「う…う"ぎゃぁぁぁ!!」
廊下へと飛び出した僕は、情けない悲鳴を上げその場にヘタリ込んだ。
ガタガタと震える体。
そらす事も出来ず、廊下の端を凝視し続ける僕の目…。
余りの恐怖に失禁までしてしまっている…。
そんな僕の視線の先…。
頼りない光に照らされた廊下の隅にソレはいた…。
黒い髪に薄汚れた白い着物。
その体には注連縄が巻き付けられ、顔には二枚の札…。
お…お護り…さん…や…。
話にしか聞いた事が無かった僕も、ソレがすぐにお護りさんである事が理解出来た。
それと同時に僕は自分の浅はかな行動を後悔していた。
廊下なんかに出ぇへんかったら…。
すぐ来夢を呼びに行っといたら…。
僕はお護りさんを凝視しながら頭の中でこんな事を考えていた。
だが、全てがもう遅かった…。
僕はここへ来て数日間、自分の身に何も起こらなかった事で安心しきってしまい、こともあろうに自らお護りさんの前に飛び出してしまったのだから…。
ズッ…ズズ…。
お護りさんが微かに身を震わせているのが分かる。
ズ…ズ…。
?!
体中を注連縄でぐるぐる巻きにされたお護りさんは、足を引き摺りながら少しずつ少しずつ此方へ近付いて来る。
に、逃げれる…。
この時、僕がすぐに行動に移せば、恐らくはお護りさんから逃げる事も出来ただろう。
だが、頭で分かっていても体が言う事を聞いてはくれない。
僕はこの場から逃げようと、何度も何度も体を動かそうと試みたが結果は同じ…。
そして…。
ズ…。
?!
「あ"…あ"ぁぁぁぁ〜!!!」
お護りさんが僕の眼前に迫り、その姿をはっきりと目にした僕は再び悲鳴を上げた。
顔に貼られた二枚の札の隙間から覗くお護りさんの目…。
黄色く濁った白目…そこに黒目は存在しない…。
そして、その両目は確実に僕を見据えていた。
ミエルカ…ミエルカ…。
多分、お護りさんはそう言ったと思う。
お護りさんの目を見た僕はその場で気を失ってしまったので、はっきりとは聞き取れ無かった。
だが、薄れ行く意識の中でそう聞こえた気がした。
…………。
「カイ?!
おい!カイ?!」
僕を呼ぶ来夢の声が聞こえる…。
その声に反応し、ゆっくりと目を開ける僕。
ぼんやりとした視界に来夢の心配そうな顔が飛び込んで来る。
「良かったぁ…。
悪い夢でも見たのか?
もの凄い声で叫んでたぞ?」
来夢は安心したのか笑みを浮かべながらそう言った。
夢…?
?!
「お…お護りさんは?!」
僕は布団から飛び起き、辺りを見回した。
来夢はそんな僕を驚いた表情で見ている。
おかしい…。
俺は間違い無く廊下に飛び出した…。
そこでお護りさん見て気絶したはずや…。
やのに何で俺、布団で寝てんねん?!
僕はあれが夢だったとはどうしても思えず、頭を抱えて座り込んだ。
「カイ?
お護りさんを見たのか?」
来夢が再び心配そうな表情で僕を見る。
僕はそんな来夢に対し、自分の身に起こった事を説明しようと、俯いていた顔を上げ来夢を見た。
?!
「お、おい!!
カ…イ…?
お前…その目は?!!
その目はどうした?!!」
来夢は僕の顔を見るなり大声で捲し立てて来た。
「目?
目てなんやねん!
そんなん今どうでもええねん!」
僕はお護りさんの事をすぐにでも話したかったのだが、それを遮った来夢に少し苛立ちを感じていた。
「お前…やっぱり気付いてないの…か…。」
来夢はそう言うと、一度部屋を出ていき、またすぐに部屋へと戻って来た。
その手には手鏡が握られている。
「見てみろ。」
来夢はそう言うと、手鏡に僕の顔を写し出した。
?!!!
「な…なんやねんこれ?!」
手鏡に写し出された僕の左目。
昨日までは来夢と同じ透き通る様な青だった筈…。
その左目が、今は妖艶な輝きを放つ紫色へと変色していた。
「来夢?!
これ…これなんやねん?!
なんでまた、青から紫に変わってんねん?!
なぁ?来夢?!
来夢!!」
僕はお護りさんを見た事と、この左目の事が相まってとても正常ではいられなくなり、その場で来夢に問い詰めた。
「分からない…。」
だが、そんな僕に来夢はそう一言だけ呟いた。
何や…。
なんやねんこれ…。
青い目は幽霊が見える目…。
赤い目は幽霊を消し去る目…。
紫は?
この目は何をする目やねん!
僕は、自分の身に起こっている余りに不可解な出来事に動揺を隠せず、来夢を前にただただ取り乱していた。
「お前…。
本当にお護りさんを見たんだな…。
その目…。
その目がどんな力を持っているのかは分からない…。
でも…。
これではっきりした…。
カイ…?
やっぱりお前もお護りさんに狙われている…。」
来夢は深刻な表情でそう僕に告げた。
そして…。
「悪いカイ…。
本当に覚悟を決めてくれないか?
お護りさんと闘う覚悟を…。」
?!
闘う…?
俺が?
あのバケモンと…?
「闘うてどうやって闘うねん?!
