血脈  後編【A子シリーズ】

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血脈  後編【A子シリーズ】

 その夜、私は奇妙な夢を見ました。

 煌びやかな衣を身に纏い、風にたなびく長い黒髪が印象的な雅な女性が、横になっている私を見下ろしながら語りかけます。

 『蛇の如く絡み付く因果の鎖を断ち切って給れ……我が子孫に降りかかりし魔の呪いを……どうか…お頼み申す……』

 何処となくA子に似た女性の目尻から零れた一筋の涙が頬を伝い、私の額に落ちた所で目が覚めました。

 「……何だったの…今の」

 不思議な夢を見たことを伝えようと隣で寝ているA子を起こそうとすると、A子はジッと天井を見つめていました。

 「起きてたの?」

 「今、起きた」

 A子はムクリと上半身を起こして私を見ます。

 「アンタも見たでしょ?夢……」

 見透かしたように見据えるA子に私は頷きました。

 「今のが家の先祖の疫病神の姫さんだよ……全く……めんどくさいことを押し付けられたモンだ」

 それは私のセリフだよ。

 「因果の鎖を断ち切れ……お姫様はそう言ってたね」

 「いや、違う……アタシには『根を探せ』って言ってた」

 「根?根っこのこと?」

 「多分……頭を使うのはアンタに任せる」

 自分の家のことなのに私に丸投げ?

 少し納得はいかなかったものの、いつも頼り切りの恩を返すチャンスかも知れない……私の中で使命感のようなものが芽生えます。

 「私に何が出来るか分からないけど、頑張るよ」

 私が笑顔で言うと、A子は嬉しそうに抱きついてきました。

 「心の友よ~」

 何処ぞのガキ大将みたいなこと言わないでよ。

 A子のこのノリに振り回されるのにもスッカリ慣れてしまった自分が嫌いです。

 ヘビーな朝食の後、私とA子は対策会議を始めました。

 「根ってことは、呪いの根源だと思うけど……」

 「それなら殺された男だろうね……いつまでも呪ってるとか、器の小さいヤツだわ」

 口を尖らせるA子をたしなめ、私はもう一つのことを考えました。

 「鎖……因果の鎖って何のことだろう……」

 「さぁね……アンタに分からないことがアタシに分かる訳ないじゃん」

 「真面目に考えてよ」

 当てにならないA子を無視して私は考えます。

 「……ひょっとしたら、お姫さまの婚約のことかも……婚約を破棄すれば、縁は切れるんじゃないかな?」

 「えぇーっ!!何百年有効なんだよ!!そんなんとっくの昔に時効じゃん!!」

 言ってることはもっともだけど、私には他に思いつきませんでした。

 「終わってないから呪いが解けないんだとしたら?」

 「うぅ…ん……決まり事にうるさいなんて、どっかの誰かさんみたいだな」

 「誰のこと言ってるの?」

 いつも一言余計なA子を私が睨みつけると、A子は下手っぴな口笛で誤魔化します。

 「とにかく、手掛かりを探さないとね!!」

 空気を変えるようにA子が部屋を出ようと立ち上がり、私もその背中に続きました。

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 手掛かりを求めて蔵へ入った私達は、お姫さまの長持を探りました。

 黒漆塗りに金箔で家紋があしらわれていましたが、所々が剥げていたりヒビが入っていたりして、長い年月を感じさせます。

 「アンタ、そっち持って」

 「うん」

 A子に言われて長持の逆サイドに手をかけると、A子が私にアイコンタクトしました。

 「せーの……ウ・ル・ト・ラそぉっ♪ハイッ!!」

 ガタンッ!

 「ちょっとA子!今の何処で持ち上げんのよ!」

 「そんなの『ハイッ!』のトコに決まってんじゃん」

 何で『一二の三!』とかじゃないんだよ!!そもそも最初の『せーの』でよかったじゃん!!

