遂に僕達の前に姿を現した最後の化け物。
その姿は、誰も予想していなかった少女の姿。
だが、その容姿からは想像も出来ない程に強力な力を持ち、闘いを挑んだ三人を圧倒してしまう。
圧倒的な力の前に為す統べ無しかと思われた時、遂に三人が秘めたる力を発揮する。
separator
不意に空間が歪む様な気配を感じ、その場に崩れ落ちた三人に目をやった僕は絶句する。
先程まで、間違いなくそこに三人は倒れていた。
少女によって肉を削がれた首元から血を流しながら…。
だが、そこには三人の姿は無い…。
三人の代わりに人の形を模した紙が三枚、炎を上げ、燃えているだけだった。
パチパチパチパチ。
?!
僕の背後から手を叩く音が聞こえる。
「いやぁ〜。
中々の化け物っぷりだったぜ?」
慌てて振り向いた僕の視線の先に、そう言って手を叩く匠さんとその横に並んで立つ、紫水さん、葵さんの姿があった。
「ふん!
小賢しい…。」
少女は未だ健在の三人を見て、そう吐き捨てた。
「正直、少し危なかったですよ。
もう少し形代を出すのが遅れていれば…。
やはり気は抜けませんねぇ…。」
明らかに不快感を露にしている少女を見て、紫水さんが言う。
「やはり、無理はせずに三人で?」
葵さんが二人に伺う様に顔を見る。
「だな…。
多分、一人じゃ無理だ…。」
葵さんの問に険しい表情で答える匠さん。
「それでは…やりますか…。」
?!
紫水さんが静かにそう切り出した瞬間、僕は酷い頭痛と吐き気に襲われた。
ここにいてはいけない…。
そう感じた僕は、ふらつく体を何とか動かし、すぐにその場から距離をとった。
「三人だったら私に勝てるみたいな言い方だけど?
冗談よね?」
少女は三人に向かいそう言うと、体をピクリと震わせた。
?!
いや…僕の目にはそれしか見えなかっただけ…。
僕は少女が体を少し震わせただけ、だと思っていたが、いつの間にか少女の腕が匠さんの元へと伸び、その両手はしっかりと匠さんの肩を掴んでいた。
「た…匠さ…」
「やっぱ、はえぇなお前…。」
?!
僕が匠さんの窮地にその名を叫ぼうとしたその時、少女の背後に少し距離を置いて佇む匠さんの姿が目に映った。
その両肩からはうっすらと血が滲んでいた。
少女の動きも匠さんの動きも余りに早すぎて、僕の目はとても追い付いていない。
「また後ろから攻撃?
芸の無い術者ね(笑)」
匠さんに背後を取られた少女は慌てる様子も無く、背を向けたまま言う。
「おもしれぇモン見せてやるから、まぁそう言うなよ。」
パァン!!
匠さんが手を打つ渇いた音が鳴り響く。
?!
それと同時に少女の様子が何やらおかしく見えた。
少女は体中に力を入れ、必死に何かに耐えている様に見える。
「倒れねぇのかよ?
すげえな…お前…。」
匠さんは胸の前で印を結び、じっと少女を見ながら言う。
その間も少女は必死の形相で何かに耐えている。
不自然に体を前に屈め、食い縛る歯からはギリギリと音を立てている。
そして…。
ズ…ズズ…。
?!
歯を食い縛り必死に耐える少女の足が、ゆっくりと地面へと沈んでいく。
「ぐっ…ぐぐ…」
堪え続ける少女の足はじわじわと、しかし確実に沈み、既に膝近くまで埋まっている。
まるで少女の体が鉛の質量を持った様だ。
?!
鉛?!
もしかして…少女の周りだけ重力に変化が…?
でも、そう考えると辻褄が合う!
僕は、今少女の身に起こっている現象を自分なりに推測し、後の動きを伺う。
「ぐ…は…はは…。
中々の…力じゃない?
ちゃんと…芸を持って…たんだ…。
でも…」
ダンっ!
?!
