何年かぶりに、小さな頃によく遊んでもらった叔父さんの家を訪ねた。
叔父さんはそれなりに老けていたが、まだ背筋も伸びていて元気そうに見えた。叔父さんは僕に気づくと驚きもせずに「久しぶりだな」と笑い、いま裏の川にスッポンを釣る為の仕掛けをたらしているからついてこいと言った。
叔父さんの言った通り、川には一定の距離を置いて長い竿が三本セットされていた。そのうちの真ん中の竿が少し曲がっているのを見ると、叔父さんは嬉しそうにリールを巻き始めた。
「おまえにも一度はこの天然のスッポンを食わしてやりたかったなー」
「スッポン?ぼく亀なんて食いたくないよー」
「馬鹿、スッポンは亀じゃねえよ。酒に生き血混ぜて飲んだら、効くぞー」
なんだか叔父さんの横顔を見ていたら、泣かないと決めていたのに思わず泣いてしまった。
叔父さんは釣り上げたスッポンをタモにしまうと、「こんな大物は久しぶりだ」と誇らしげに言った。
風もないのに僕たちの近くを何かが通り抜けた。
すると叔父さんのすぐ後ろに、背の高い何もかもが真っ黒な人が二人立っていた。僕は驚いたがこの人たちを見るのはこれで二度目だ。その一人が叔父さんの肩に手を置くと、叔父さんは急に暗い顔になり、もう帰るぞと言った。
その日の夜、叔父さんは発作を起こして奥さんが呼んだ救急車に乗り、救急病院に運ばれた。僕はなんとなく家に残っていたけれど、やっぱり叔父さんが気になったので遅れて病院に向かった。
やっとの思いで病室までたどり着くと、叔父さんのベッドの傍らに奥さんが眠っていた。叔父さんも今は落ち着いているようで、スヤスヤと寝息を立てている。
でもやっぱり黒い人はそこにいて、眠る叔父さんを覗き込むようにして見下ろしていた。
僕が思わず「叔父さんを連れていかないで!」と言うと、黒い人たちはゆっくりと顔だけをこちらに向けた。暗くて少しわかりにくいけどおそらく一人は笑っていて、一人は泣いているように感じた。
「ありがとう、もういいんだ」
叔父さんは目を閉じたままそう言った。僕がたまらず叔父さんの手を握ると、叔父さんはまた「ありがとう」と言って眠ってしまった。
その三日後に叔父さんはまた発作を起こして、そのまま亡くなった。
それ以来、僕と叔父さんはいつも一緒にいて、河原で昔の話なんかをしている。その日は川が減水していて、一匹のスッポンが石の上で日向ぼっこをしていた。
「叔父さん、あんなとこにスッポンがいますよ」
「馬鹿、あれは亀だよ」
他愛ない会話。ふと反対岸を見るとボーっと川を見つめる叔父さんの奥さんがいた。奥さんの目には、生前、釣りばかりしていた叔父さんの姿が見えているのかもしれない。
その時、風もないのに僕たちの近くを何かが通り抜けた。
僕は思わず叔父さんを見た。
「叔父さん、奥さんの後ろ」
叔父さんは悲しそうに…
いや、嬉しそうに頷いた。
了
作者ロビンⓂ︎