 予想通り息が合わなかったかったので、今度は私の合図で仕切り直します。

 「せーの!でいくよ!……せー…のっ!」

 ようやく息が合い、重い蓋が持ち上がりました。

 中身を見ると、雛飾りの嫁入り道具のようなセットがギッシリ詰まっています。

 重箱、茶道具、玉手箱、手鏡、裁縫道具、小物箪笥……ミニチュアで見た物が原寸大で入っていました。

 「ねぇ!!これじゃない?」

 A子が裁縫道具から錆び付いたハサミを取り出して見せます。

 「裁ち切る……的な?」

 「ハサミで鎖が切れる?」

 「ですよね……」

 私の鋭い指摘に、A子は頭を掻いてハサミを戻しました。

 ハサミをしまうA子を見て違和感を感じた私に、閃きの神様がご降臨召されました。

 「ちょっと……」

 「んぁ?」

 呆気に取られるA子を無視して、私は長持の中に手を入れます。

 「やっぱりおかしい!」

 「何が?」

 アホ面のA子に私が丁寧に解説しました。

 「ほら、長持の深さ!外から見た深さと中の深さが違うじゃない?多分、二重底になってるよ」

 「ホントだ!!調べよう!!」

 私達は中身を次々に取り出して底を叩くと、予想通りに空洞があります。

 「よしっ!ぶっ壊そう!!」

 「待ちなさいっ!!」

 腕を捲るA子を慌てて止め、底板を手探りすると僅かな隙間があったので、指をかけて持ち上げました。

 「おぉ~♪開いた」

 普通はそういう仕掛けがあるモンだよ。

 底板の下には、油紙に包まれた白木の短刀がありました。

 「護り刀だね……」

 「刀、あったんだ……」

 短刀を手に取った私はまじまじと見つめ、鞘から抜いてみました。

 「アレ?刃がない」

 柄から有るべきはずの刃がない状態を見て、A子が笑います。

 「なんだよコレ!ウケる♪」

 「笑い事じゃないよ?」

 能天気なA子にイラつきながらも刀を鞘に戻し、A子に渡しました。

 「A子家の護り刀だからA子が持ってた方がいいよ」

 「分かった……じゃあ、アンタはコレ持ってなよ」

 A子は長持の中から手鏡を私に寄越します。

 「鏡は邪気を跳ね返す……家の先祖にアンタを護らせる……いや、護らなかったらブン殴る!!」

 「言い方……」

 気にかけてくれるのは嬉しいけど、いささか乱暴だよ。

 「よしっ!!行くか!!粘着失恋男に引導を渡しに!!」

 「だから、言い方……」

 私とA子は、ついに決戦の地へ向かいました。

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 場所はA子の縄張りだった神社でした。

 長い石段を登り、社の前に立つA子の後ろに私が控えます。

 「出て来い!!女にフラれた執念ぶかお!!」

 何でわざわざ怒りそうなことを言うんだろう……。

 A子が失礼なことを言ったからか、神社の空気が変わりだし、風がゆっくりと渦を巻き始めます。

 「A子!!」

 その途端に私は具合が悪くなり、その場に膝をつきました。

 薄れる意識を何とか保ちながらA子を見ると、A子は護り刀を構えて社と対峙しています。

 「止めろ!!A子!!」

 後ろからの声に振り向いた私は、その声の主に驚きました。

 「風次……さん」

 四つん這いの私の下へ駆け寄る風次さんが私の体を支えようとした時、側にあった木が私達目掛けて倒れてきました。

 「あぶないっ!!」

 木は私達を避けるようにズズンと倒れました。

 鏡が護ってくれたのでしょうか。

 「兄貴!!男は神社に入るなって、かぁちゃんに言われてたじゃん!!」

 「バカ野郎!!お前が余計なことしてるからだろうが!!」

 「アタシ、野郎じゃねぇし!!」

 いや、ソコじゃないよ!!

 「兄妹ゲンカしてる場合じゃないでしょ!!」

 私が声を振り絞ると、風次さんが急に意識を失ってバッタリと前のめりに倒れます。

 「風次さんっ!!」

 うつ伏せに倒れている風次さんとA子から預かった手鏡を見て、私の頭の中で閃光のように何かが見えました。

 「A子!!刀を貸して!!」

 私の声に反応したA子が、刀を地面に滑らせて私に寄越します。

 私は手鏡に風次さんを写して、刀を鏡の裏側を力一杯打ち付けました。

 パリン!!と鏡が二つに割れて地面に落ちると、地を揺らすような低い声が辺りに響き渡ります。

 「我が、積年の願い……果たされたり……」

 グワッと風が天に向かって吹き上がり、曇天だった空は晴れて神社に静寂が戻りました。

 「お?気配が消えた!!」

 A子が周りを見渡し、爽やかではない笑顔で私に駆け寄ります。

 「良かった……」

 私は安堵から脱力し、A子の肩を借りて立ち上がりました。

 「謎が解けたんだ……やっと意味が分かったよ」

 「何?名探偵、アタシにも分かるように教えて♪」

 相変わらず緊張感のないA子に、私は思いついた推理を語ります。

 「根は風次さんだったんだ……許嫁を奪った家の男……純血の子孫の風次さんこそが、恨むべき『根』だったんだよ」

 「で?」

 「因果の鎖は『婚姻関係』……それを断ち切ったんだ」

 「は?鏡を割っただけじゃん」

 「バカだなぁ……お前は」

 意識を取り戻した風次さんがヨロヨロと体を起こしてA子を見ます。

 「破鏡って言ってな……夫婦の縁を断つことを鏡を割ることで示したんだよ……」

 「その通りです」

 私が言うと、風次さんは私にフッと笑いかけます。

 「まさか、部外者に助けられるとはな……助かったよ」

 風次さんのイケメンスマイルに、私は照れくさくて顔を伏せて言いました。

 「いえ……私もA子さんには何度も助けられましたから」

 モジモジする私の横でA子が風次さんに言います。

 「これで、兄貴が酒屋を継げるね♪」

 A子の言葉に風次さんは首を横に振りました。

 「家はお前が継げよ……俺はやっと自由になれるんだからな」

 そう言って、風次さんは石段を降りて行きました。

 去り行く風次さんの大きな背中に悲愴さはなく、清々しく堂々としていました。

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 その日の午後、私とA子は東京に向かいました。

 帰りの列車の中で、あの不思議な体験を振り返りながら、初めてA子の役に立てたのかな?なんて、少しだけA子の親友としての自分に自信が持てたのは、また別の話です。

Concrete
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