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第三回 リレー怪談 鬼灯の巫女 第三話

中編6
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第三回 リレー怪談 鬼灯の巫女 第三話

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第三話「遺託」

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 そして、二日目の夕方。

 今、私達の目の前には、布団に横たわる一人の老婆がある。

 相当な高齢との話どおり、骨格まで縮んだような小さな身体に皺だらけの顔がくっついてるのはまだ良いとしても、その異様な面相に、私達は最初引いてしまった。

 ぎょろりとした大きな目は、殆ど瞼が無いように見える。その眼球はうっすらと濁っており、死んだ魚の目を思わせる。微かに開いた口からは乱杭歯が除き、何やら凄みを感じさせる…

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 話は半日前に遡る。

 朝食を終えて駄弁っていた私達のところに来た園さんが、渚に声をかけた。

「そういえばね、分家のお婆ちゃんがあんたに会いたがってるみたいよ」

「えっ?あのお婆ちゃんまだ生きてんの?」

 渚が大声で不謹慎な発言をする。

「生きてるわよ。まあ、殆ど寝たきりだけどね。96歳ともなりゃ無理ないわよ」

「もう、96かあ…」

「でも頭ははっきりしててね。渚ちゃんが、この町の昔話に興味のあるお友達と遊びに来るって聞いたら、一度みんなで遊びにおいでとか言ってるみたい。どうする」

「ふーん」

 一瞬思案顔になる渚に東野さんが尋ねる。

「その分家のお婆ちゃんてのは、西浦の親戚なのか?」

「そうじゃないの。実はこの町の厳田家の分家のことなの」

 園さんが説明を始める。

「厳田家は、ずっと昔からの旧家で、この町の有力者なの。今は漁船や水産加工場、冷凍倉庫まで備えた厳田水産のオーナーだけど、古くから網元としてこの鬼灯村の顔役だったのよ。この町の人が単に“本家”とか“分家”と言う場合は、厳田家のそれを指すの」

「へえ、でも関係の無いお家の婆ちゃんが、俺たちが来るってことをもうご存知なんですか?」

潮が尋ねると園さんが笑って答える。

「田舎はね、何でもすぐに話が伝わっちゃうのよ。特に厳田家は地獄耳だしね」

「あ、でも誤解しないで。みんないい人だから。近所の子供を集めてお菓子とかくれたりするから、分家のお婆ちゃんの家にも遊びに行ったことある。有力者だけに鷹揚なのよ」

 渚がフォローする。

「とにかく皆でおいでって言うんなら顔ぐらい見せに行ったら?若い人と話すのが楽しみなのよ。それこそこの町の伝承とか聞けるかもよ」

「そうよねえ…」

園さんの勧めに渚も同意する。東野さんも含めて私達にも異存は無い…

こうして、私達は分家の老婆を訪問することになった…

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 分家とは言え、有力者の血筋の割には、あまりにもこぢんまりとした住居だった。毎日訪れる介護ヘルパーさん以外には、一人暮らしというのにも驚いた。なんでも本人のたっての希望らしい。

 渚以下一同が挨拶を終えると、寝たきりの老婆がゆっくりと口を開いた。

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「…都会の立派な大学で学問をされてる元気な若者が…五人も…」

老婆がしみじみと呟く。

「…ひょっとしたら…」

 老婆の目に、微かな光が宿る。何かの決意、あるいは希望…それはほんの微かなものだが、年老いた生命の最後の輝きのようなものを感じさせる。

「ちょっと起こしておくれ」

「大丈夫ですか」

 付き添って身の回りの世話をしているヘルパーさんが心配そうに声をかける。

「いいから、早う…」

 ヘルパーの手を借りて何とか起き上がると、老婆は布団の上に正座する。異様な面相ながらも、弱った体をおしてきちんと私達に向かい合う姿に、一同思わず居住まいを正す。

「こんな田舎にわざわざお越し頂いて有難いことですじゃ。皆さん方が、この町の昔話に興味を持たれてると聞いての…だったら、この婆の話がほんの暇つぶしにでもなればと思うてな。双子の呪いの話も太刀魚の伝説も、勿論よく知っておる。が、今からお話するのは、この厳田の家にまつわるものじゃ…多分、この婆の口からこれを聴くのは、あんた方が最初で最後じゃろうて。ほっほ…」

 端座した老婆が幽かに笑う。

「お耳汚しになりますが、今から婆が戯れ歌を一つお聞かせしましょう。厳田の分家筋だけにずっと昔から歌い継がれて来たもので、この婆も、子供時代に婆から聴いたものじゃ。短いものじゃが、まずは聴いてつかあさい…ほんなら始めます」

