張り込みから数日が経ったある日、ついに事態が動きました。
その日の夜、雪さんがフラリと家を出たんです。
すぐに後を追う私達の目の前を、ユラユラとした足取りで雪さんが歩いています。
手にはガラケーを持っているようでした。
歩き方がおぼつかないのが気になりますが、それを上回る何か嫌な予感がしています。
割りと交通量が多い道路に出ても、心ここに在らずな歩調は変わらず、まるで夢遊病のようでした。
ペタンペタンと歩く雪さんを見失わないように夢中で尾行していると、脇道からかなりのスピードで車が私達の前に飛び出して来ます。
キキキーーーッ!!とタイヤが悲鳴を上げ、ギリギリの所で止まると、ドライバーが窓から顔を出して私達を怒鳴りました。
「何処に目ェつけとんじゃワレェ!!」
そうは言っても、私達側の信号は青です。言い掛かりを受ける謂れはありません。
「おい、オッサン!!信号見てないのか?張り倒すぞ!!」
子供姿でも全く動じないA子がオッサンに食ってかかると、オッサンは車を降りてきてA子に近づいてきました。
「こんガキが!ヤれるもんならヤってみぃ!!」
オッサンが言うが早いか、A子はその場で飛び上がり、渾身の右スマッシュを繰り出し、オッサンは見事にクルクル回転しながら張り倒されました。
オッサンも大人げないけど、A子も手加減くらいしなさいよ……。
道端で伸びているオッサンに気を取られていたお陰で、私達は雪さんを見失ってしまいました。
「しまっ……」
慌てて周りを見渡しますが、雪さんの姿はありません。
その時でした。
道の先から断末魔の悲鳴と共に重々しい衝突音がして、ガヤガヤと騒がしくなっています。
「まさか!!」
急いで人集りの中に割って入ると、女性が道路に横たわっていて、素人目から見ても生きてはいないことが分かりました。
「どどどどうしよう!」
「慌てるなって!この人はユッキーじゃない!!」
「えっ……」
A子の言葉で我に返った私でしたが、ホッとはできません。
すぐに近くの人に救急と警察への連絡をお願いすると、はとさんが私の腕を引き寄せて、目線で合図しました。
はとさんの目線の先には雪さんがいます。
「雪…さん?」
雪さんは来たままの足取りで、そのまま家へ帰り、朝まで出てくることはありませんでした。
いつもの登校時間に姿を現した雪さんは、何事もなかったように歩き出します。
昨晩のことが嘘のようなしっかりとした足取りです。
念のため、学校まで後を尾けてみましたが、結局、何処へ寄ることもなく学校へ入って行きました。
アジトへ戻った私達は、昨夜のことを整理します。
「昨日の事故って、雪さんが関わっている訳じゃないよね?」
「それは分からない……アタシも見てた訳じゃないしさ」
「偶然だよね?偶然に決まってるよ!」
「何とも言えないよ……アタシには」
いくら拭おうとも悪い予感が頭から消えません。
「ちょっと調べてくるよ」
何か思い立ったはとさんがスッと立ち上がり、玄関へ向かおうとします。
「調べるってどうやって?」
私の問いに、はとさんはニパッと笑って振り返ると、はとさんの体が少しだけ小さくなりました。
「これなら高校生に見えるでしょ?」
「私も行くよ!身長は中学生で止まってるし」
はとさんについていこうと立ち上がった私に、A子が訝しげな視線を向けます。
「それは無理があるんじゃない?アンタ、本当はコスプレしたいだけなんじゃないの?」
失敬だな!
「制服着れば大丈夫そうだね!でも、お姉ちゃんは子供だから無理だね」
「ウルサイよ!アンタらお土産買ってきてよ?肉関係のヤツ」
遊びに行くんじゃないんだよ?
