地方に住む私の友人が仕事のため、しばらく東京に居るということで、
先日久しぶりに一緒に安い居酒屋で飲んだ。
地味で見た目はそれと言った特徴の無い男だが、
唯一の特徴はいわゆる「視える」人だということ。
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「東京は慣れたか?」
「最初は人が多くてなかなか進めなかったり、人にぶつかりまくって
気まずい思いもしたけど、もう慣れたよ」
「そうか、それは良かった。そういえば電車で仕事に行ってるんだろ、
満員電車ももう慣れたのか?」
「満員電車・・・・・・もう絶対乗りたくないな」
そう言った瞬間、友人の表情は暗く沈んだ。
「どうした?ああ、やっぱり地方から出てくると満員電車の混み具合は辛いよな」
俺は微妙な空気を感じつつ、あえて明るい口調で言ってみた。
「いや、そういうことじゃないんだ・・・・・・」
「じゃあ、どういうことなんだよ」
「あのな、満員電車って人がたくさんいるだろ、あれ人で無いものも結構乗ってるんだ」
「人で無いもの?」
「そうだ。人で無い、この世のものでは無い存在だ」
彼は神妙な面持ちで語り始めた。
「満員電車の人混み、あの中に人で無いものがいるんだ。しかもタチのよくないやつ。
よく人身事故で電車が止まるだろ。あれ、かなりの割合でそいつがやってるんだ」
「どういうこと?」
「実は俺見ちゃったんだよ」
「仕事に行くのに、ギュウギュウ詰めの満員電車に乗っていたときだ。そいつらの存在には気づいていたんだが、なるべく見ないようにしていた。」
「そして、駅についてドアが開いたときだ。俺見ちゃったんだよ、そいつが隣りにいたサラリーマンらしき男を引きずって向かいのホームに叩き落としたところを・・・そして線路に落ちた瞬間に電車が来て・・・」
「さらに、この話には続きがある。その後引きずり込まれた人物は、『人で無いもの』の仲間入りをした。うつろな目で車両に乗って行ったよ」
「いいか、あいつらに仲間入りしたくなければ、絶対満員電車に乗るな。いいな」
友人はそう語気を強めて言った。
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その後
とは言ったものの、電車に乗らずタクシーで出勤というわけにはいかないので、
相変わらず満員電車で会社に通っている。
今この車両にも人では無いものが乗っているのだろうか。
作者地獄中年