少女は沈み行く地中から片足を抜き取り、地面へと掛けた。
「もう少し…もう少し…」
少女は地面へ片足を掛けたままブツブツと呟いている。
その間にも地中に埋まる片足は更に深みへ、そして地面へと掛けた片足もまた、ゆっくりと沈み始めている。
「もう少し…もう…?!」
ブツブツと呟きながら必死に地中より抜け出そうとする少女の眼前に、いつの間にか蛍さんの姿が。
だが、少女は匠さんの術により自由を奪われ何も出来ない。
「貴方はそこで終わって行きなさい…。」
少女の眼前に立つ蛍さんはそう言うと握られた手を前に差し出し、掌を上に向けそっと拡げた。
開かれた蛍さんの掌には、青く光輝く小さな玉の様な物が浮いている。
そして蛍さんはそれにフッと優しく息を吹きかけた。
蛍さんの手を離れ、フワフワと宙を漂う青い玉は吸い込まれる様に少女の体の中へと消えて行った。
瞬間。
「ぎゃっ!!」
突然少女が短い悲鳴を上げ、苦悶の表情を浮かべ始めた。
「な"…何を…何をしたぁ!!」
苦しみながらも少女は蛍さんを睨み付ける。
そして…。
「ぎ…ぎゃあ"!!!」
少女の悲鳴と共にその両目から青い光が放たれた。
そしてその光は、口からも耳からも、果ては少女の全身から輝きを放った。
少女は匠さんの術に耐えながら蛍さんの術にも襲われている。
その様は、既に先程の落ち着いた少女の物では無く、苦悶に満ちた、ただの一体の化け物。
断末魔の様な叫びを上げながら、苦悶の表情を浮かべその身を捩らせている。
「わ…私の中から…浄化しようというの……。
き…貴様…ぎざま"―!!!」
「蛍さん離れて下さい!」
?!
突然聞こえた紫水さんの叫び声に対し、蛍さんは瞬時に身を引く。
そして…。
蛍さんが身を引いた瞬間、無数の雷が少女を襲う。
空から、四方から、地面からとあらゆる方向から少女を襲う雷。
今の少女にそれを回避出来る筈も無く、全ての雷をその身に浴びてしまう。
「ぎ…ぎゃあ"ぁ!!」
凄まじい衝撃音と共に、目も開けていられない程の閃光に包まれる少女。
ズリ…。
匠さん、蛍さん、紫水さんと度重なる攻撃の前に、遂に地面に掛けた片足を地中へと落とす少女。
髪や顔、衣服に至るまで雷により焼かれ、その形相は目をあてられない程に凄惨なものになっている。
だが…それでも少女は倒れはしない。
「さぁ…。
アレをお前達の世界へと誘ってやれ。
真の闇の世界へと…。」
?!
もがき苦しむ少女の前で、葵さんがそっと地面に手を翳すと、地中より黒い無数の塊が飛び出し、少女の頭上を舞い始めた。
あの時のカラス達…。
突如現れたカラスの群れは不気味な泣き声を上げながら少女の頭上を舞い続ける。
そして…。
ザザ―…。
初めてあのカラス達を見た時の様に、その身を一瞬で黒い液体へと変え、一斉に少女へと降りかかる黒い雨。
「あ"…あ"ぁぁぁ!!!」
降り注ぐ黒い雨により包まれた少女の体は、徐々に小さくなっていく。
「終わりだな…。」
「えぇ…。」
「私達が勝ったのですね…。」
少女と対峙していた三人が、口々に闘いの終わりを告げている。
か…勝ったんだ…。
勝ったんだ!!
僕はじっと少女を見つめる三人の背中を見つめながら、涙を流していた。
ザっ!!!
?!
何が起こったのか分からなかった…。
背後で地面を蹴る音が聞こえた様な気がしただけ…。
だが、そんな僕や勝利を確信した三人の目の前に突如、楓さんが姿を現した。
楓さんは真っ直ぐ三人を見る様に立ち、その右腕は真横に真っ直ぐ伸ばされている。
?!
楓さんが伸ばした右腕の先に、ダラリと力無く下を向く少女が首を掴まれぶら下がっている。
「何を…するつもりですか?」
紫水さんが険しい表情で楓さんに問う。
だが、楓さんは何も答えない。
そして…。
ガリっ!クチャクチャ…。
?!
