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「それは、お寂しいでしょう。
あなたのようなまだお若い方がこんなに早く連れ添いを亡くされると。
ああ、すみません、まだ亡くなったと決まったわけではなかったですね。
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まあね私なんかね、今年で60になるわけだけど未だに一人もんですわ。
いやいや、もうここまでくると寂しさとかはありませんよ
異性に対する関心もほとんどありませんしね。
ただ夜寝るときとかにね、窓ガラスとかが風でガタガタいうときがあるじゃないですか。
特に今のような季節のときは特に。
そんなとき、ああ誰かいてくれたらなあとか思うときはありますけどね。
ハ、ハ、ハ、ハ、ハ……」
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私は出されたお茶を飲みながら目の前のソファに座るスエット姿の初老の男性の話を聞きながら、夫のことを考えていた。
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夫がいなくなってから、もう1年になる。
山登りが好きな人で、去年の冬行ってくると言って出て行ったきり今日まで帰ってきていない。
当時警察や地元の消防団の方々が総動員で捜してくれたのだが、結局見つからなかった。
警察は恐らく登山中に遭難されたのでしょうと言っていた
でも私は今でも、夫があの時のままの恰好でひょっこりと帰ってくるような、そんな気がしている。
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私は今古い二階建ての一軒家で暮らしている。
夫は若い頃からアンティークなものが大好きで、住むところもマンションとかではなく古民家のようなところがいいと言って、わざわざ勤め先から1時間かかるところにある郊外の古い二階建ての一軒家を借りたのだ。
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今私の目の前に座っているのが大家で、代々家や土地を持っている大地主の子孫らしい。
毎月末にはこうして、大家の屋敷に家賃を持っていくのである。
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大家はいつも真っ赤なスエットの上下といういでたちである。
でっぷりとだらしなく肥えており、頭はおかしな具合に禿げている。
おかしな具合というのは頭頂部だけがきれいさっぱり頭髪がなく、まるでカッパのような禿げ方なのである。
初めて会ったとき、私は頭に目がいかないようにするのに大変だった。
私が住んでいる一軒家の裏手にある大きな屋敷に一人で暮らしており、特にこれといった仕事をしているような感じではないのだが、町内会の会長であり、町内の様々な行事とかボランティアとかを積極的にやられているようだ。
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「何かご不便とかはありませんかね?」
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大家は家賃の入った茶封筒を受け取りながら、上目遣いでギョロリと私の顔を見た。
本当のところいくつかはあるのだが、私は「ありません」と言った。
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「女性の独り暮らしは物騒なものですから、くれぐれも用心して下さい。
特にこの季節空き巣も多いですから、戸締まりもしっかりして下さいね」
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そう言って大家はもう一度私の顔を見ると、また「ハ、ハ、ハ、ハ、ハ……」と何がおかしいのか、また可笑しそうに笑った。
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本当を言うと最近家の中でおかしなことが起こっていた
いや正確にいうと、今年の1月くらいからだ。
初めのうちは具体的にどうこうということではなかった。
誰もいないはずの部屋に人の気配がしたり、ふとしたときにぞくっとするような誰かの視線を感じたりと、ほとんどが心理的なものだった。
それがだんだんと目に見えるようなことになってきた。
朝方テーブルに広げていた雑誌が、夜仕事から帰ってきたら、きちんと片付けられていたり、一つだけ洗い忘れていた湯呑みが洗われてシンクに置かれていたり……。
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─夫が家のどこかにいるのでは……。
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私はそんな変なことを思ったりもした。
そう思ったのには理由がある。
私は畳部屋にフトンを敷いて寝るのだが、寂しさから夫が寝ていたフトンを並べて寝ている。
ある日朝起きてふと隣を見ると、さっきまで誰かが寝ていたかのようにシーツが乱れており、触ると少し温かい。
さらに驚いたのは、枕から夫の使っていたヘアートニックの香りがするのだ。
枕カバーはもちろん、きれいに洗濯している。
すぐ洗面所に行き鏡の横にある棚を確認した。
棚の一番上に夫の洗面道具一式がまだあるのだが、そこを見た瞬間私は驚いた。
ヘアートニックだけが2段目に移動している!
こうなると、いかに鈍感な私も気味が悪くなってきた。
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元来私は心霊現象などというものは信じていない。
夫がいるなどということを思ったりもしたが、やはり心のどこかで疑念があった。
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そこで、家の中の3カ所に防犯カメラを設置することにした。
一つは洗面所、一つは居間、そしてもう一つは寝室の畳部屋。
私は昼間は介護の仕事をしており、帰宅するのは毎日夜である。
朝カメラを作動させ、仕事に出かける。
そういうことを3日ほど続けてみた。
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4日目、仕事から帰ってきた私はパソコンを開いて、少し緊張しながら録画された映像を確認した。
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1日目は、3カ所ともこれといった異常は見られなかった
だが2日目、早送りしながら同時に3カ所を見ていると、洗面所を映した画面に何かが映り込んでいた。
そこは洗面台を正面から撮っていて、画面右下の時計が16:05のとき、突然右端から赤い人影のようなものが現れた。
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─何だろう?
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と停止して通常スピードで再生したとき、私は目を疑った
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それは大家だった。
いつもの赤いスエット姿の大家が背中を向け洗面台の前に立っている!
彼はしばらく自分の顔を覗き込んでいたが、やがて私が使っているスキンクリームを念入りに顔に塗り込んだり、夫が使っていたヘアートニックを少なくなった髪になでつけ鏡に向かい流し目をしている。
私は寒気がした。
その後大家は洗面所の画面から消えた。
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これで終わったかと思ったが、まだあった。
寝室、畳部屋 23:08
ここのカメラは天井に設置した。
パジャマ姿の私がフトンを二つ敷いているところが上から撮られている。
画面中央にフトンが縦に二つ並んで敷かれた。
電気を消しフトンに入る私。
同時にカメラが暗視モードに切り替わった。
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異変は夜中の2時過ぎに起こった。
02:13
向かって左側のフトンで私は熟睡していて、時折右や左に寝返りをうっている。
すると画面下方に突然、人の頭が現れた。
私は目をこらして見る。
見覚えのある特徴ある頭……。
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それはやはり大家だった。
しかも驚くことに、夫のベージュのスエットを
着ている。
そろりそろりとハイハイをしながら、フトンのところまで近づくと、ゆっくりと私の隣に仰向けになり枕に頭を乗せた。
それから横を向き、しばらくじっと私の顔を眺めていたかと思うと、自分の手のひらを私の手のひらに重ねてみたり、私の頬に自分の頬をくっつけてみたり、再び横を向き、私の顔をじっと見つめながらニヤニヤ笑ったり、最後は頭のてっぺんから足先まで、クンクンと匂いだした。
およそ1時間以上もの間、そんなことを延々とやり続けていた。
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03:11
私の枕元にある目覚まし時計を見ると大家は起き上がり、またハイハイしながら画面下方に消えた。
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翌朝すぐ警察に電話をしたのだが、今回の大家の事件で私はどうしても理解できないことがあった。
それは寝室の画面に映っていた大家の服装である。
実はあれは去年の冬、夫が失踪したときに持参したスエットと同じものなのだ。
同じものは今自宅にはない。
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ではなぜ大家がそれを着ていたのか?
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私の心の中に恐ろしい疑念が
生じ始めていた。
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Presented by Nekojiro
作者ねこじろう
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