まぁ、A子はスルーして、はとさんと私は、雪さんの高校へ潜入することにしました。
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はとさんの力で制服っぽいモノに着替えた私とはとさんは、放課後の学校に堂々と侵入します。
雪さんのクラスを覗くと、雪さんは席を外しているようで、見当たりませんでした。
このチャンスに、ワイワイと集まっている女子のグループへ、はとさんは然り気無く話しかけます。
「あれぇ~?アネゴおらんやん?何処に行ったか知らん?」
大きめの独り言からナチュラルに雪さんの居場所を訊くはとさんに、女子グループはナチュラルに返しました。
「あぁ、アネゴならいつものトコちゃう?」
「双葉と行ったから間違いないで?」
「和美と祐樹も呼ばれとったから、今もおるんちゃうかな?」
「いつものトコって屋上やったっけ?」
「決まってるやん!アソコはアネゴのテリトリーやから、他の誰かはよう行かんしな」
「ありがとね、助かったわ」
最後まで自然に溶け込むはとさんを呆然と見ていた私に、「行くよ、お姉ちゃん」と、はとさんが私の腕をつかんで教室を出ました。
屋上では、雪さんを含め、四人の男女がいました。
陰から様子を伺っていると、雪さんが真面目そうな女の子に話しています。
雪さんの問いに、無言で表情を曇らせる女の子。
その隣にいた男の子が雪さんに何やら話し始めました。
距離があるので、二人が何を話しているのかは聴こえませんが、あまりいい話ではなさそうです。
私の隣では、はとさんが刺すような視線を送りながら、ジッと聞き耳を立てています。
私は聞くことを諦め、双葉さんを観察することにしました。
まんじりともせず、双葉さんは雪さんを見ています。
その時、重苦しい空気を切り開くように下校のチャイムが響きました。
四人がぞろぞろこちらに向かって歩いてきます。
ヤバい!!
私とはとさんは急いで階段を駆け降りて、校舎を出ました。
「危なかった……」
ホッと安堵の溜め息を吐いた私は、はとさんに話の内容を確かめます。
「どうやら、もう一人友達がいたみたいだけど、妹さんの事故死のショックで自殺したらしいよ」
「そうなんですか……」
私が気の毒な話に閉口していると、「遅いよ」と、後ろから声がしました。
驚いて振り向くと、A子がファミチキ片手に立っていました。
「A子!」
「で?何か分かったの?」
口の周りを油でギトギトにしながら、A子がジト目で見ているのが、ちょっとだけ不快です。
「雪さんの友達が自殺したことだけ」
「それだね」
は?
「ユッキーが死ぬ理由にソイツの死が関わってるんだよ……」
友人の自殺が雪さんの死に関わっている……。
「それって、つまり」
「シッ!!」
私の問いかけを制止して、A子が私を引き寄せました。
「ユッキーとアイツが来る」
素早く身を隠し、二人をやり過ごした私達は、気づかれないように後を追います。
雪さんと双葉さんは、すぐ近くの公園に入りました。
二人が何やら話しているのを植え込みの陰から見ていると、双葉さんは雪さんと向かい合い、私達にしたようなことをしたように見えます。
少しすると、雪さんの体がグラリと揺らいだと思った刹那、雪さんの姿は、フッと掻き消えてしまいました。
それを見届けたA子とはとさんが植え込みから飛び出し、双葉さんの前に対峙します。
「仕組みは分かったよ……これで何とかなりそうね」
「めんどくさいことをしやがってこのやろぅ!!」
遅れてA子達の後ろに控えた私は、双葉さんの顔を見て、何か引っ掛かりました。
例えば、マジシャンが手品のタネを見破られたら、流石に動揺するはずですが、双葉さんの表情からはそれが全く感じられません。
よほど自信があるのか、もしくはそれも想定内だったのか……。
「ユッキーを追いかけるよ!はと!!」
「がってん!!」
見た目がアベコベな二人を見て、しっくりきませんでしたが、A子は私の手をガッと掴み、はとさんと手を繋ぎました。
「一緒に来てもらうよ?」
そう言って、はとさんが空いてる手を双葉さんの額にサッと当てると、あまりの一瞬の出来事のせいか、双葉さんの冷静さが崩れた顔が見えました。
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ふわりと宙を飛ぶような感覚と同時に、光のトンネルを抜けると、そこは夜。
「いた!」
A子が指差した方を見ると、歩道橋の上に雪さんと男性がいました。
雪さんが今にも男性を突き落としそうになっています。
「お姉ちゃん!!」
はとさんはA子の奥襟を掴んで、雪さん目掛けてぶん投げました。
A子の体は軽々と空を飛び、雪さんの側に華麗に着地すると、そのままバク宙で雪さんの腕を跳ね上げました。
間一髪、男性は手摺りからずり落ちて尻餅をつき、雪さんは蹴られた腕に手を当てて、A子を睨み付けています。
「こンのガキ!!何さらすねん!!」
「それはこっちの台詞だよ!バカやろぅ!!」
あんなに仲のよかった二人の間に、いきなり勃発したケンカを至近距離で見ている男性は泡を食って、混乱しています。
「何や?この子……どっから来たんや?」
その場にへたりこんだままの男性を、事もあろうにA子は後ろ蹴りを鳩尾に食らわせ、男性は息を詰まらせ、気を失いました。
「邪魔!!」
マジかー!
