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血脈  前編【A子シリーズ】

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血脈  前編【A子シリーズ】

 大学最後の夏休み、何故か毎年の恒例行事となってしまったA子との旅行は、A子の田舎に行くことになりました。

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 「アンタを両親に紹介したい」

 そんな結婚を意識し始めたカップルのような台詞をぶつけられた私は、困惑しながらも興味には勝てず了承しました。

 出発の日、やはりA子は期待を裏切らず、遅刻をかましますが、私は慌てることもなく予約の変更をし、つつがなく列車に乗りました。

 車窓を流れる山々をぼんやり眺めつつ、A子が言います。

 「そう言やぁ、アンタがアタシの実家に来るのは初めてだね?」

 確かに……何故だか、私の母さんの実家にはA子がついて来たけどね。

 「A子の実家って造り酒屋さんなんだよね?」

 「そうだよ、古~いね」

 締まりのない顔で私を見るA子に、私は何となく訊きました。

 「お酒って、どうやって造るの?」

 「あぁ……確か、米と水を混ぜて何かすると出来るらしいよ」

 本当に継ぐ気あるの?

 「へ、へぇ~……」

 訊いてもムダだと悟った私は、また車窓に目を戻しました。

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 とある駅のホームに滑り込んだ列車を降り、私は大きく伸びをしました。

 周りには何もなく、自然いっぱいの田園風景が広がっています。

 「行こう」

 感慨に浸ることもなく、A子はさっさと歩き出しました。

 寂しい無人駅の改札を出た私達が見たのは、遥かに先にある集落でした。

 「実家は、あそこらへん」

 目測5キロはあろう彼方に見える集落をすぐそこみたいなノリで指差すA子に、軽い殺意が沸きました。

 「まさか…A子」

 以前も感じたデジャビュを禁じ得ない私に、A子はニヤァとほくそ笑みながら言います。

 「歩くよ♪」

 コイツ!マジか!?

 元気よく先に進むA子の背中に、刺すような視線を送りつつ私も後に続きました。

 歩きに歩いて一時間──。

 ようやく集落の入口まで来た私はヘトヘトでしたが、A子は全く疲れを見せていません。

 A子の行きつけだった駄菓子屋で一休みし、葦の繁る川原の土手を歩きながら、不安いっぱいの私が訊ねます。

 「ここから遠いの?」

 そんな満身創痍の私の質問を蔑むように笑いながら、A子が答えました。

 「すぐそこだよ」

 A子の縄張りであり、昔轢き殺されかけたという神社下の階段の前を通り、しばらく歩いた先にある普通の二階建ての家をA子が指差します。

 「ほら、あそこ」

 名士のお嬢様だと聞いていた私は、あまりにも普通の家に拍子抜けしました。

 「意外と普通だね」

 「まぁね……えだまめの家だもん」

 A子の昔話に出てきた思い出の場所を巡っていただけでした。

 明日にしろし!!

 えだまめの家から数分の所で、白壁の塀に突き当たります。

 「この向こう側が実家」

 「この塀の向こうがA子ん家なの?」

 時代劇の代官屋敷を囲う塀のような、上が瓦屋根になっている塀が民間人の所有物だとは……。

 塀づたいをぐるっと回り、ようやく見えた門に私は立ち尽くしました。

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 ドンとそびえ立つ完全に武家屋敷の門の奥にチラ見えしている尊大な屋敷までは、飛び石が点々と並んでいます。

 「A子……本当にお嬢様じゃん」

 「古いだけだよ……こんなモン」

 お高く止まった感じもなく呟くA子に、平民の私なんかと仲良くしてくれてありがとうと訳の分からない感謝の気持ちがこみ上げます。

 「お帰り、A子」

 ビシッと和装した美人の淑女が、玄関で出迎えてくれました。

 「かぁちゃん、ただいま」

 かぁちゃん!?

