―――高校生の時、本気の恋をした。
その思い出は、今でも私の脳裏にこびりつき、ついにこの年まで彼氏が出来なかった。
25歳。
若いというひともいれば、もうアラサーだという人もいる。
我ながら、中途半端な年だと思う。
もう、キャーキャーと騒ぐこともなければ、かと言って、落ち着いて周囲の言葉を流せるほど大人でもない。
ああ、誰かこんな中途半端な位置から連れ去ってくれればいいのに。
そう思い、目を閉じたところで誰かが連れ去ってくれる訳でもないと現実が見えてしまう。
溜息が止まらない。
そう。
25歳は、夢を夢だと割り切ってしまう現実主義者なのだ。
例え、心の中で夢を追いかけていたとしても、だ。
特に、恋愛に事関しては。
「じゃ、同窓会しようよ。」
と、馬鹿が言ったのが、運の尽き。
「もうすぐクリスマスだしね。」
と、間抜けが便乗したのが、火の車。
運も金も使ってしまった同窓会で、女盛りの女子たちが眼球を引ん剝くのは当たり前のことだった。
同窓会マジックに結婚を掛けた女たちは、舌なめずりしながら男を天秤にかける。
服、化粧品、エステ、美容院、ダイエット…女が金をかけるのは、何も同窓会の費用だけではないのだ。
だから、お持ち帰りされなければ、元が取れないのだ。
それも、一度だけでは足りない。
ま、何度持ち帰られれば元が取れるかなんて、個人差ありきだが。
私は、高校生の恋人が、どんな男になっているのかが気になって、かつ、美味しいものも拝借しようぐらいの勢いだったもんだから、血眼になる必要などなかったが、お仲間は我よ我よと必死だった。
もしも、お目当ての彼に唾をつければ、彼女たちは怒りをまとった笑顔で追いかけてくることだろう。
そんな真紅の口紅なんか付けてるから、男に逃げられるんじゃないか?
やはり、流行りと言えど、真紅というのは美人にのみ許される色だ。
日本人の薄い顔に真紅の口紅は、まるで顔面を日の丸に仕立て上げたように滑稽だ。
私は、自分でそんなことを考えていることに驚いて、周囲を馬鹿にしているのが悟られないようにシャンパンを口に付けた。
夏に飲みたいような爽やかな口当たりに掻き消され、私が考えていた邪な考えは胃に溶けた。
居ない。
集まった39人の中に、彼の姿はなかった。
改めて、溜息を吐く。
所詮、同窓会などこんなものだ。
目を閉じる。
眼球に焼け付けた彼の姿を見る。
何で来ないのよ、と真っ赤な薔薇を投げつける。
彼はもちろん、何も言わない。
一緒に過ごそうって言ったじゃない、と怒鳴りつける。
けれども、彼は何も言わない。
彼はただ、あざ笑うように私を見つめる。
―――高校生の時、本気の恋をした。
丁度、寒い冬の日のことだった。
教室の窓には結露が浮いて、私は窓に指で落書きをしていた。
誰かを待っていたのだと思う。
けれど、そこに彼が来て、突然話しかけてきた。
私は、戸惑いながらも返事をして、自然と会話が弾んでいった。
嬉しかった。
男に免疫のなかった私は、きっとその場で恋に落ちていた。
彼は、携帯の連絡先を交換しようと言って、私は二つ返事で承諾した。
連絡先だけ交換した後、彼はすぐに教室を出て行った。
私は、先ほどよりも温かい気持ちで誰かを待つことが出来た。
それからしばらくして、彼からデートの誘いが来た。
その当時流行っていた映画の誘いだったと思う。
私は、その映画に興味はなかったが、彼と出かけられるだけで嬉しかった。
映画を観て、軽く食事をして、その日は終わった。
次のデートは、ボーリングをしに行った。
負けた方が勝った方にキスをするという罰ゲーム付きで、お互いに盛り上がったように思う。
