「ねえ、知ってる?」
「何?」
「このサイト。」
「あ、知ってる。これって…」
「そう。私たちもさ、登録してみない?」
「でも、ちょっと怖くない?」
「大丈夫だって。こんなのただの遊びだしさ。ね?」
「…うん!」
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___。。。
昨夜未明、T私立高等学校に通う【道園 美嘉さん(17)】と同じく【東野 愛さん(17)】が校内にて首吊り遺体で発見されました。争ったような形跡はなく、警察は自殺の線で捜査を進めています。学校側は会見で「いじめは無かった。」と表明しており、2人の共通の交友関係などから死の原因を追究していく方針です。
では、次のニュースです。
___。。。
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「明美。」
そう母が部屋をノックする音が聞こえる。
私は、まるで抜け殻にでもなってしまったように1日中自室にこもっていた。
部屋の扉が開く。心配そうに私を見る母の姿が目に入る。
「明美…ちょっとは何か食べないと…。」
美嘉と愛が死んでから、今日で丁度1週間が経とうとしていた。
私は、学校を休み、部屋にこもったまま、何をするでもなく淡々と過ぎる時計の秒針を目で追っていた。
1秒、2秒、3秒…美嘉と愛は、一体どれくらいの時間で息絶えたのだろうか。
首吊り自殺は、平均3分から3分半で死ぬ。その後、10分以内に誰かに発見されるか、不可抗力で縄が切れてしまわない限りは致死率100%で死ぬことが出来るそうだ。首吊りからの生還者の中には、「この世のモノとは思えない快感を感じる。苦しみも何もない。」と唱えた人もいる。
2人が死んだ後、私は首にタオルを巻き、思い切り締めてみた。耳鳴りと共に、顔がカーッと熱くなって、頭がクラクラして…そのまま眠りに落ちてしまうような感覚に襲われ、心地よかったのを覚えている。恐怖などはなく、ただ、流れに身を任せているだけ。まあ、私の場合は絞める力が弱すぎて、途中で失神してしまっただけに終わったのだが。2人の死も、そう考えれば案外幸せな死に方だったのかもしれない。そんな事を考えていた私に、母は必死に何かを語りかけているが、全く聞こえない。聞こえないのか、聞く気がないのか…。
世の中があの事件から1週間経っていたとしても、私の中では未だ止まったままだ。
≪ずーっと親友★≫
そう書かれた写真を虚ろな目で見つめながら私は思った。
2人の親友を亡くしてしまった。
写真の中に写る3人の笑顔は、永遠に色褪せることはないだろう。
震える携帯の画面を横目で見る。
黒い画面に赤い文字で浮かび上がった文字。
≪ようこそ、自殺サークルへ≫
『2人は、どうして”殺された”のか。』
この真実を確かめなくては。
1週間ぶりに開けたカーテンから差し込む光は、私の視界を眩ませた。
引っ切りなしに鳴る携帯。
≪件名:自殺サークル管理者 ≫
まだ、まだだよ。もう少し、待ってね。
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私は、近所に住む【アヤ姉】を訪ねた。
アヤ姉は小さいころから、何かと相談に乗ってくれる血のつながりは無いが、姉のような存在だ。
アヤ姉の住むアパートのインターホンを押す。
すぐに返事がした。
「はい?」
「アヤ姉、私。」
「明美ちゃん?ちょっと待って。」
パタパタと廊下を駆ける足音が聞こえたかと思うと、扉が勢いよく開いた。
「明美ちゃん…」
母と同じような心配気な表情をしたアヤ姉がそこにいた。
「アヤ姉、ちょっと相談したいことがあって。」
「入って?」
私は、リビングのソファーへ腰を下ろす。
温かいココアを入れたアヤ姉が戻って来た。
私の目の前にそれを差し出しつつ、口を開く。
「死人みたいな顔して…大丈夫?美嘉ちゃんと愛ちゃん……」
私たち3人はアヤ姉の家でお泊り会をしたこともある。
アヤ姉も美嘉と愛と親しくしていたのだ。
私みたいに、大袈裟に取り乱さないのは、大人だからだろうか。
アヤ姉から差し出されたココアを一口飲む。
甘い香りと温かい舌触りに、私の喉は一気に潤された。
私は、ゆっくりと話し始めた。
私の話を黙って聞いていたアヤ姉が口を開いた。
「美嘉ちゃんも、愛ちゃんも自殺じゃないって、明美ちゃんは思ってるんだよね?」
「そう。あの2人は絶対自殺じゃない。」
「どうしてそう思うの?」
「だって、2人には死ぬ理由がないもの。」
「そういう相談とかをされてない。って事?」
