長編9
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悪魔への願い事2

とある僧侶の話です。

その僧侶は、行く先々で説法をしては人々からの施しを受けながら、巡業の旅を続けていました。

そんなある日、僧侶はとある貧しい村に立ち寄りました。

僧侶はいつもの様に、その村で一番大きな通りに立ち、一生懸命に説法をしました。

しかし、その村では僧侶に施しをする者はおろか、足を止めて説法を聞こうとする者すら居ませんでした。

日が沈み始めた頃、僧侶は説法をやめ、その日の宿を探し始めました。

ところが、村人は誰も僧侶を泊めようとはしませんでした。

最近、村では強盗や物盗り等が横行し、村人たちは、卑屈で、陰湿で、疑心暗鬼になっていました。

誰も見ず知らずの者を、家に泊める事などしたくなかったのです。

僧侶はやっとのことで、村はずれに現在誰も使っていない小屋があることを聞き出し、本日の宿はそこにしようと決心しました。

その小屋は想像以上に、荒れ果てており、嵐が来たらあっという間に吹き飛んでしまいそうな佇まいでした。

小屋の戸を開けた時、僧侶はびっくりしました。

なんと中に先客が居たのです。

部屋の奥の右隅に6人の子供たちのグループが居り、彼らはなにやら食糧らしき物を山分けしている最中でした。

部屋の奥の左隅に1人の子供が寝転んで、時折嫌な感じの咳しています。

そしてなんと、ドア手前の右隅には、グロテスクな姿をした悪魔が、膝を立てて座っており、部屋の様子を見つめている様子でした。

突然現れた僧侶に、食糧を分けていた子供たちはその手を止め、驚いた様子で無言で注目していました。

「すみません、今晩ここに泊めてもらいたいのですが……」

僧侶は、誰ともなしに話しかけると、安堵の空気が広がりました。

(どうやらこの子たちは、親に捨てられてやむなくこんな所に住んでいるのだろう、おそらく物取りをして、生計を立てているのだ)

