暗い部屋の中。
右手に包丁、左手に手紙を握りしめ、僕は佇んでいる。
殺してやりたい…殺したい…殺す…。
今すぐに…この手で…。
人を殺したいと願う今の僕は愚かなのだろうか?
そんな事を彼女は望んでいないのだろう…。
分かってる…。
彼女は絶対にそんな事を望んではいない…。
そんな事は分かってるんだよ!!
じゃあどうすればいいんだ?
教えてくれよ!
ヤツを警察に突き出せばいいのか?
刑務所に放り込まれればそれでいいのか?
寝る部屋を与えられ、最低限の食事も与えられて十年も入れば罪を償った事になる…。
本当にそれで罪を償った事になるのか?
それで誰が納得するんだ?
そんな物に何の意味があるんだよ!!
彼女の失われた時間も未来も、もう二度と戻っては来ないんだ!
僕はアイツを…江川を絶対に許さない…。
他の誰も望まなくとも、僕が望む…。
江川の確実な死を…。
部屋の中、一人自問自答を繰り返す僕。
このまますぐにでも江川を殺しに行きたい。
だが、アイツは副社長という立場にある。
なんの策略も無く突撃した所で、警備員に抑え込まれて計画は失敗に終わるだろう。
それでは意味が無い…。
僕は確実にアイツを殺さなければならないのだから…。
その日から僕は江川に徹底的に張り付いた。
出勤から帰宅まで、朝から深夜に及ぶまで毎日毎日、江川の行動を監視した。
だが、江川の周りには常に二人の護衛がぴったりと張り付いており、中々襲撃のチャンスが訪れない。
そして、江川に張り付いてから一週間が経った頃、遂に襲撃のチャンスが巡って来た。
深夜に自宅マンションへ帰宅した江川が、マンション前で護衛二人を手で追い払う様に帰したのだ。
包丁を握る手に力が入る。
この機会を逃したら次は…無い。
僕は身を隠していた茂みから飛び出すと、一気に江川へと駆け寄った。
駆け寄る足音に振り返った江川の慌てた表情が目に写る。
僕は包丁を握った手を大きく振り上げ、江川目掛けて一気に降りおろした。
……………………。
もう少し…。
もう少しで切っ先が江川の胸に突き刺さっていた…。
だが、その寸前で僕は羽交い締めにされた…。
マンションの中にも江川の護衛がいたようだ…。
僕はその場で護衛によって意識が飛ぶ程に殴られた。
倒れ込んだ僕の頬を涙が伝う。
僕は彼女の仇すら討てないのか…。
目の前にいる江川を殺す事も出来ないのか!
情けない自分に対する怒りと、彼女の復讐を果たせない悲しみが混ざり合い、涙となって僕の目から流れ落ちていく。
江川はそんな僕の頬を足で踏みながら言う。
「面倒だから警察沙汰にはしない。
お前が誰だか知らねぇけど、俺に怨みがあんならいつでもどうぞ(笑)」
そう言うと、笑いながらマンションへと姿を消した。
一人冷たいアスファルトに横たわる僕。
ごめん…ごめんなぁ…。
僕は、君の仇すら討ってやれなかった…。
君を守ってもやれなかった…。
最低な男だよ…。
僕は冷たいアスファルトに思い切り拳を叩き付けた。
アスファルトに削り取られた肉の隙間から白い骨が見えている。
耳に届いた鈍い音と体を突き抜けた電撃の様な痛み…。
恐らく骨が砕けたのだろう…。
だが、僕はもっと耐え難い痛みを知っている。
なのに…僕は…。
彼女を守る事も、彼女の仇を討つ事も出来なかった。
僕みたいな人間が生きている必要はもうない。
彼女の為に何もしてやれ無かった僕が、死んで彼女の側へ行くなんて厚かましい事は言わない。
ただ、彼女のいない人生に何の意味も感じない。
僕は痛む体をゆっくりと起こすと、宛もなくさ迷った。
暫く歩くと僕の視界に入って来た踏切。
遮断機が下り、赤い警告灯が電車の接近を告げている。
僕はなんの躊躇いも無く、遮断機をくぐり線路の中へと入って行った。
心地よい風が吹き、前髪が揺れる。
その中で、僕は大きく息を吐き、静かに目を閉じた。
ごめん…。
プァ―ン!!!!
電車のけたたましい警笛が僕の耳に届く。
ごめん…。
目を閉じた僕の瞼をすり抜け、電車のライトが入り込んで来る。
それがこの世で見た最後の光だった。
グジャっ。
これが僕が聞いたこの世で最後の音…。
エガワオマエハゼッタイニユルサナイ。
これが僕が発したこの世で最後の言葉…。
そして…僕はその人生を終えた。
作者かい
いやぁ〜!!