中編4
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便所おじさん

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 仕事のストレスから軽い鬱になった私は

しばらく、とある精神科に通院していた。

その医院は中心街から離れた郊外にあり、

入口前は雑草が伸び放題で、

一見すると、廃墟か?と思ってしまうような

憂鬱な佇まいをしていた。

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 梅雨も終わったというのに、

早朝からシトシト雨の続くある日の午後のこと。

診察を終えた私は、支払いのため、

その医院の待合室のソファに座っていた。

斜め前方では、髪がボサボサの中年女性が、

ひたすら、

「ちきしょう、ちきしょう……」

と繰り返し、ソファの背を叩いている。

どうやら、患者は私とその人だけの

ようであった。

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 新聞を読んでいると、

便意をもよおしてきたので、トイレに行った。

きしむ入口の戸を開け、スリッパに履き替え、

中に入ると、不快なアンモニア臭が鼻をつく。

手前には洗面所。奥には小便器が4つ。

その向かいに個室が3つある。

奥の喚起窓の上に、蜘蛛の巣がはっていた。

誰もいないので、真ん中の個室に入る。

前の個室との仕切り壁がすぐ目の前に迫り、

息苦しいくらい狭い。

壁の中央辺りに、奇妙な落書きがあった。

ボールペンで変に角張った文字で

小さく書かれている。

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便所おじさん、こわい……。

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--『便所おじさん』何だそりゃ?

意味不明な文字に頭を傾げながら、何となく

天井を見上げた。

ラジオのノイズのような

雨の音と木の葉がすれ合う音が、

かすかに聞こえてくる。

すると、

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--きいいいっ……。

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 トイレ入口の方できしむような音が聞こえた。

誰かが入ってきたようだ。

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--パサリ、、パサリ……。

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 スリッパが床を擦る音が続く。

音は徐々に大きくなり、

トイレ中央辺りでピタリと止んだ。

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 私の心臓はなぜか、拍動を速めだしていた。

すると、

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--コツン、、コツン……。

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 静かに二つドアをノックする音。

--個室は前後二つ空いてるのに、何で?

そんな思いで、私は軽く咳払いをした。

しばらくの間の後、再び、

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--コツン、、コツン……。

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--聞こえないのか?

少々イラつきながら、「入ってますよ!」と

大きめに声を出した。

聞こえたのか、音はピタリと止んだ。

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 とにかく速くここから出ようと立ち上がり、

身なりを整えていると、

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shake

--ガチャ、ガチャ、ガチャ、……。

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 今度は、ドアノブを無理に開けようと

している。

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--こいつ、何をしたいんだ?

ドアの向こう側の何者かに、

異常な何かを感じながらも、私は勇気を出して

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「入ってますよ-!」と大声をだした。

ドアノブはしばらく動いていたが、やがて止んだ。

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私はすぐにドアの鍵を開けようと思ったが、

ドアの前にまだ、異常な誰かがいるかも、と思い、

しばらくの間、個室内にじっとしていた。

すると、今度は

shake

--ドン!ドン!ドン!

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 前の仕切り壁を思いっ切り叩きだした。

私はびっくりしながらも、

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「止めろ!止めてくれー!」

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思いっ切り声を張り上げた。

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 殴打はしばらく続くと止み

再び、個室内は静かになった。

数分間、私は心臓の拍動が普通に

戻るまで深く深呼吸をし、

やっとなんとか落ち着くと、

ドアの隙間から誰もいないことを

確かめてから鍵を開け、恐る恐る外に出た。

小走りで洗面所まで行き急いで手を洗い、

顔を上げ鏡を見た瞬間、私の心臓は再び急激に、

拍動を速めた。

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 肩越しに裸の男が映っている!

男はスキンヘッドで仙人のような白髪混じりの

髭を生やしており、40は過ぎてるような感じだ。

あばら骨が浮くくらいガリガリに痩せていて、

なぜかオシメをしている。

恐怖のあまり洗面所の前で

動けずにいる私をよそ目に、男は何やら

ブツブツと呟きながら、

ゆっくりスリッパを鳴らして歩きだした。

そして、さっきまで私が入っていた

個室の戸を開けると、すーっと中に入っていき、

バタン、と閉めた。

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 私は飛び出すようにトイレを出て

受付にいる女性に、今しがた起こったことを

一気にしゃべった。

全て聞き終わった女性は一つ大きなため息をし、

「またですか……」と呟くと、

次のように語り出した。

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「実は去年の夏に医院内で、

刺殺事件があったんです。 

拒食症の中年男性の患者が、

トイレが長いということで、

個室に入っていた男性職員を包丁で刺し殺し、

自分もその場で首を刺して

死んでしまったんです。

それ以来、男子トイレで奇妙なことが起こる

ようになり、

とうとう男の幽霊が現れる、

という噂が出始めました。

患者の方の間では、その男を『便所おじさん』と

呼んでいるみたいです。

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昔、学校や病院のトイレには、面白い落書きが
あったりしましたね。

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