【重要なお知らせ】「怖話」サービス終了のご案内

開かずの蔵 【A子シリーズ】

長編8
  • 表示切替
  • 使い方

開かずの蔵 【A子シリーズ】

大学二回生のある日、講義を終えた私は、校内の廊下を歩いていました。

 そう、ただ普通に歩いていたんです。

 テキストが入った重いエコバッグを抱えていた私の向かいから歩いてきた男性二人組が、突然、私の両腋に手を入れて、抱えるように持ち上げます。

 「えっ!?…あっ……ちょっ……」

 あまりに急で、流れるような手際の良さに、私は為す術もなく連れ去られてしまいました。

nextpage

 大学敷地内の最果てに、何故か立派な平屋建ての日本家屋があり、私はその中へと連れて行かれました。

 普通に生きていても、拉致されるのか……。

 日本の治安も堕ちたものです。

 その古民家の薄暗い奥座敷に入れられた私の目の前に、艶やかな黒髪を腰まで伸ばした和装の女性の後ろ姿がありました。

 絵に描いたような見事な仁王立ちです。

 「手荒な歓迎、申し訳なかったわね……ゆぅ~~~……っくり…していってね?」

 振り向いた仁王立ちの女性が、私に微笑みかけます。

 妖艶な顔立ちの女性を前に、私はただ固まりました。

 「そろそろかしら……」

 女性が含み笑いを浮かべると、私の後ろの襖が勢いよく開き、ドスドスと足音を立てて、見知った後ろ姿が私の前に出ました。

 「どういうつもりよ!!肉なんか何処にもないじゃん!!」

 肉に釣られたのか…A子は……。

 狂犬のように今にも噛みつきそうなA子に、全く臆することなく、女性は嘲笑うかのように言いました。

 「あなた達にやってもらいたいことがあるの……もちろん、拒否権はないわ……」

 そう言いながら、女性はさらに口角を上げます。

 「あなた達のことは事前にリサーチ済み……あなた達の弱みも当然握ってる……」

 黒の組織みたいなことをサラリと言う女性に、私は戦慄しました。

 「A子さん……あなたの弱点はコレね……」

 そう言いながら、女性はA子に白い封筒を手渡します。

 「何よコレ」

 封筒の中身を見たA子が、ワナワナと身を震わせながら言いました。

 「お姉様と……呼ばせてくださいっ!!」

 あの何事にも動じないA子が、容易く陥落したのを目の当たりにした私は、恐怖に怯えました。

 「あなたはコレ……」

 濡れた仔犬のように震える私に、女性が割りと厚めの封筒を差し出します。

 恐る恐る受け取り、中を見た私を雷に撃たれたような衝撃が襲います。

 「どうして……」

 感極まる私を見下すように笑う女性が、ボソリと呟きました。

 「やって頂けるわね?」

 これは断れない……。

 私は手に握られたアガサ・クリスティの最後の作品『スリーピングマーダー』の原書初版本を抱きしめながら頷きました。

脅されるのかと身構えたのに、ただの買収だったことにホッとします。

 「申し遅れたわ……わたしは怪談研究サークル『聲華』のリーダーの瀬良地よ。よろしくね……お二人さん……」

 妖しげに笑う美女に、A子と私は軽く頭を下げました。

 それにしても、せっかく綺麗な顔してるのに、わざわざ怪談口調で話す瀬良地さんに、違和感というか、もったいないな…と思わずにはいられません。

 「で?お姉様……アタシらに何をさせたいの?」

 すっかり取り込まれたA子が、封筒を尻ポケットにしまいました。

 多分、いや、間違いなく叙々苑の食事券だと思われます。

 「怪談の真偽を調べてもらいたいのよ……」

 怪談の真偽?