「私たちはずっと3人で親友だったの。なのに、私だけ残して2人が死ぬなんて…あり得ない。」
「………」
「それに…」
「それに?」
私は、アヤ姉に携帯の画面を見せた。
≪自殺サークル≫
「…なにこれ。」
「自殺サークルって掲示板。私たち学生間で都市伝説みたいになってるの。実際、これに登録した別の学校の子が何人も死んでる。アヤ姉もニュース、見たでしょう?」
「見たよ。でも、こんなサイト…関係あるの?」
「あるよ!!だって、2人もこのサイトに登録してたんだから!!」
「…え?」
「私が風邪で学校を休んだ日、2人は面白半分でこのサイトに登録したんだよ!!」
「何で、そんな…」
「お葬式の日、2人のお母さんに携帯を借りたの。写真とか、思い出のものを私の携帯に移したくて。その時…見つけた…。」
アヤ姉は口元を手で押さえ、信じられないといった表情を浮かべる。
「アヤ姉…。」
私は続けた。
「私、2人の仇(かたき)を取りたい。」
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≪自殺サークル≫
・自殺する本人の名前を、記入すること。
・後日、管理人からのメールが届けば契約成立。
・ただし、死因は選べない。
・メールの返信があった際は、どんな事情があっても必ず死ぬ。
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「簡単な規約ね。いかにも学生が飛びつきそうなネタだわ…」
アヤ姉は、私の携帯を手に頭を抱える。
「それでね、アヤ姉…」
私は言った。
「私、登録したの。」
「…え?」
アヤ姉の顔がサッと青ざめる。
「このサークルに登録した。2人が死んだ日に。1週間前。それで…今日、管理人から返信メールが届いた。」
「なんで、そんな…」
アヤ姉の身体が震える。私の腕を痛いほどに掴んで揺さぶった。
「なんでそんなことしたの!?」
部屋に怒号がこだまする。
「管理人に会って来る。」
私は、真っ直ぐアヤ姉を見つめる。
「会って、復讐してやる…。」
帰り際に、アヤ姉に頼み事をした。
今日、此処へ来た目的がこれだ。
「アヤ姉、もし私が死んだら、この事実を警察に必ず伝えてね。必ずだよ。私の携帯を警察に提出して、これ以上の犠牲者を、出さないように…。」
私は、もうアヤ姉の顔を見れなかった。
あんなに怒り、悲しんだアヤ姉を見るのは初めてだった。
「ただいま。」
「……」
返事がない。私は胸騒ぎがした。
急いで台所へ向かう。
そこに倒れていたのは、変わり果てた母の姿だった。胸に刺さっている包丁。
私は、叫んだ。あらん限りの声で。
母に駆け寄る。抱きしめる。冷たい。乾いた血がネチネチと身体に纏わりつく。
警察と救急車が家に来る。
自分が、どういう経緯で呼んだのか覚えていない。
すっぽりと失くした記憶と感情。
気付けば私は、病院のベッドに横たわっていた。
横たわっていたのか、座っていたのか、立っていたのか、歩いていたのか、分からない。分からない。分からない。自分が自分でないようだった。流す涙もない。発する嘆きもない。ただ無感情に天井?壁?いや、どこでもない何かを見つめていた。
そんな私を抱きしめる温もり。
…アヤ姉。
私は、アヤ姉の家にしばらく居候する事になった。
小さい頃に父を亡くし、親戚などもいなかった私を一時引き取ってくれたのだ。
携帯が鳴る。
≪件名:自殺サークル管理人 ≫
あれからずっと鳴り続ける。
アヤ姉は優しかった。
母の事、2人の親友の事には触れず、私に接した。
アヤ姉が本当の姉のように思えた。
…アヤ姉、大好きだよ。
母が死んでから5日後、人形のような私にアヤ姉は言った。
「明美ちゃん、私と本当の家族になろうか。」
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それから2日後、アヤ姉が死んだ。
何者かによって職場のビルから突き落とされたらしい。
私は無言で携帯を握る。
液晶画面に浮かんだ文字。
≪自殺サークル≫へ返信する。
指定された場所へ向かう。
物語の始まりの舞台。2人の親友が死んだ、あの場所で。決着をつける時が来た。
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深夜0時過ぎ___
窓から校内へ侵入した。
この窓は、昔ある生徒が細工をして、表立っては気付かれない、生徒しか知らない秘密の侵入口なのだ。弄られていないということは、警察も気付かなかったのか。偉大ね、その生徒。
久々の学校だ。あの事件以来、一度も踏み入れていない。
不思議と恐怖は無かった。
込み上げるのは、怒りだけだ。