直感的に僧侶は思いました。

「ここは別に誰のものでもないから、そんなこと聞かなくていいよ、でも何も食べるものは出せないよ」

子供たちのリーダらしき者が僧侶に言いました。

「ありがとう」

僧侶はそう短く答えると、ドア閉めて小屋の中に身を入れました。

悪魔の方を注視しながら、僧侶は億で寝転んでいる子供のそばに座りました。

悪魔はそんな僧侶をただ黙って眺めています。

その子は、体を小刻みに震わせながら、ただただ体温を奪われないように体を丸めていました。

どうやら体調が悪いようです。

「この子にその食料は分けないのですか?」

僧侶は子供達に声をかけました。

「そいつは今日働いてないからね、食糧は分けられない」

子供たちのリーダーは答えました。

「でもこの子はどう見ても今働ける状態ではありませんよ」

「そんな事は知らない、働けない奴は食べられない。それだけだよ」

「この子はいつから、こんな状態なのですか?」

「さぁ?もう一週間ぐらいだと思う」

僧侶は改めてよく見ると、その子の皮膚はガサガサに荒れており、頬がこけており明らかに栄養失調を起こしていました。

せめて、寒さからは解放してやろうと、僧侶は上着を脱ぐとその子にかけてやりました。

「お前は俺が見えるのか?」

いつの間にか悪魔は僧侶の背後に座っており、僧侶に話しかけました。

「ええ、この小屋に来た時から見えてましたよ」

僧侶は、全く動じずに周りに聞こえないほどのつぶやくような声で答えました。

「そうか、では俺とおまえは縁があるということらしい」

「そうですか、あまりうれしいとは思いませんが」

「そう言うなって、こう見えても役に立つかもしれないぞ」

「どういうことですか?」

「俺はな地獄から追放されたときに、地上で姿を見える者を探し出し、その者の願いを三つ叶えることが出来たら、また地獄に帰してくれると地獄の王と約束しているんだ」

「結構です、悪魔に叶えてもらう願いなどありません」

「だからそう簡単に決めつけるなよ、お前その子を助けたいんだろ、俺ならできるかもしれないぞ」

「悪魔の力で、助けられた命など、不幸になるだけです」

「それはお前の信じる神の教義だろう」

「ええ、そうです。私は神に仕える者ですから」

「お前の神は悪魔の力を借りたら怒るのか?まるで俺んとこの王みたいなことを言うのだな。独占欲が強いというか、度量が小さいというか」

「自分の王をそう卑下していいのですか、本当に地獄に戻れなくなりますよ」

「気にする事はない、こちらではこれは褒め言葉だ。とにかくお前は我儘を通すためにこの子を見捨てるというのだな」

「そういう事ではありません、悪魔の力を借りることそれ自体が既に救いにならないと言っているのです」

「それがお前の我儘だというのだ、その拘りは『働きがないからその子に食料を分けない』と言った、あの子の拘りと何が違う?」

「……」

「だいたい、お前の信じる神はあの子に対して何をしてやれるのだ?」

「神を信じれば人生が豊かになります」

「随分と抽象的だな、俺ならもっと具体的に言えるぞ、俺はあの子の食べる食料を用意することが出来る。はっきりと言おう、このままだとあの子はあと3日で死ぬだろう」

「……しかし、悪魔の力を借りることなど…」

「あの子を助ける為じゃないか、今あの子に必要なのは信仰なのか、それとも食糧なのか」

僧侶は、うなだれるように考え込みました。

「……なるほど……つまりこれが悪魔のささやきなのですね」

「普通に会話しているだけのつもりなのだがな、世間ではそういわれてるらしいな」

「ああ、神よ……どうかお許しください」

僧侶は祈った。

「ああ、許す、許す。こんな不完全な世界を作った神はきっと許してくださるよ」

悪魔そんな様子をにやにやしながら茶化すようにそう言った。

「ではお願いします、あの子に食糧を与えてください」

「わかった、一つ目の願いを叶えよう」

悪魔はそのまますくっと立ち上がると、今まさに食糧を分け終わった子どもたちの方に歩いて行きました。

子供たちには、やはり悪魔は見えないのか、今分け合ったばかりの食糧を生のまま、齧(かじ)りつこうとしています。

悪魔は、リーダーの子の背後に立つと、後頭部を殴りつけました。

リーダーの子の首がガクンと揺れると、リーダーはそのまま床にゴロンと横になりました。

他の子たちは、自分の食糧に夢中でそれに気づきません。

悪魔は悠然と、リーダーの食糧を掴むと僧侶の下に戻ってきます。

その子は悪魔が持ってきた、その食糧、ベーコンやパンなどを弱々しく掴むと、小さくちぎって食べ始めました。

僧侶は、悪魔の甘言を信じた自分を責めずには居られませんでした。

やがて、リーダーは目を覚ますと、自分の少量を食べている、その子に気が付き制裁を加えようと近づいてきました。

僧侶は思いました、つまりこの子のことだけを考えていたのが間違いだったのだと。

そして、再び悪魔にお願いをします。

「この場にいる全ての者が、腹を満たす事が出来る食事をください」

「わかった、二つ目の願いをか叶えよう」

悪魔が指を軽く鳴らすと、どこからともなく人数分の食事がその場に現れしました。

それらは、僧侶の分も含めて、その場にいる全員の腹を満たすほどの量でした。

小屋の者たちは、久しぶりに満ち足りた気持ちで、その晩を越しました。

しかし、問題は次の日の朝に起こりました。

村人たちが、武器になりそうなものを手に握り、小屋の周りを取り囲んでいたのです。

彼らは怒っているようで、思い思いに罵声を小屋に向かって浴びせてます。

どうやら、悪魔は村中からあの食事をかき集めたようでした。

僧侶は、再び自分が過ちを犯したと思いました、小屋の者だけのことを考えてしまったと。

(しかし……)

と僧侶は思いました。

(この村人達が納得する食糧を、この悪魔に用意させたとしても、近隣の村々から食糧をかき集めることは目に見えている。問題を大きくするだけだ。資源は有限であり、調達しようとするなら他から奪ってくるしかない。だとするなら……。)

