考えが先行して、後悔したことはないか。その時の感情を感じきらずに、後悔したことは?そう。俺は、まさに、今、その心境で、とある音楽を聞いていた。
冷静に判断していれば、こんな事にはならなかった。いや、その時の気持ちに素直に行動していれば、こんなことにはならなかっただろう。俺は、冷静になろうと、今更深呼吸をする。どこかで、吐き出していなければ、この感情が消え去ることなどなかったのに。ゼウスだ、と思った。俺は、もう、二度と聞くことは出来ないであろう、ギリシア神話を脳内で再生させていた。
プロメテウスは、とても頭が切れる青年だった。彼は、自分の神族と敵であった神族との権力争いで、敵であったゼウスに全ての権力が渡ることを予見し、彼に味方した。プロメテウスが予見した通り、ゼウスに権力が帰すと、争いに敗れたティタン神族はタルタロスと言う、日本で言えば地獄なようなところに幽閉された。
だが、プロメテウスだけは、酷い扱いを受けることはなく、人間の住む世界と神々が住む世界を行き来することを許された。その時、人間界は、ゼウスから炎を奪われていたため、日の光がなく、悲惨な状態であった。心優しいプロメテウスは人間たちに深く同情した。
人間と神々を区別するために、見分けをつける方法をゼウスに問われたプロメテウスは、食べるもので見分けを付ければ良いと提案し、人間に見てくれは悪いが食べることが出来る肉の赤味をゼウスには見てくれは美味しそうだが食べることのできない骨と脂身を与えた。
また、天上の火をこっそりと持ち出し、肉の赤味を焼いて調理したり、木に火を点けて明かりを灯すことを教えた。この行為に激怒したゼウスは、プロメテウスをコーカサスの岩山に鎖で縛りつけ、大鷲に肝臓を啄ませ続けるという拷問を科した。
俺は、思った。先見の明の持ち主と彼は言われていたが、プロメテウス自体は、自分がその時感じた通りに行動しているだけだったんじゃないか。ゼウスに味方していれば、自分が悲惨な目に遭うことはないだろう。人間が可哀想だから、美味しいものと生活する術を教えよう。これは、あくまでその時思った感情を元に行動した結果だとしか思えない。
何故なら、本当に先見の明が立つものであれば、あの後、人間が欲を出し、戦争するのは目に見えていたのではないかと思ったからだ。ゼウスは、プロメテウスよりも先にその事実を予見していた。そして、ゼウスの思った通り、人間たちは、戦争を始めた。悲惨な状態の時は、手を取り合っていたのに。無ければ、与え合う。あれば、奪い合う。どうして、人間の世界は、こんなにも矛盾しているのか。
俺は、自分のその考えに自嘲した。今の俺が、言える台詞ではないことは明らかだからだ。自分の中に、確かに芽生えていたのに、それを見つめようとしなかった。ないものだと、判断してしまっていた。だから、より一層、燃え上がり、この事態を引き起こしてしまった。むしろ、矛盾こそ、人間らしさだと言えるのかも知れない。
ゼウスは、人間が争うのを見たくなかったからこそ、全てを奪った。そうして、人間たちを苦しめていた。争わないからと言って、人間たちが幸せになれるわけではなかったのに。考えすぎて、空回って、結果的に相手を傷つけ、苦しめ、嫌われていく。それは、本当にゼウスの望んだものだったのだろうか。
俺もそうだ。
俺も、考えすぎて、空回って、相手を傷つけて、そうして、取り返しのつかないところまで来てしまった。
目の前に、大好きだった彼女の死体が目に入る。
大好きだった。
信じてもらえないかもしれないが、俺は、自分の考えが理解されないことに苛立ち、今まで我慢していた感情が全て爆発し、気がつけば彼女を締め殺していた。
プロメテウスの火は、こんな処にまで、火を放って行ったのだ。
俺は、彼女の携帯電話を破壊した。車からガソリンを抜き取り、部屋まで運んだ。大丈夫だ。もう怖いものなどない。俺には失うものは、もうないのだから。俺は、そう思い、最後の煙草に火を点けた。
作者適当人間―駄文作家
Crystal LakeのPrometheusという曲から思い付いたものです。
朝も早くから失礼いたしました。