お前、赤い目あるしええけど、俺にはなんも無いんやで?
それでどうやって闘え言うねん!!
アホかお前?!」
来夢を責めても仕方ない事は分かっていた…。
もう、お護りさんから逃げられ無いことも…。
だが、それでも僕は恐怖心から溢れ出る不安を抑えきれず、来夢に対し罵倒を浴びせ続けた。
「大体、お護りさんてなんやねん!
はぁ?幽霊が見える目?消せる目?
なんやねんそれ!そんなもん知るか!
そんなんお前だけで十分やろが!」
?!
自分の言葉にはっとする僕。
僕は我を忘れる余り言ってはいけない事を口にしてしまった…。
「い、いや…今のは…」
すぐに今の言葉を訂正しようとする僕だったが、何を言えば良いのか上手く言葉にならない…。
そんな僕を見て、来夢は一瞬悲しそうな表情を見せたが、すぐにその表情を笑顔へと変えて言った。
「大丈夫!
お前は絶対に僕が守るから。
何があっても絶対に…。
だからお前は何も心配しなくていい。
な?カイ?(笑)」
精一杯、笑顔を見せて僕に話す来夢。
俺が悪いのに…。
お前にめっちゃ酷い事言うたのに…。
なんやねん…その笑顔…。
そんな悲しそうな笑顔無いやろ…。
僕の心無い一言で、深く傷付いたであろう来夢は、それを必死に隠そうと無理に笑って見せた。
そんな来夢の優しさに、自分がした事の罪の意識からその場にいる事が辛くなり、僕は部屋を飛び出した。
走り去る僕の背後で、来夢の僕を呼ぶ声が聞こえる。
だが、今の僕は来夢に合わせる顔などない…。
僕は部屋を飛び出すと廊下を一気に駆け抜け、来夢の家を飛び出した。
ホンマごめん…来夢…。
来夢の家を飛び出した僕は、足を止める事無くそのまま自宅へと向かって走り続ける。
その道中、あちらこちらにあの世の者が見え、それら全てが僕を見ているのが分かった。
いつもの僕ならそれだけで恐怖におののき、その場で足を止めていただろう。
だが、今の僕にはあの世の者など、どうでも良かった。
来夢に謝らんと!
許して貰えんでもええ…でも絶対謝らんと!
走り続ける僕には恐怖心など無く、ただ来夢に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
そんな想いを胸に自宅へと戻った僕は、その三十分後、再び来夢の家の前に立っていた。
走り続けたせいで呼吸が荒く、全身にびっしょりと汗をかいている僕。
緊張した面持ちでインターホンを押す。
「はい。
どちら様でしょう?」
この声は来夢の母親だ。
「か…カイです…。
来夢いますか?」
僕の問い掛けに来夢の母親は、すぐに来夢を呼ぶからと、インターホンをきった。
それから僅か数十秒後。
ドタドタと家の中を走る足音が聞こえたかと思うと、玄関の扉が乱暴に開け放たれた。
「このばかやろうが!
どこ行ってたんだよ!
お前自分の状況が分かって…」
?!
扉を開けるや否や僕を罵倒してきた来夢は、僕を見て思わずその口を止めた。
「来夢!
ホンマにごめん!!
俺、びびってしもて…。
お前にしょうもない事言うてしもた…。
ホンマにごめん!!!」
僕は涙を流しながら、来夢に対し深々と頭を下げた。
「ぷっ…。
はは…あははははははははははは!!」
?!Σ(゜Д゜)
こ…こいつ…人が泣きながら謝ってんのに笑いよった?!
顔を上げ、来夢を見る僕。
来夢は腹を抱え大笑いしている…。
「おい!
お前なに笑とんねん!!
俺めっちゃ真剣に謝ってんのに!」
来夢は僕の言葉に、笑い過ぎで溢れ出る涙を拭いながら言う。
「す、すまない。
でも…お、お前…それ…ぷっ…(笑)」
来夢は必死に笑いをこらえながら僕の頭を指指した。
「はぁ?
それてなんやねん!!
昔から悪い事したらこれて決まっとるやろ!
お前に対してホンマに悪いと思ったし、頭丸めたんじゃい!」
そう、僕は心の底から来夢に謝罪をする為、自宅へと戻った後、バリカンで頭を丸刈りにして来たのだ。
「い、いや…ぷっ…。
丸刈りもそうだけど、あれだな…ぷっ…。
丸刈りにしても、円脱は分かるもんなんだな…。
ははは…あははははははははははは!」
?!Σ(゜Д゜)
はっ?!
わ…忘れてた!!
「あ"〜!!
円脱あんのに丸刈りて!!
これどうやって隠すねん?!
あ"〜!!!!」
そんなやり取りが暫く続き、再び来夢の家の中で今後について話し合う僕達。
だが、僕のこの紫の目が持つ力は来夢だけで無く、来夢の両親や祖母にも検討がつかなかった。
そして、僕は決心する。
「来夢?
俺、やってみるわ。
何が出来るか分からんけど、とりあえず逃げんと闘ってみる。」
僕のこの言葉に、来夢は静かに頷いた。
僕が持つ紫の目の力…。
そして、僕達を脅かすお護りさんの目的とは…。
この後…意外にもこの二つの謎はすぐに解明される事となる。
そして…それらは僕達二人を更なる恐怖へと誘っていく…。
作者かい
Σ(゜Д゜)