次のデートは、彼の部屋に誘われた。
その日もクリスマスだったように思う。
残念ながら雪は降っていなかった。
親は居ないよ、と言われた。
断ることなど出来なかった。
義務的に行為は行われ、最後に彼は同情したかのような、いや、あざ笑うかのような、はたまた、とても申し訳なさそうな複雑な表情で私を見つめた。
気まずくなり、私は別段急いで帰る必要もないのに彼の家を出た。
彼のベッドのシーツを赤く滲ませたことが気がかりで仕方なかった。
しかし、次の新学期に、彼は学校に来ることはなかった。
連絡をしたが、返事が返ってくることはなかった。
忘れようとすればするほど、彼の顔が露わになった。
部屋のありとあらゆるものを壊した。
彼のことを思えば涙が溢れた。
全てを奪われたような気持ちになった。
恥と怒りがその当時の私を支配し、残りは恋愛になど目もくれない学生生活を送った。
それは、もちろん、今でも続いている。
周囲のように恋愛に溺れて、結婚という固定概念に縛られた人生を送れれば気楽だったのかも知れないが、生憎、私の人生はそんな単純にこと進まなかった。
私の持っていたグラスが品の良い音で鳴った。
ゆっくりと目を開けると、望んでいた男の顔がそこにある。
「久しぶり。」
その顔は、25歳相応の大人びた風格を漂わせている。
あの頃のように、何も言わずに逃げるような男ではないようだ。
「あの時は、ごめん。」
彼は、照れと申し訳なさを半分個ずつにした絶妙な笑顔でそう言った。
私は、余裕を持って笑う。
「別に、気にしてないよ。」
私のその表情で、彼は安堵したのか、ずっと気になってたんだ、といろいろ語り始めた。
口調が多い男はありがたい。
私の考えを曝けずに済む。
ある程度、男が語りきったところで、私は口を開けた。
「申し訳ないと思うなら、あの日をもう一度やり直してよ。」
これで伝わらなければ、そうとうこの男も馬鹿だろう。
男の目が真剣になる。
私も真剣だ。
だって、この男に、私の人生はずっと奪われてきた。
この男に、私の人生は捉えられていた。
なら、今度は、私がこの男の人生を捉えたっていいんじゃない?
クリスマス―――。
街のホテル街も、より一層張り切っている。
私は男と腕を組んで、同窓会を抜け出した。
足が躍る。
胸も躍る。
男にはしゃぐなよ、と頭を小突かれる。
でも、はしゃがずにいられない。
きっと、さっき飲んだシャンパンの力も、私、借りている。
じゃなきゃ、こんな爽やかな心境になれるわけないじゃない?
部屋に入ると、私たちはお互いの服を脱がせ合った。
唇も貪り合いながら、手探りでシャワールームに入る。
良かった。
これで、ようやく夢が叶う。
シャワーを手に掴み、私は勢いよく彼の後頭部をそれで殴った。
男の目は泳いでいる。
私は笑顔で、そのまま続けて何度もシャワーで男の頭を殴った。
当たり前だ。
本来なら、もっと恋をして、もっと幸せになれる筈だった私の人生を、こんなにも奪ったのだから、これぐらいの仕返しは当然だ。
ああ、力加減が利かない。
赤く飛沫が飛び散る度に、私の怒りも流れていく。
まとっていた重たいものが全て流れるのには、後何回殴ればいいのか分からない。
でも、これだけは分かる。
私の人生、多分、貴方を中心に回っていたわ。
きっと、これは、私の本気。
目を閉じる。
私の眼球には、もう彼の表情は見えない。
作者適当人間―駄文作家
元々、椎名林檎さんの長く短い祭のPVを観て思い付いた作品です笑
で、即興小説さんでお題を貰って書いた作品なので、少々表現が可笑しなところがありますが、ご了承ください。