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僕の住んでいるマンションの同じ階に、トオルくんという男性が住んでいました。
年老いた母親と一緒に暮らしており、特に仕事をしているような感じはなく、母親の年金で生活していたようでした。
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トオルくんはいつも同じ風体をしてました。
丸坊主の頭に濃い顔立ちに、でぶっとした肥満体で、白いランニングシャツに紺色の半ズボンをサスペンダーで吊って穿いてます。
まるで昔いた放浪の絵描きのようでした
年齢はおそらく、40歳は過ぎていたと思います。
もしかしたら、もっといってたかもしれません。
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マンションの部屋は各階とも、エレベーターを基点に「コ」の字に並んでおり、僕の部屋は5階のエレベーターを降りて、右側突き当たり。
トオルくんは左側突き当たりでした。
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朝方仕事に行くときは毎日、エレベーターの前で、
トオルくんに会いました。
まるで僕が部屋を出るのを見計らかっているかのように、僕が玄関のドアを開けると、正面突き当たりの部屋のドアも開き、トオルくんが姿を現します。
そして一緒にエレベーターに乗り込むと、1階で一緒に降り、出かける僕を見送りながら、エントランスにじっと立っています。
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トオルくんとは、会話というものが成り立ちません。
ただただ僕の話すことを、ひたすらオウム返しするだけです。
例えば、僕が「だいぶ寒くなりましたね」と言うと、
彼も「だいぶ寒くなりましたね」と返し、僕とエントランスで別れるまで、頭を右側に直角に傾けたまま、同じ言葉を繰り返すのです。
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「だいぶ寒くなりましたね」
「だいぶ寒くなりましたね」
「だいぶ寒くなりましたね」
……
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それは雨が降り続いていた8月のある日。
朝方いつも通りエレベーター前で、トオルくんに会った僕は何気なく、
「あ~あ、トオルくん、てるてる坊主にでも
なって雨を止めてくれないかな」と、冗談交じりに言いました。
するといつもの通り、トオルくんは今の言葉を繰り返します。
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「あ~あ、トオルくん、てるてる坊主にでも
なって雨を止めてくれないかな」
「あ~あ、トオルくん、てるてる坊主にでも
なって雨を止めてくれないかな」
「あ~あ、トオルくん、てるてる坊主にでも
なって雨を止めてくれないかな」
……
僕は苦笑しながら、会社に出掛けました。
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その日、僕は仕事に手間取ったおかげで、マンションに帰り着いたのは、夜9時を過ぎてました。
シャワーを浴び、1缶ビールを飲みます。
コンビニで買った弁当を食べ、しばらくニュースとかを観てから、早々に電気を消して、布団に入りました。
5階の部屋なので、とても静かです。
疲れていたのでしょう。
微かに聞こえてくる雨の音を聞きながら、程なく眠りに落ちました。
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shake
ドン!ドン!ドン!
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どれくらい時間が経ったころでしょうか。
何かを叩く音で目が覚まされました。
枕元の時計を見ると、まだ午前2時10分です。
立ち上がり、電気を点けます。
どうやら、誰かが玄関のドアを叩いているようです。
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――こんな時間に、イタズラか?
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玄関先まで行き、そうっと覗き穴から外を見ます。
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そこにはなんと、トオルくんが立っています。
しかも真っ白な大きな布に穴を空けてそこから頭を出し首を直角に曲げ、まるでてるてる坊主のような恰好で、必死にドアを叩いてます。
朝、僕が言った言葉を呪文のように繰り返しながら。
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「あ~あ、トオルくん、てるてる坊主にでも
なって雨を止めてくれないかな」
「あ~あ、トオルくん、てるてる坊主にでも
なって雨を止めてくれないかな」
「あ~あ、トオルくん、てるてる坊主にでも
なって雨を止めてくれないかな」
……
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疲れとストレスもあったせいか、僕はドアを開け、つい、――止めろー!!と怒鳴りました。
トオルくんは一瞬驚いたような顔をすると、さっきの言葉を小さく呟きながら、自分の部屋に向かって歩いていきました。
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「あ~あ、トオルくん、てるてる坊主にでも
なって雨を止めてくれないかな」
「あ~あ、トオルくん、てるてる坊主にでも
なって雨を止めてくれないかな」
「あ~あ、トオルくん、てるてる坊主にでも
なって雨を止めてくれないかな」
……
それからは、ドアを叩く音は止みました。
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翌朝、いつも通り仕事の支度をして、玄関のドアを開けると、突き当たりのトオルくんの部屋のドア前に、1人の警察官が立っているのが見えました。
どうしたんだろう、としばらく様子を見ていると、
ドアが開き救急隊員が現れ、誰かが担架に乗せられて、出てきました。
年老いた母親が泣きながら後を追います。
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――トオルくん、何かあったのかな。
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僕の心は嫌な不安感に包まれました。
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その日の夜遅くに聞き込みで訪問した警察官から、僕はトオルくんが亡くなったことを聞きました。
早朝、自宅のベランダから首を吊っていたそうで、エントランスからマンションを何気なく見上げて発見した新聞配達員によると、それはまるで、ベランダから吊り下げられたてるてる坊主みたいだったようです。
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このことがあってから、雨の日の夜中になると、
マンションのドアを叩く音が……
shake
ドン!ドン!ドン!
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……
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玄関の覗き穴を覗くと、
そこには……
作者ねこじろう