 「怪談なんて、真偽が分からないから面白いんじゃないんですか?」

 私が口を挟むと、瀬良地さんは「そうね」と微笑みます。

 「でも、わたしが集めているのは、本物の怪談……謎が謎ではない、本物の怪談を集めているの……」

 本物の怪談蒐集家……。

 「分かった。調べる怪談ってのは何?」

 何の緊張感もないA子が、瀬良地さんに訊ねると、瀬良地さんは少し溜めてから言いました。

 「開かずの蔵……それを調べてもらいたいの……」

 「開かずの蔵?」

 瀬良地さん曰く、とある県にある家の蔵の怪談『開かずの蔵』について調べて来い……とのことです。

 「何で自分で調べないんですか?怪談集めてるんですよね?」

 「まさか…お姉様……ビビってん」

 「ビビってねぇし!!!!」

 分かりやすい……。

 A子の挑発に一瞬取り乱した瀬良地さんを見て、私は可愛い人だと思いました。

 「コホン……とにかく、調査してきてね……調査費用は全てこちらで負担するから……」

 願ってもない破格の依頼に驚きつつも、二つ返事で了承するA子ですが、私は何処か訝しく思いました。

nextpage

 かの地に着いた私達は、地図に標された家へと向かいます。

 その土地では、かなり有名らしく、場所は簡単に見つかりました。

 旧家の佇まいのその家の門に掲げられた立派な表札を見て、私達は絶句します。

nextpage

 『瀬良地』

nextpage

 「ここ、お姉様ん家じゃね?」

 「そうみたいだね……」

 気を取り直し、中へ一歩踏み出した瞬間、黒い影が足元を横切って行きました。

 「あ、猫だ」

 夜の闇のような漆黒の毛並みの黒猫が、ジッとこちらを見つめています。

 「オジジ!」

 黒猫に駆け寄り、優しく抱き上げた美しい女性に、私達は気づきました。

 「お姉様!!」

 「瀬良地さん!!」

 目を丸くする私達を不思議そうに見つめる女性が、一言呟きました。

 「どちら様ですか?」

 いやいや……瀬良地さん、それはないでしょ?

 「お姉様……自分で来させといて」

 私達が女性に歩み寄ると、女性はパッと明るく笑って言いました。

 「あぁ……姉さんのお客さんですか」

 姉さん!?

 A子と私は顔を見合せ、女性をまじまじ見つめました。

 「わたし達、双子なんですよ」

 こんな美人が双子でいるなんて……神様ってのは悪戯がすぎます。

 その美しさに見蕩れる私を他所に、A子は持ち前の近すぎる距離感を発揮します。

 「で、アタシらはそのお姉様に頼まれて来たんだけどさぁ」

 「A子!!いきなり失礼でしょ!?」

 A子をたしなめた私を、瀬良地妹さんがクスッと笑います。

 「お二人は、仲がよろしいんですね」

 「ま、まぁね♪」

 何で照れてんのA子……。

 私が冷やかにA子を見つめていると、瀬良地妹さんが探るような目で私達を見て言います。

 「蔵のことですよね?」

 頷く私達を瀬良地妹さんが、屋敷の裏へ案内してくれました。

 日に焼け、くすんだ黄色の土壁に、焼き板仕立ての重厚な扉、見た感じは普通の蔵です。

 「あのボロいのが、開かずの蔵?」

 気を使わないA子の奔放な言動を気にすることなく、瀬良地妹さんが頷きました。

 「曾祖母の代から開けてはならないと、固く禁じられています」

 「そうなんですか……」

 何かキナ臭いと思いつつ、私は瀬良地妹さんに訊ねます。

 「理由は何か、言われてませんか?」

 瀬良地妹さんは少し考え込んでから、重い口を開きました。

 「何でも、物の怪を封じているとか……」

 物の怪……妖怪の類いかな……。

 私が背筋に悪寒を感じていると、蔵の方から大きな物音がしました。

 「おりゃあ!!」

 音に驚いて振り返ると、A子が蔵の扉を力任せに開けてしまっていました。

 「A子!!ちゃんと話聴いてた!?」

 「聴いてない!!!!」

 何の罪悪感も抱かずに堂々とするA子に私は怒りを爆発させますが、瀬良地妹さんが私を止めました。

 「いいんですよ?姉さんが調べるように、お願いしたんですから」

 「そゆこと♪」

 それにしたって手順があるでしょうが!!