突然、割って入って助けたかと思ったら、返す刀で攻撃するとか、えげつないにも程があるよ。
「アンタ……今、自分が何しようとしたか分かってる?」
かなり離れた所にいる私にも、A子の纏った覇気がひしひしと伝わってきます。
「ダチを……助けたかったんや」
雪さんは両手の平を震わせながら、絞り出すような声で呟きました。
それはまるで、自分のしたことを悔いながらも、それを正当化しようと、自分に言い聞かせているようにも見えました。
「死んだら悲しみが消えるの?」
「そうや、無になれば、何もかもが消えるやろ?」
「バーカ!じゃあ、遺された人はどうなるの?大切な人に死なれたら、その人のことはキレイさっぱり忘れちゃうの?アンタ、器用だねぇ」
芯を突いたA子の言葉に、雪さんは我に返ったように自分を抱きしめ、膝を着きました。
「教えてやるよ……人が死ぬってことがどういうことか……」
そう言うと、A子はその場から飛び上がり、歩道橋の手摺を越えて、身を投げ出しました。
「A子!!」
その瞬間はスローモーションに見えました。
私は身が強張って、動くどころか目を背けることすらできず、行き交う車の音すら聴こえません。
ゆっくりと落下していくA子の体は、ガシッと手摺の外で止まりました。
雪さんがA子の腕をしっかりと掴み、何とか落下を防いでくれています。
「子供一人見殺しにできないアンタが、神様気取りとは笑わせるね」
「うっさいわボケ!!」
A子の言葉に悪態で返すあたりは、いつもの雪さんでした。
雪さんはA子を引き寄せて歩道橋の上に戻すと、風船が萎むようにヘナヘナと腰が抜けたようにへたりこみます。
「誰かが辛い時、悲しんでいる時、救ってあげられるのは生きている人間だけだ。人は生きているからこそ何度でも立ち上がれるんだよ」
「生意気なガキやな……」
ポツリと呟いて、雪さんは両手で顔を覆いました。
自分の中の苦しみや悲しみを吐き出すかのように、大声で泣いていました。
雪さん……。
私も雪さんの慟哭を身に詰まされる思いを抱きながら、ただ見ていることしかできませんでした。
「さてと!」
私の隣にいたはとさんが、場の空気を変えるかのように声を出します。
「次はあなたの番ね」
はとさんが双葉さんの肩をポンと叩くと、雪さんを見つめていた双葉さんは気がついたようにキョトンとして、はとさんを見上げます。
その目には光の筋が伝っていました。
「あなたの目論見はアタシ達がぶち壊しちゃった訳だけど……あなたの望んだ未来は満足いくモノだったのかしら?」
優しく問いかけるはとさんに、双葉さんは無言で首を横に振ります。
「じゃあ……どうしたい?」
はとさんの問いに、双葉さんは堰を切ったようにボロボロと涙をこぼしながら答えました。
「やり直じだい……圭太も…和美も……みんなと一緒に……未来を生ぎだい……」
双葉さんの悲痛な答えに、はとさんはニパッと笑って頬の涙を拭ってあげると、ポンポンと頭を撫でてあげました。
「その気持ちをいつまでも忘れないでね?……やり直そう!未来を」
未来をやり直す……とてもいい言葉です。
はとさんは双葉さんの手を握り、目を閉じました。
「代償にあなたの力をもらったわ……もう二度と過去には戻れない……だから精一杯、あなたの欲しい未来を作りなさい」
双葉さんは、はとさんの言葉に力強く頷くと、その時に初めて笑顔を見せました。
憑き物が落ちたような、とても晴れやかな笑顔です。
そして、私に深々と頭を下げると、はとさんと共にゆっくりと姿を消しました。
双葉さん……頑張って!