 今、目の前にいる絶滅危惧種の大和撫子が、A子のお母さまだとは……。

 「は、初めまして」

 すっかり及び腰の私に、A子のお母さまが温和な笑顔で話しかけてくれます。

 「いらっしゃい、いつもA子がご迷惑をおかけして」

 深々と礼をするA子のお母さまに恐縮し、さらに深いお辞儀をしました。

 「とんでもございません!!こちらこそA子さんにはお世話になっております!!」

 緊張で畏縮している私に、A子はいつも通りのニヤケ顔を向けて私の肩を叩きます。

 「普通にしてりゃいいんだよ……皇族じゃないんだからさ」

 そう言い放ち、さっさと上がるA子の後に続き、私もお邪魔しました。

 「ねぇねぇ、A子の家には刀とかあるの?」

 ミーハー全開で弾む心を抑えきれない私が興味津々で訊ねると、A子は鼻で笑います。

 「そんなモンある訳ないじゃん……ウチは平民だよ?」

 平民はこんなバカデカい家に住んでないよ……。

 A子の言葉にしょんぼりした私は、そのまま口をつぐんでしまいました。

 「あ!でも、長持ならあるよ?蔵に」

 「それ、見たい!!」

 瞳をキラキラさせてねだると、A子は気だるそうに「明日ね」と言います。

 私は今すぐ見たい気持ちを妥協し、我慢することにしました。

 「あ、A子」

 廊下の向こうの曲がり角から、私より頭二つほど背の高い男の人が現れました。

 「よぅ、兄貴!お久し!!」

 軽く右手を挙げて挨拶するA子の後ろにいた私を見て、男性がきょとんとしています。

 「は、初めまして、A子の友だ」

 「兄貴、帰ってたんだ」

 私の勇気を振り絞った自己紹介を掻き消し、A子がお兄さんに話しかけました。

 「あのデカいのが、アタシの兄貴、風次だよ」

 「は、初めましてお兄さん」

 「ふうじ…でいいよ」

 眩しいイケメンスマイルを向けられ、顔から火が出る私を、A子がニヤニヤして小突きます。

 「いい男でしょ?お・ね・え・ちゃん♪」

 「ちょっ……この場面でお姉ちゃんとか止めてよ!!いろいろ誤解が生まれるじゃない!!」

 私達の小競り合いを見て、風次さんが力なく笑って言います。

 「コイツ、いろいろ面倒だろうけど、よろしく頼むね」

 流石、お兄さん…分かってらっしゃる……。

 私達の脇を通って外出する風次さんを見送り、私はA子の部屋へ行きました。

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 「あぁ……疲れた」

 やっと落ち着いて座れる……。

 イグサの香りのする八畳間がA子の部屋でした……とは言っても、ほとんど何もない質素なものです。

 「お風呂でも入る?ウチは酒風呂なんだ♪」

 「何だか酔いそう……」

 私は下戸なので、体が少し心配になりますが、A子はニヤニヤしています。

 「大丈夫だよ!倒れてたらアタシが介抱したげるから♪……グへへへへ」

 A子のそれって、どこまで冗談か分からないから本気で止めて欲しい……。

 私は別の意味で体を心配しつつ、A子家のお風呂をお借りしました。

 いろいろスゴかったです。

 お風呂から上がり、少しまったりしていると、夕食だと呼ばれました。

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 旅館の宴会場みたいな広間に通され、縦長に連結させたテーブルの上には、海の幸、山の幸が所狭しと並んでいます。

