「死ねばいいのに」
そうあなたはおっしゃいましたね。雪の降る凍てつく真冬の海岸で。
荒々しい風にあおられ白く泡立った波が海岸を舞っていました。あれは波の花というのでしたっけ。
それに見惚れていたので一瞬何を言われたのかわかりませんでした。
冬の海を旅しよう、そう久しぶりに誘われた嬉しさで気持ちも舞い上がっていましたから。
でも、すぐに意味がわかりました。
というか、誘われた時点ですでにあなたの真意に気付いていたと言ってもいいでしょう。
だってあなたにとって私は脅威の存在なのですから。
ふふ、良いご縁談が来たということ知っていたのですよ。それはあなたを出世に導いてくれる確かなものだということも。
ですからわかります。
私が邪魔なのだと。
縁談が調う前にあなたに執着する私を消したかったのですよね。でも危険を冒して手を汚すのは誰でも嫌なもの。ましてや順風満帆の人生に汚点を残すなんてとんでもない。
ええ、わかっていますとも。愛するあなたのために自分で自分に決着をつけなければいけないことぐらい。
あずかり知らぬところで邪魔者が消えてくれたら、あなたの気持ちがどんなに楽になるのか。
だから「死ねばいいのに(死んでくれ)」と私に言ったのですよね。
でも――
あなた全然わかってらっしゃらない。私は執着なんてしていなかったんですよ。
去年の春、あなたが黙っていなくなった時、私の中で一区切りつけたんです。追いかけるつもりなんてさらさらありません。愛しているなら人知れず見守っていこうと心に誓いました。
でもあの時は本当に辛かったぁ。辛すぎて一人旅立つ準備をするくらい。
耐えられなくなったら逝くつもりでいたんですよ。
でもね、なんとか耐えられました。
あなたは私のもとを去ったけれど、楽しかった思い出だけで十分幸せにこれからも生きていけると思ったんです。
あなたが幸せならそれが私の幸せなんですから。
なのに、あなたは私をこの旅に誘った――
すごく嬉しかった。あなたの中で私がまだ存在していたなんて。しかも恐れとして――
そのまま放っていても脅威になんてなりはしなかったのに――
もう逝くつもりはなかったけれど、旅立つ準備はいつもバッグの底に入れていました。この旅にも持ってきています。
だからあなたの気持ちを汲み取って、旅の最後のこの宿で使おうと決心しました。
本当ですよ。うそじゃないです。
でもね私、気付いてしまいました。やっぱりあなたとは別れられないって。
ふふ、あなたのせいですよ。いったん消した火を再び点けたのはこの旅に誘ったあなたなんですからね。
身を捧ぐ愛し方の私ならきっと自ら死を選ぶだろうと思っていたことでしょう。
文字通り、身を捧げると。
でもちっとも実行に移さない。
あなたの私への脅威が激しい憎悪に変わっていくのが目に見えてわかりました。汚点を残すのも時間の問題だとも思いました。
でもあなたにそんなことさせられません。
だからその前にあなたを殺したんです。
決して憎らしいからではありません。愛しているからこそそうしたのです。
自分でも驚いたのですが、復活した私の愛は今までとは違いました。
あなたを独り占めにしたい。
それが今の私の愛です。
バッグの底に転がっていた青酸カリの薬瓶。
人生の汚点など恐れもしない私は躊躇なくそれをお茶に混ぜてあなたに飲ませた。
愛しい口が噴いた泡。
それは私が作った波の花。
もう、あなたは私だけのものです。
作者shibro