楓さんは少女を自分の元へと引き寄せると、何も言わず、僕達が見る前で悠然と少女を喰らい始めた。
ガリガリ。グチュ…ジュル…。
「おい…紫水…。」
匠さんの額から汗が流れている。
この、余りに突然起こった異常な様子に誰も動く事が出来ない。
「ぐ…か…楓…」
頭から喰われ、その頭部の半分を失った少女が恨めしそうな目で楓さんを見ている。
そしてそのまま何事も無かった様に少女を喰らい尽くしてしまった楓さん…。
「邪魔をするなといいましたよね…。」
少女を喰らい尽くし、口の周りを血で染めた楓さんに向かって紫水さんが言う。
楓さんは何も言わず、黙って紫水さんを見ている。
「化け物には人間の言葉が分かりませんか?
私は貴女に邪魔をするなと言ったんですよ!!!」
?!
突如紫水さんの周りを竜巻の様な突風が包み込む。
そして…。
シュン!!
?!
余りの衝撃に、紫水さんの隣にいた匠さん、葵さんが後方へ吹き飛ばされた。
衝撃により砕かれた岩や巨木が辺りに飛散し、まるで災害に見舞われたかの様な情景…。
紫水さんが声を荒げた直後、空から一直線に巨大な雷が楓さんを襲った…。
いや、あれを雷と呼んでいいのか…。
僕の目には…そう…あれはまるで、鋭い牙に研ぎ澄まされた爪を持つ龍の様に見えた…。
その規格は少女の時とは比べ物にならない…。
そんなモノが楓さんを頭上から襲ったのだ…。
「紫水…止めておけ。」
?!
土埃が舞い上がる中、巨大な雷をまともに受けた筈の楓さんの声が聞こえる。
ゆっくりと晴れて行く土埃。
そこには先程と何ら変わらぬ様子で楓さんが立っていた。
「紫水…お前外したのか?」
吹き飛ばされた二人は紫水さんの元へと戻り、匠さんが声を掛けた。
「いえ…。
そんな筈はありません…。」
紫水さんの表情は、何か納得出来ないといった物になっている。
「外していないとするなら…。」
葵さんはそう言いながら紫水さんを見る。
「心配するな。
私はお前達に興味はない。
それより紫…」
「心配するな?
興味が無い??
それは私達と友好的だと言う事ですか?
それとも、私達は闘うに値しない…と言う事ですか?」
楓さんの話を遮り紫水さんが問う。
口調は穏やかだが、明らかに怒りの色を見せている。
「ふん…。
くだらん事を気にするんだな?紫水。
お前、私に怯えているのか?
友好的だと?
そうであって欲しいのか?」
「て、てめえ!!」
?!
楓さんの言葉に、匠さんが我慢出来ず足を前に出そうとした瞬間、それまで無表情だった楓さんの表情が怒気を含んだ物に変わる。
目が違う…。
睨み付ける訳でも無く、ただじっとこちらを見つめているだけの楓さんの目を見た瞬間、体が動く事を拒否する。
「貴女は何を求めているのですか?
私を殺す事も喰らう事もせず、ただ付かず離れず私と行動を共にしている…。」
「匂いだ…。」
??
に、匂い??
楓さんは何を言っているんだ?
「紫水…。
お前の体から漂って来る嫌な匂い…。
それを私は知っている…。
何処にいる?」
匂いを知っている?
何処にいる?
楓さんは誰かを探しているのか??
「匂い?
何の事でしょう…。
私には貴女の言っている事が理解出来ませんが?」
「お前、私を謀ると言うのか?
お前から漂う、その匂いを持つ者の居所を教えろと言っているのだ!」
楓さんは何やら興奮している様だ。
「そう言われても私には何の事やら…。
匂いとは…。
それは人の物ですか?」
「アレが人だと?!
馬鹿を言うな…アレは私以上の化け物だ!
私はアレが憎い…。
私の体からあの愚か者が抜け出し、力を弱めた私をアレは…アレは封じおったのだ!!
封印の効力が弱まり、永き眠りから目覚めた私が紫水…お前を見つけた時は、正に運命とさえ感じたわ。
お前からはアレの匂いが漂っていたからな。
お前といれば必ずアレに辿り着く。」
「それで私に付きまとっていたのですね…。
ですが…生憎私には全く身に覚えがありません。
貴女の間違いでは?」
「紫水!
貴様まだ隠すというのか?!
ならばお前から今も漂い続けるアレの匂いは何だ?!
言え…。
アレは何処だ…。
あの忌まわしき隻眼、隻腕の男は何処だ!!」
?!
作者かい
やってしもた感まる出しです…。