「今日は、彼ピッピと前から見たかった映画を見てきた❤チョー面白かったよ。」
ミズキは自分のSNSのアカウントを開いて呆然としていた。
こんな書き込み、したことない。
だいいち、今日は映画をすっぽかされて家に居たのだ。
ご丁寧にも、映画のパンフレットの画像がアップされていた。
ミズキは最近、フェイスノートというSNSに登録した。友人もほとんどやってるし、勧められて登録したのだ。パスワードは私しか知らないはずだ。もしかして、なりすまし?ミズキはすぐに、運営に報告した。ところが、運営からの返信には、確かにミズキのパソコンのアドレスからの書き込みだと書いてあったのだ。
そんなバカな。パソコンだって、パスワードを入れなければ開くことすらできないはずだ。できるとすれば、彼が私のパソコンのパスワードを解かなければあり得ない。パスワードは、自分の誕生日などの安易なものではなく、私にしか分からない情報なのだ。初恋の相手の誕生日だから、誰にもわかるはずはない。もしかしたら、クラッキングされた?でも、一般人のしかも、普通の女子大生のパソコンなんて入り込んでも何の得も無いのに。
ましてや、アイドルでもない普通の女性のなりすましになっても何が面白いのだろう。元彼だって居ない。大学生になって初めてできた彼氏なのだ。ミズキは奥手だった。高校の時は、瓶底みたいな眼鏡をかけて冴えない女子高生だったし、そもそも高校が女子高なので彼氏すら居なかった。
従ってミズキに嫉妬したりする女性も居ないはずだ。彼に別に女性でも居ない限り。映画をすっぽかされたのも、彼に急な残業が入ったからで、謝罪メールも届いている。ミズキは気持ちが悪くなって、すぐに彼に相談した。
「とりあえず、パスワードを変えてみよう。SNSの運営からもそういわれただろ?」
「うん、パスワードは変えた。パソコンのほうも。」
「それでしばらく様子を見てみれば?」
「うん、わかった。」
「あと、それと鍵を変えたほうがいいかも。誰かが侵入してパソコンのパスワード解いたのかもしれない。俺は絶対にやってないからな?そんなしょうもないことしても、何にもならないだろう?」
「わかってるって。ユウキのことは信じてるから。」
それからすぐに自腹で鍵を変え、念のために二重ロックにした。結構痛い出費だったが、ユウキが半分持ってくれたので助かった。
しかし、その後も、身に覚えの無い書き込みが続いた。
「ネイル、行って来た♪今回のは、一番のお気に入り❤」
ミズキは愕然とした。今、自分に施してあるネイルアートと全く同じものだったからだ。
まさか、自分の気付かないうちに、書き込みをしてるのだろうか。無意識のうちに、夢遊病みたいに夜中に起きて、これを書き込んでいるのでは。ミズキは、今度は自分を疑った。そして、それを確認するために、パソコンの横にビデオカメラをセッティングし、眠っている間中録画してみることにした。
ところが何日録画しても、そこには何も映らなかった。それどころか、録画しているにも関わらず、また新たな書き込みがあった。
「最近の、お気に入りのカフェ。ここのラテアートがモコモコでかわいい~❤」
この立体的なクマのラテアートは見覚えがあった。確かに、スマホで撮ったが、書き込みはしていない。もしかして、自分のスマホを誰かが操作して。いや、あり得ないのだ。ミズキのスマホは、指紋認証でミズキでしか操作できないようになっている。他の人間が、このスマホに触っても開くことすらできないはず。
ミズキは、思い至って、パソコンを開いた。
「あなたは誰なの?どうして私になりすまして、書き込みをするの?」
自分で自分に返信するのも、不思議なものだ。だが、ミズキはこれしかないと思った。周りに、この書き込みが自分の物では無いことをアピールできるのだ。
しかしながら、それに対しての返信は無かった。なんだか、自分自身に返信を送る、変な女のような印象しか与えない。ミズキは、イライラした。自分に実害のある書き込みではないにしても、身に覚えのない書き込みは気味が悪いものでしかない。ミズキは思い至って、そのSNSのアカウントを削除した。
とりあえず、また一から、自分のアカウントを作りなおそうと考えたのだ。これなら、もう、くだらない悪戯はできないだろう。友人達に、理由を説明し、また友達登録してもらった。
「そんなことがあったんだ。なんだか、気持ち悪いね。」
友人は親身になって相談に乗ってくれた。
「また一から、フェイスノートはじめました。」
まずは、最初の書き込み。これで、もう悪戯は無くなるだろう。そう思っていた。
ところが、数日後。
「イエーイ。友人達と、カラオケでーす♪レイナのメタラーの真似、チョーうける(笑)ヘドバンしながら、デスボイス全開(笑笑)」
全く身に覚えの無い、カラオケの画像がアップされていたのだ。ミズキとその他の友人達が楽しそうにカラオケに興じる写真だ。
「ウソ!最近カラオケなんて、行ってないし!」
だが、その写真は確かにミズキ本人である。
友人に電話で確認した。
「ねえ、私、カラオケなんて行ってないよね?」
「はあ?何行ってんの?昨日行ったじゃん。レイナがデスボイスでメタル歌って、チョーうけたじゃん。」
「・・・私、行ってない。」
「ねえ、ミズキ。もしかしたら、アンタ記憶喪失なんじゃない?」
そんなバカな。昨日は確か、家で一人で居たし、ロードショー番組で好きなアニメをやるので、絶対に出かけていない。昨日見たアニメの内容だってちゃんと覚えてるし。
なにかがおかしい。
ピンポーン。
フェイスノートが更新されるたびに、メールでお知らせをする機能をオンにしたので、今、まさに更新された音がした。
「公園なう。いいお天気だあ。」
どこかで見たことのある公園。そこにはベンチに座るユウキと手を繋ぐ誰かの画像。
そこか!ミズキは大急ぎで家を出た。
ニセモノめ。正体を突き止めてやる!
公園は、ここから歩いても5分の距離だ。
今すぐ走って行けば、ニセモノとユウキを捕まえることができる!
ミズキは怒りで頭が爆発しそうだった。ユウキの浮気相手の嫌がらせだと思ったのだ。
公園が見えてきた。ベンチに座る、ユウキと女の姿を確認した。
「ちょっと!あんた達、何やってのよ!誰よ、その女!」
驚いて振り向く二人。
「あっ!」
ミズキは驚いて、声を上げた。
そこには、ミズキ自身と、ユウキの姿があった。
なんで?私が、そこにいるの?
ユウキが怪訝な顔で睨む。
「誰ですか?あなた。」
不安そうな顔で、彼の腕に自分の腕を絡ませるミズキ自身。
うそ・・・。私は・・・。誰?
「行きましょう・・・。」
ユウキの横で、ミズキとそっくりな女は恐怖に怯える顔で、ユウキの腕を引っ張って行ってしまった。
呆然と立ち尽くすミズキ。
ミズキは、自分のスマホを鏡モードにして、自分を映してみる。
そこには、何も映っていなかった。
「なりすまし」の仕業だねえ。
いつの間にか、ミズキの側に、老婆が立っていた。
「なりすまし?」
「そうだよ。妖怪なりすまし。アタシもねえ、随分昔にやられちゃってさあ。今じゃここの主さ。お仲間ができて、嬉しいわあ。」
作者よもつひらさか