして、僅かな霊気を感じる。

「見えないんですけど、やっぱり感じますね。もう少し近くに行ってみますか?」

「そうね、もしかしたらあの霊がどこかにいるかも」

 俺たちはもう少しだけ墓石に近付いた。しかし霊気が強くなることも無く、結局墓石の目の前まで来てしまった。

「誰も居ませんね」

「もしかしたら、今は眠ってるのかもね」

 眠っている。本当はどうなのか俺達にはわからない。けれど、確かにこの場所には何かが眠っているように思えた。今はただ姿を見せないだけで、きっとこの場所には・・・。

「眠っているんでしょうね、ここには」

 俺と市松さんは来た道を引き返し、駐車場に停めてある車の元へ戻った。

「ここでは何も見れなかったけど、今から車で通る場所でちょっと面白いのが見れるかも」

 運転席に座り、車のエンジンをかけた市松さんが言った。

「面白いものですか?」

「たぶん聞いたことはあると思うんだけど、すっごいブサイクでヘンテコな悪霊が出るのよ。運がよければ見れるかも」

 聞いたことがある。というかこの前その話を右京さんから聞いたばかりだ。その時俺はそれを見てみたいと思った。それにしても、悪霊を見れるのは運がいいと言うのだろうか?

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 茜色の軽自動車は大波崎の駐車場を出ると、また少し狭い道路を進んでいった。暫く湾曲した道を進むと、左側に何かが見えてきた。

「あっ!」

 俺は思わず声を上げた。そこにあったのは、地蔵だった。しかし俺が驚いたのは地蔵ではない。地蔵の上に何かが居たのだ。そいつは紫色で毬栗のような体をしており、左右には鴉のものに似た翼が生えていた。顔は目と口のようなものが中央に寄っており、まさに不細工といったところだ。

「すごい、ほんとに居たんですね」

 俺は市松さんの方を向いて言った。

「だいたいいつもあそこに居るのよ。何でか分からないけどね」

「なんか、面白いですね」

 俺はそう言って笑った。何だか楽しい。そういえば、久々にちゃんと笑った気がする。最近、忙しいうえに色々と大変だったので、何かを楽しむ余裕が無かったのかもしれない。過去の出来事になってしまえばいい思い出になるのかもしれないが、やっぱり現在進行中だと大変に思えてしまうものなのだろう。

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   ○

 気付けば結構な時間が経っていたようだ。時刻は午後3時、俺と市松さんは偶然見つけた喫茶店でコーヒーを飲みながら休憩していた。

「今日は楽しいね~」

「そうですねー、色々ありがとうございました」

 俺は笑顔で言った。

「こちらこそよ、連れまわしちゃってごめんね。疲れたでしょ」

 市松さんは苦笑した。体は疲れたかもしれないけど、心は少しリラックスできた気がする。

「いえ、本当に楽しかったです」

 俺はそう言うとコーヒーを一口飲んだ。

「俺、考えてばかりで色々なことがよく分からなくなってたんです。妹のこととか、怪異のこととか、霊能力のこととか、色々。でも、市松さんたちのおかげで、一人で抱え込まなくてもいいようになれました。本当に、感謝してます」

 こんなことを言うのは照れくさいが、それでも気持ちを伝えたかった。心から思っているこの気持ちを、感謝しているということを伝えたかったのだ。

「よかったね。私はほとんど何もしてないけど、ゼロくんとか鈴那ちゃん、あと、右京さんは、しぐるくんの心の支えになってるのかもしれないわね。なんだかそんなこと言ってもらえると、こっちまで嬉しくなっちゃうなー」

 市松さんは笑いながら言った。本当に俺はいい人たちと出会うことができた。いつか倍ぐらいのお礼が出来たらいいのに、きっとそれ以上に、これからもっとお世話になるのだろう。それだけが、ほんの少しだけ歯痒い。

「しぐるくんって、優しい子ね。だから鈴那ちゃんもしぐるくんのことが好きなのかもね」

「ええっ、そうですかね?」

「ゼロくんが言ってた。しぐるくんと鈴那ちゃんはまだ付き合い始めてそんな経ってないのに、もう結構長く一緒にいるように見えるって。きっと、出会うべくして出会えたのかもしれないわね。なんかロマンチック」

 急にそんなことを言われると恥ずかしい。確かに鈴那とは上手くいっているけれど、そんなに仲良く見えるだろうか。嬉しい気持ちと恥ずかしい気持ちで、何だか熱い。

「ありがとうございます。鈴那は・・・鈴那は、俺に生きる意味をくれました。今まで変わりの無い日々を朦朧と過ごしていただけの自分に、恋をさせてくれて、仲間をくれて、笑顔をくれました。だから・・・まぁ、そんな感じですね」

 最後は恥ずかしくなってしっかり言えなかった。そんな俺の様子を見て、市松さんはクスッと笑った。

「そういうところもしぐるくんのいい所だと思うよ。鈴那ちゃんとお幸せにね」

「は、はい」

 自分では分からないが、きっと今俺の顔は赤くなっているのだろう。それでも、悪くない気分だ。いや、寧ろ嬉しいかもしれない。こんな感情も、俺一人だけで感じることはできなかった。

「少しだけ、夏が好きになりました」

 俺は鈴那の顔を思い浮かべながら言った。それから手元にあるコーヒーカップを手に取り、残りのコーヒーを全て飲み干した。

 この夏を忘れないように。

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