私が心の中でエールを送ると、A子が歩道橋から降りて来ました。
「アレ?!はとは?」
「双葉さんと一緒に消えちゃったよ」
A子はめんどくさそうに頭を掻いて、舌打ちします。
「チッ!!めんでぃーなぁ……じゃあ、アタシ達も帰ろうか」
「帰るって?」
私のすっとんきょうな声に、A子が首を傾げました。
「は?アンタ、いつまでもここにいる気?定住希望?」
それは嫌だよ……。
「でも、はとちゃんいないよ?」
「はとにできてアタシにできないことは、勉強しかない!!さぁ!行くよっ!!」
双子でも、頭の中身は違うんだね。
A子は私の手を取ると、光のトンネルへと飛びました。
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気がつくと、そこは大阪の街中……A子も元のA子です。
あんなに長かった時間も時計を見れば、5分も進んでいませんでした。
「アレ?何だか夢でも見てた気分……」
「まぁ、夢みたいなモンじゃない?パラソルナンチャラだったんだし」
パラしか覚えてないの?二文字だよ?
A子のアレさに呆れていると、私の手をギュッと握る小さな手の感触がありました。
「ただいま!」
いつものはとちゃんです。
「おかえり!はとちゃん」
私もはとちゃんの手を握り返すと、はとちゃんはニパッと笑いました。
「用事も済んだし、帰ろうか」
私が言うと、A子は汚物でも見るかのように侮蔑の視線を寄越します。
「アンタ、まだ大事なことがあるでしょ?気は確かなの?」
そんな目で私を見るなし!!
でも、大事なことなんて他にあった?
「肉を食べてないでしょ!?」
「たこ焼きって言ったじゃん!!肉食珍獣!!」
「誰が珍獣だ!NO 肉、NO LIFEってライオンだって言ってるよ!!」
A子はライオンと会話ができるのか……てか、ライオンは基本的に肉しか食べないじゃん。
どうでもいい姉妹ゲンカに挟まれ、私はドッと疲れを感じながら、二人の希望を叶えつつ、大阪を後にしました。
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その後━━━。
東京に戻った私達は雪さんの無事を確認し、ようやく安心できました。
その雪さんに『私の就職祝い』として呼び出されたホテルのレストランに着くと、いさ美さんと月舟さんが先に席で待っていました。
「せんぱぁ~い!」
「先輩、お疲れ様です!」
「おぅ!来たな?やっと主役のお出ましやな」
六人掛けの席で私に手を振る三人に、照れながら近寄ると、席にもう一人着いていました。
まさか、A子じゃないよね?
嫌な予感を感じながら席に着くと、雪さんが隣にいるおとなしめの女性の肩をバシバシ叩きながら言います。
「紹介するわ!ウチの大阪のダチの双葉や」
双葉さん!?
双葉さんはスッと立ち上がって、私に深々とお辞儀をしました。
「こんにちは、双葉です」
「ど……どうも」
困惑する私を、雪さんがガハハと笑います。
「双葉は人見知りがエグいんやけど、何や、アンタにはちゃんと自己紹介したな!おんなじ匂いでもしたんやろな!」
雪さん……ちょっぴり失礼ですよ。
私はアハハと愛想笑いを返すことしかできず、ふと、双葉さんの方を見ると、双葉さんは唇をゆっくり動かしました。
『ア・リ・ガ・ト・ウ』
そんな風に動いたように見えました。
その後、やっぱり遅れてきたA子も加わり、なかなか賑やかな就職祝いになりました。
少し賑やかすぎる気もするけれど、とても素敵な仲間に巡りあえて、私はスゴく運がいいなと思っているのはまた別の話です。
作者ろっこめ
ようやく書き上げたので、またもやノーチェックでぶん投げます。
お盆ですね。
最近はすっかり怖いTVが減ってしまい、少し残念だけど、めちゃくちゃ安心しているわたしです。
ゆっくり休みたい……。
今の私にとっては、オバケより仕事の多忙さが怖いです。
今回、わたしに作品のクロスオーバーを書かせてくれた、カツオ友達(いつまで引っ張るんだ)雪ちゃん。
アワード作品をこんな感じにしてしまい、本当にごめんなさい。
出演許可してくださったふたば様。
クレームは甘んじて受けます!
所詮、わたしが書くと、こんな感じになりますので、その辺は海よりも深く、空よりも広いお心で、許してあげてくださいませ。
本人も深く反省しています。