 A子が肉にこだわる謎が解けた気がしました。

 席に着いたのは、私とA子、A子両親、A子祖母で、料理の量のバランスが明らかにイカれてます。

 風次さんはまだ帰っていないようでした。

 「さぁさぁ!田舎料理で申し訳ありませんが、どうぞ召し上がってくださいな」

 割りと離れた距離から割と大きめな声で、A子母が言いました。

 「いただきます」

 私が手を合わせると、A子母が耳に手を当てて訊いてきました。

 「何か言いました?」

 「かぁちゃん!『いただきます』って言ったんだよ!!」

 A子が代わりに答えてくれたのを見て、音量調整難しいな…と思いました。

 「何かお飲みになる?」

 「ウーロン茶!!」

 A子母の問いに即答するA子を見て、私に気を使ってくれたことに感動したのも束の間、何だか場がざわつき始めます。

 「権七!!今すぐ旭さん所に電話して、大至急、ウーロン茶持って来させな!!キンッキンに冷えたヤツだよ!!」

 「へい!!奥様!!」

 上品で柔和なA子母が突如人殺しみたいな形相で使用人に号令をかけると、小柄な使用人さんはフルスロットルで駆け出しました。

 とんでもないオオゴトになっちゃったよ……たかがウーロン茶で……。

 「あっ!!せっかくだから、A子さん家のお酒が飲みたいですっ!!」

 私は一刻も早くこの事態を終息すべく、A子母に手を挙げてアピールします。

 「あら!嬉しいこと言ってくれますねぇ…流石はA子が見込んだお友達だわぁ♪」

 顔で笑って心で泣いて……私はヤケクソでした。

 「アンタ、大丈夫なの?」

 「うん……分かんない」

 A子が実家だと私にスゴく優しいのが嬉しいのとA子家のスケールが大きすぎるのとで、もうパニックでした。

 「これ……」

 私の横にウーロン茶の大きいペットボトルをドンと置いてくれたのは、風次さんでした。

 「あんまり、酒強そうじゃないから買っておいた」

 やだ…イケメン……。

 「ありがとうございます」

 「兄貴、やるじゃん♪」

 私がお礼を言うと、風次さんは照れくさそうに右手を挙げて、少し離れた場所に座りました。

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 豪勢で熱烈すぎる歓迎の宴を終えてA子の部屋へ戻ると、早速A子はゴロリと横になります。

 「実はさ……家には変な言い伝えがあってね」

 唐突にA子家にまつわる伝承というか、過去を語りだすA子に、私は黙って聞き入りました。

 「昔、この家が酒屋をやる前の頃、都から逃げてきた姫さんが、この地にやって来たんだ……その姫さんを匿ったのが家の先祖になるんだけど、姫さんは家の先祖を気に入って、自然の流れで一緒になった」

 天井を見上げたまま、昔話を語るA子に、私は目を向けつつ聴いていました。

 「で、姫さんを追ってきた輩を村の偉い衆と共に撃退した……とは言っても殺しちゃったんだけどね」

 物騒なワードに思わず固まる私を無視して、A子は続けます。

 「元々、決まってた許嫁が嫌で逃げてきた姫さんも自分勝手だけど、フラれたのに追っかけてくる男もどうかと思わない?」

 「う……ん、まぁね」

 A子が自由すぎるのは血筋か…と、妙に納得する私に気づかず、A子が話を戻しました。

 「そのフラれた男が、家に呪いをかけたんだ……家が栄えないようにって」

 「でも、栄えてるじゃん?呪いは失敗だったんだね」

 A子の話の矛盾を突くように軽く私が言うと、A子は迫真の真顔で言いました。

 「それから、三百年近く、家に男子は産まれなかったんだよ……だから、全部婿取りで実権は女が持つ決まりになってる」

 「でも、風次さんがいるじゃない?」

 私のキョトン顔に、A子はズィッと顔を近づけます。

 「家史上初とも言える兄貴の誕生で、家は大騒ぎになった……だから、願いを込めて『風次』と名付けたんだ……呪いを『封じ』るって意味も込めて」

 だから、長男なのに次って入ってるのか……。

 「そこで、アンタを連れてきたんだよ……我が家の呪いを解くために……」

 「何で私が?」

 とんでもないことに巻き込まれたことにようやく気づいた私でしたが、A子は本気でした。

 「前に言ったよね?アタシの力はアンタがいると強まるって……今は違うけど、大昔は姉妹だったアタシ達は魂で繋がってる……」

 誠に遺憾だけど、そうだったみたいだね……。

 「アタシは兄貴を助けたい……だから、協力して欲しいんだ」

 初めてA子に頼み事をされた気がして、無下には出来ず、私は了承しました。

 これが、あんな結末を迎えるなんて予想もつきませんでしたが、それは、また別の話です。

 

Concrete
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