やばい。もう終電しかねえ
友人達と飲み交わしたあと俺は駅までダッシュした。幸いアルコールには強くそこまで酔いは回っていない。
はあー。なんだ、意外に早くついたなあ
時計を見ながらまだそれなりに時間が余っていることを確認すると苦笑しながら呟いた。
まあ時間もあるし、一服するか
今時珍しいがこの駅には喫煙所があった。俺は電車までの時間煙草でも吸って時間を過ごすことにした。
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この駅にはいつもほとんど人がいない。
糞田舎ってことといつも俺が帰るのが遅いってこともあるのだが。
ん?ちょっと待てよ。向かい側のホームに誰かいるな。
こんな時間に珍しいことがあるもんだ。
さして気にもしないで煙草を吸う。今日一日のことを思い出していると、ふと奇妙なことに気づく。
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待てよ。 この〇〇駅は終点だ。俺がいる駅のホーム以外電車はこない。
そう。向こう側のホームに電車から降りることはあっても電車に乗ることなどありえないのだ。
一気に鳥肌が立った。
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それによくみるとなにやら様子がおかしい。
コクッコクッと頭を動かしながら身体は微動だにしない。
スカートを履いていることから女だということはわかる。
だが前髪で覆われているため顔はよく見えない。
なんとなくだが所謂「見てはいけないモノ」そう思った。
ちょうどその時電車が到着した。
寒気を感じた俺は吸いかけの煙草を投げ捨て、電車に駆け込んだ。
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田舎電車で夜遅いためか車両のなかには誰もいない。
俺は勢いよく端の席に座った。
はあ はあ はあ すうーっ
息を整えよく考えてみる。
考えてみろ、ただの俺の邪推かもしれない。
俺が駅に来る前に向かい側のホームに電車から降りてきた人が何らかの理由で残っていただけかもしれない。
仮に 万が一あいつがやばいやつだとしても向かい側のホームだ。
電車が空いて閉じるまでの時間にこちらまで来れるわけがない。
そもそも狙われる理由がない。
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と俺が安心しかけドアが閉まろうとするその瞬間。
ガッ!!
ソイツが勢いよくドアに手を突っ込んだ。
ドアがゆっくり開く。
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殺される殺される殺される殺される殺される
さっきの安心感なんて一瞬で吹き飛んだ。
女が入った瞬間辺り一面強烈な臭いに包まれた。
肉を焦がしすぎた時に感じる臭いに近い、そんな異臭が車両に充満した。
しかし女は何もしてくる気配がない。
どれだけの時間が流れたのだろうか。
何も考えることができない。
息をまともにできない。
動くと殺されるかもしれない
俺は何とか意識を保ちながら自宅の最寄り駅に着くまで目を閉じておくことに決めた。
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数分経った。
頼む。早くついてくれ。
祈るような気持ちで待つ。
その時、カツッ カツッ と音が聴こえてきた。
無音の状況が一転、女が歩き出したのだと察した。
心臓がこれ以上ないくらいに脈打ってるのがわかる。
ふっと耳の辺りに風を感じた。
まさかっ………
女は俺の横に座りかけたのだ。
他に誰もいない車両でわざわざ俺の隣に。
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恐怖で死んでしまいそうだ。
女はすぐ側にいる。
そのことがわかっているのに目を閉じてじっと待っているのは不可能だった。
俺は耐えきれず目を開いた。
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さっきホームで見たとおりだ。
コクッコクッ 顔を小刻みに動かしながらそれ以外の部分は微動だにしない。
顔はやはりよく見えなかった。
前髪で隙間なく埋めつくされていた。
もうダメだ…。
俺は死すら覚悟した。
この状況で失神してないのが奇跡だった。
あまりの恐怖に意識を失いかけたその時。
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プシュー
ドアが開いた。
俺は一目散にドアまで駆け出した。
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「ドコニイクノ…」
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女が初めて言葉を発した。
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俺はふりむかずとりあえず改札まで走った。
ガッガッガッガッガッ
後ろから音が聞こえる。
女に違いない。
やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。
恐怖で涙と涎を垂れ流しながら走り、やっと改札に着いた。
「駅員さんっ!!やばい女に追いかけられているんです!助けてください!!」
涙を流しながら駅員さんに訴えた。
今も足音が聞こえる。
ガッガッガッガッガッガッガッガッガッガッガッガッ。
足音は大きくなるばかり。
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「ん?どこですか?その方は?」
駅員さんが言った。
えっ、とためらいながら俺は振り向いた。
確かに女はいなかった。
代わりに会社員の男の人が息を切らしていた。
「すみません。急ぎで家に帰らないといけなくて走ってたんです。怖がらせてしまったようで…」
申し訳なさそうに会社員が言った。
よくよく考えたら自分の車両に人がいないだけで、いくら田舎とはいえ電車全体に人がいないわけがない。
「あの、、大丈夫でしょうか?」
心配そうに話しかけられ、茫然としていた俺は我に返りすいません、と一言謝るしかなかった。
その後は何もなく帰ることができた。
その日は当然一睡もできなかった。
あの女がどこかにいる気がしたから。
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お前幻覚でも見たんじゃないか?
仕事ばかりで最近疲れてるんだろう。
まあゆっくり休めよ
後日友達に話したがみんな返す言葉はこうだった。
ただアレは確かに存在していた。
それは確信している。
今でもあの忘れられない臭いが残っているのだから。
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事件からどれくらい立っただろう。
女がアレから現れることはなかった。
あの恐怖から深夜まで遊ぶことは極力避けていたが
どうしても仕事で遅くなることはあった。
しかしその時も何もなかった。
もう、大丈夫なのだろうか。
だんだん俺の恐怖が薄れていくのを感じた。
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一ヶ月後、俺は仕事で遅くなっても普通に終電に乗れるくらいには精神的な余裕を得ていた。
今日も遅くなったな。
今日も終電で家に帰ることになった。
あの女の気配は今日も感じられない。
友達の言う通りアレは幻だったのか?
まあ考えても仕方がない。
それより疲れたな
駅まで寝るか
俺は最寄り駅まで目を閉じることにした。
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プシュー
危うく本当に寝かけた時にドアが開いた。
着いたようだ。
俺が重いまぶたを開けようとしたその時、
あの臭いだ
肉が焦げるようなあの
俺は目を固く閉じた。
今度こそ殺されると思ったから。
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shake
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「ヤット…アエタ…」
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女は俺の顔を両手で掴んで顔を近づけてきた。
その時俺は初めて女の顔を確認した。
いや
顔と呼べるのだろうか
皮膚が焼けただれて鼻、口、耳が存在しないそのカオを
目が病的に血走っているその顔を。
ただ一つわかったことがある。
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shake
俺が殺される…そのことだけは
ふふひひひあはははははは
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ニュースです。電車の中で酷く顔を火傷した男性が遺体で発見されました。犯人はまだ特定されていませんが、凶器は硫酸等の化学薬品だと思われます。引き続き捜査を…
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変死体
それは人間によって殺された
ものばかりではないのかもしれない。
作者キャトラ
前作「笑う彼女」より自信作です笑
電車等での暇な時間に読んでくれると嬉しいです