 怒り心頭の私を無視して、A子が蔵の中をジロジロ見たり、クンクン匂いを嗅いだりして、一言呟きました。

 「……何もいないよ?いた形跡も感じないし」

 霊体発見器A子が何も感じないなんて……。

 私もA子の傍へ行き、中を覗きましたが、確かに何てことない普通の埃っぽい蔵という感じでした。

 「中に入ってもよろしいですか?」

 「どうぞ」

 瀬良地妹さんの許可を得て、A子の方を振り向くと、A子はもう中に入ってました。

 「もうっ!!」

 私は蔵の入口から、中のA子に声をかけます。

 「何かある?」

 すると、奥からA子の返事が聞こえました。

 「ガラクタばっかりだ……お宝はなさそう」

 鑑定団じゃないんだよ?

 「A子!遊んでないで、ちゃんと探してよ!!」

 「分かったよ……ホント頭固いんだから」

 「何か言った?」

 「いえ!!がんばります!!」

 しばらくガサゴソしていると、中にいたA子が声を上げました。

 「あったぁ!!コレだ!!」

 A子が埃まみれになりながら、黒漆塗りの薄い玉手箱みたいな箱を抱えて戻って来ました。

 「何?それ……」

 「知らない」

 A子が抱えている箱を見た瀬良地妹さんは、一目見るなり答えました。

 「多分……文箱です」

 瀬良地妹さんの言葉に、私も納得です。

 「コレ……相当強いマジナイがかかってるよ」

 「マジナイ?」

 それを聞いた途端、私はA子と距離を取りました。

 「開けた者に災いが降りかかるような、強いマジナイだね……開けるけどさ」

 開けるの!?

 「お姉様の依頼だもん……やるしかないでしょ?」

 A子は箱の埃を払い、蓋に手をかざしながら、何やらモニョモニョ言うと、箱がガタガタと震え出しました。

 「ヘイッ!!」

 フランクな掛け声と同時に箱の蓋に手を乗せると、箱はピタリと静かになります。

 「じゃあ、開けまーす」

 A子は軽いノリで、箱を縛っている褪せた紅い紐の結び目をほどき、蓋を開けました。

箱の中にはたくさんの封筒がワサッと入っています。

 「こ、これは……」

 A子が中に入っていた封筒から紙を取り出して、睨み付けるように見て言います。

 「何て書いてんの?」

 タメて、それか……。

 私はA子が持っている紙を取り上げ、解読を試みます。

 達筆な文字が並ぶ紙を次々に取り出しては読み進み、全てを読み終えた私は、ある結論に到達しました。

 「これは……大切になさってください」

 私は紙の束を全て元に戻して箱に収めると、瀬良地妹さんに手渡しました。

 「何?宝の在処とか書いてあるの?」

 「違うよ……でも、ある意味では宝物だけど」

 文箱の中にあったのは、恐らく瀬良地さんの曾祖母の想い人からの手紙でした。

 内容から察するに、瀬良地曾祖母さんは、恋仲だったその男性と結ばれず、不本意ながらも瀬良地曾祖父さんと結婚したのでしょう。

 戦争と言う巨大な力に引き裂かれ、ついに結ばれなかった二人の悲恋が切々と綴られています。

 その秘密を、瀬良地曾祖母さんは永遠に守りたかったのだと、私は推理しました。

 身を焦がすほどの愛と共に……。

 「ありがとうございました」

 瀬良地妹さんは、大事そうに文箱を抱えて、私達に深々とお辞儀をしました。

 瀬良地家を後にした私達は一旦、都市部へと帰り、宿泊先のホテルに戻ります。

 「元を取ってくる♪」

 と、無尽蔵の経費を少しでも使いたいA子は、夜の街へと消えて行きました。

 私は静かになったホテルの部屋で、瀬良地曾祖母さんのことを考えていました。

 最後の手紙の一文。

 『貴女がただただ幸福であることを、小生は彼方より願っております』

 これを書いた時の男性の気持ちは……これを読んだ曾祖母さんの気持ちは、どうだったのだろうか……。

 実らなかった二人の愛に想いを馳せながら、私自身は誰に恋するんだろうか……なんて、ちょっぴりセンチメンタルな気分になったのはまた別の話です。

 

Concrete
コメント怖い
18
21
  • コメント
  • 作者の作品
  • タグ
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信
表示
ネタバレ注意
返信