「どうした、この事態を収拾する可能性があるとするなら、俺にお願いするしかないんじゃないか?」

悪魔は急かすように迫りました。

「ええそうですね、では最後のお願いをします」

「わかった遠慮なく言え」

「一度、村人から全てを奪い、等しく再分配して下さい」

「少し曖昧だな、全てとは?」

「全てです、食糧、資産、権力、健康、体力、力など全てです。不公平は争いの元ですが、公平にしようと誰かに何かを与えるなら、その何かをどこからか調達しなくてはならない。しかし、今度は奪われた者との新たな争いが起こる。であるなら、現在ある分を皆で均等に分けるべきです」

「能書きはともかく、願いはわかった、最後の願いをか叶えよう」

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「……そう言うと悪魔は、最後の願いを叶え地獄に帰って行きました。」

そこまで一気に喋ると女性は、講堂に集められた者の反応を楽しむかのように見渡した。

その表情は、優しさに満ち、愛おしいものを眺めているようだった。

「その後、その村はどうなったのですか?」

どうやら話が終わったらしいので、俺は檀上の女性に質問をした。

「滅びました」

「え!?どうしてですか?」

「人間は皆、他人より上に立ちたい生き物なのです。ましてや村人たちは、貧困に苦しんでいたのです。隣人から略奪してでも人より裕福になりたいのです。しかも綺麗に再分配されたあとなので、少しでも他人から奪うことが出来るのなら、その時点で村の中での頂点に立つという事なのです。だから、争いが起こるのは必然です……必然ですが全てがみな平等に再分配されていたので、なかなか決着はつきません、全員が争いのせいで急速に疲弊していき、やがて……」

「全員共倒れということですか?」

「いいえ、一人生き残った者が居ました。旅の僧侶です、彼は神への信仰心の故か、誰からも奪おうとは思わなかったので、争いには巻き込まれなかったのです。この話の教訓がわかりますか?」

女性は、再びあの優しげな表情で皆を見回した。

「平等であることは尊いが、持ちすぎてはいけないという事です。もし村人達が、すべてを再分配するのではなく、集めたものを少しずつその日に必要な分だけ分配されていたとしたらどうでしょう?」

「それだとしても、隣の人から食料を奪いたいと考えるかも知れません」

「例えそれで、本当に隣人から食料を奪ったとしても、その者には翌日からは分配される権利を剥奪をするなどのペナルティを与えればいいのです。そうすれば,自ずとそういう事しようという輩は少なくなって行くはずです」

「資産を一か所に集めて、均等に分配するという考え方は、まるで社会主義の様ですが、人々は労働に比例して対価が払われないのでモチベーションの低下にはつながらないのでしょうか?」

「どうやらあなたはの魂は、随分高尚な存在なようです。明日の朝、私の部屋に来なさい、もっと深いお話をしましょう。それはともかく、モチベーションの低下に繋がるのではという事ですが、そんな事は有りません。この話の村人達ならあるいはそうなのかもしれませんが、“私達”には信仰があり、私たちが信じる教義には日々を一生懸命に生きることが人の道であることが説かれているからです。それは“今の私達の生活”を見ても明かではありませんか」

「しかし!」

「本日は夜も更けてまいりました。聞きたいことがあれば、明日の朝、私の部屋でお聞きしますよ」

と、さらに反問しようとする俺を、女性は遮った。

「そうだ!さっきから大姉に反問ばかりして失礼じゃないか!」

さらには周りの信者からの不満もいつの間にか買っていたようだ。

俺は黙るしかなかった。

(しかし……信仰心があるのなら、僧侶のように争いをしないのだから、収集、再分配する必要はないと思うのだが……)

「それでは、本日の大姉の説法を終わりにします!!」

進行役が大きな声で宣言した。

「今日も一日お疲れ様でした!」

『お疲れ様でした!』

進行役の言葉に、信者たちも続く。

「明日も一日、私たちが信じる神『つぁとぅぐ』の為に頑張ります!」

『頑張ります!』

「ィ・ヤァーー!」

『ィ・ヤァーー!』

そして俺達信者は信者用居住エリアの就寝スペースに戻って行った。

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