 軽く一礼すると、目を閉じ、低いがよく通る声で老婆は歌い始めた。潮が慌ててスマホのレコーダーをスタートする。

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“湧いてくる 湧いてくる

厳田の船の行くとこにゃ

どこでも魚が湧いてくる“

“めでたやな めでたやな

可愛いややこを抱いて見りゃ

鬼灯一つに瓜二つ”

“鬼が来る 鬼が来る

鬼が血刀振り回しゃ

わたしもあんたも首が飛ぶ“

“泣き別れ 泣き別れ

風来坊の言うことにゃ

鬼灯残して瓜食った“

“飛び上がる 飛び上がる

厳田のあるじが沙汰をすりゃ

墓の死人も飛び上がる“

“船が来た 船が来た

船の中身をあけて見りゃ

鯛か太刀魚シュモクザメ“

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“睨みあい 睨みあい

高いお堂が睨みを利かしゃ

荒ぶる海も黙りこむ“

“ありがたや ありがたや

厳田のあるじの魂(たま)握りゃ

売僧(まいす)も毎日酒飲める“

“堪忍な 堪忍な

貢ぎ物さえ供えときゃ

あやかし厳田の守り神“

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「これで終わりじゃ」

 歌い終えた老婆が一礼する。以外に短い歌に、何となく拍子抜けしたような面持ちでいる私達に向かい、老婆が話し始める。

「歌はこの通り短いものじゃ。じゃが、これには、色々裏の意味があっての…そこには栄える厳田家とこの町についての忌まわしい真実が隠されておる…」

 暗い顔で前置きすると老婆が話を続ける。

「その、真実とは……ん?」

 途中まで話した老婆は、何かに耳を澄ますような素振りをした。

「…真実…とは…」

 途中まで話すと同じ所で言葉が止まってしまう。微かに呼吸が乱れ始める。

「…真…実…し、しししししんしん…」

 意味をなさない言葉を吐き続けながら、老婆は苦し気に喘ぎ始める。視線は滅茶苦茶に泳ぎ始め、我と我が手で喉元を掻きむしり始める。

「お婆ちゃん!どうしました!」「お婆ちゃん!」「しっかり!」

 皆が駆け寄る。布団に倒れ伏してもがく老婆の口からは蟹のような泡が溢れ始めた。

 「もしもし!私、分家のヘルパーの者です!お婆ちゃんが倒れた!大至急お願いします!」

 パニック状態のヘルパーが救急車を呼ぶ…

 意識不明の老婆が救急車に乗せられるのを見届けてから、私達はその場を辞去した。とりあえず宿に向けて歩きながら、まだ一同目の前で起きたことが信じられずにいた。

「何か、あたし達の所為みたい…」

 目に涙を浮かべながら渚が悔やむ。

「そんなことないさ」

「だって、あたし達に話を聴かせる為に、寝たきりだったお婆ちゃんが無理して起き上がって歌ってくれたんじゃない!あれがきっと無理だったのよ!」

「渚ちゃん…」

その時。

「おい、ちょっと聴いてくれよ!」

 イヤホンで録音を聞いていた潮が大声をあげる。

「何よ、もう、大声出して」

「こんな時に録音聴いてるなんて不謹慎よ」

「いいから、ちょっと!」

 潮が人気のないところに皆を誘導する。

「とにかく聴いてくれよ。あの婆さんの歌、今から再生するからな」

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 一同潮の周りに額を集める。周囲を気にして少しボリュームを絞り、潮は老婆の歌が終わる辺りから再生を始めた。

“歌はこの通り短いものじゃ。じゃが、これには、色々裏の意味があっての…そこには栄える厳田家とこの町についての忌まわしい真実が隠されておる… “

「この後!」鋭い声で潮が注意する。

“その、真実とは……ん?”

 そこで潮がレコーダーを止める。

「聞こえなかった?」

 緊張した面持ちで言う潮に、皆の声が飛ぶ。

「何?」「何よ?」「聴こえない」

「もう一度やるからな。よく聴いてくれ」

 少しボリュームを上げて潮が再生を始める。

“その、真実とは……”

(……)

 確かに何か微かな音が聞こえる。

「もう一度。よーく聴いてくれ」

幽かに震える声で言うと、更にボリュームを上げて潮が再生を始めた。そして今度は、私達はその不気味な音声を聞いたのである。

“その、真実とは……”

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(しゃべったな…)

第4話へ続く

Concrete
コメント怖い
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それぞれの作者様の特色が出ていて二度おいしいって感じです。
珍味さんの表現、不穏で不気味で大好きです。
引き込まれ、息を止めて読んでしまいました。
ああ~、なんちゅうところで続くなんや~。早く、次の人!

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