懐中電灯で暗い校内を照らしながら、問題の教室へ向かう。
【1年3組】
そう書かれたプレートがぶら下がる。
此処は、私たち3人の教室だった。
新学期、小中学校と同じで、ずっと仲の良かった美嘉と愛。
同じ高校へ進学してから、3人とも同じクラスで、「奇跡だねー!!」って抱き合ったのが昨日のことのようだ。
深く息を吸い、吐く。
扉を開けた。
教室内には誰もいない。
(早く来すぎちゃったのかな…)
教壇の前を横切り、自分の席へ腰を下ろした。
机をそっと撫でる。
__何も変わっていないな。
自然に笑みが零れた。笑ったのはいつぶりのことだっただろう。
ガラリと扉の開く音がした。
視線を上げると見知らぬ男が一人立っている。
いや、見知らぬわけがない。この男は、私のクラスの担任だ。
「星野、お前何してる。こんな時間に。」
先生は、驚いたように声を上げた。
「先生、お久しぶりです。」
私は微笑む。
「お前、元気にしてたか?心配してたんだ。お母さまのことも…」
そういって、先生は私に近付いてくる。
私は椅子から立ち上がった。
「大丈夫です。ただ、母が亡くなった後に引き取られた近所に住む親しいお姉さんも、先日亡くなって。」
先生と、私の間合いは残り数歩といったところだろうか。
「そうだったのか…災難続きだったな…」
先生は、伏し目がちにズレた眼鏡を中指で上げる。
「ところで先生。」
私は続ける。
「こんな時間に、先生こそ何をしているんですか?」
先生は答える。
「今日は宿直の日でな。」
「そうなんですか。大変ですね、先生も。」
「ああ、全くだ。」
「見回りをしていたんですか?」
「そんなところだ。そんな事より、お前の方こそ何をして___ 」
「先生。」
私は、言葉を遮るように口を開いた。
「まだ、校内は立ち入り禁止ですよね?」
続ける。
「警察の捜査が難航しているんですよね。だから、学校は閉鎖中。」
「見た目では分からないけど、校内関係者や近所の方は周知しています。」
「校内へ立ち入れるのは、学校の鍵を持っている校長か教頭、生徒たちの暗黙の了解である秘密の扉。まあ窓ですけど。そこからしか入れない。後は、警察だけですね。」
「そんな場所で、こんな時間に、先生は、何をしているんですか?」
先生の唇が三日月を描く。
くすくすと笑い声が聞こえる。
「何だ、星野。お前、探偵みたいだな。」
先生は背後から薬瓶を取り出した。瓶のラベルを見る。
H2SO4…硫酸ね。
その瓶の蓋を開けるよりも、私の一振りの方が早いわ。
ポケットに忍ばせた果物ナイフを握る。
次の瞬間には、先生”だったもの”は床に倒れていた。
きっちり頸動脈を狙って切り裂いたから、一瞬で死ねたでしょう?
木目の床に血だまりが出来る。
窓から差す月明りが、それを照らせば怪しく黒々しく光って、とても綺麗だ。
「先生、あなたが悪いんですよ。」
誰も居ない教室内で私は呟いた。
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____。。。
「何かさ、最近の明美キモくない?」
「分かるー。うちらまで、キモいって思われちゃ敵わないよねー。」
「ねえねえ、じゃあさ。」
「んー?何ー?いじめちゃおっか?」
「あはは、良いねー!!」
____。。。
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入学して早々に、親友だと思っていた2人からのイジメが始まった。
それはどんどんエスカレートして、やがてクラス中からイジメられるようになった。
教科書は無くなり、体操着は破られ、机には無数の悪口が彫刻刀で刻まれた。
私は耐えた。2人と過ごした楽しかった日々を無かったことになんて出来なかった。
それでも、私の心は壊れていった。
自我を保つために、何かストレスを発散できる場所が無いか探した。
巡り合ったのが、この≪自殺サークル≫だった。
ある日突然、メッセージが来た。
告げられた所定の場所へ行くと、そこには知らない女性が立っていた。
驚きもしなかった。この時既に、私の感情は消えてしまっていたのだろう。
どこかで『死にたい。死にたかった。』と望んでいたのかもしれない。
「初めまして。自殺サークルへようこそ。そして、さようなら。」
私は、悲鳴を上げることもなく、悟ったように目を閉じた。
≪自殺サークル≫の噂は知っていた。被害者が出ていたことも。
何故か、救われると思った。苦しみはなく、楽しかった思い出だけを胸に死ねば、幸せだと。
だが、私の身体がそれを拒んだ。
知らない女性は地に倒れていた。握っていたのは彼女が持っていた裁ちばさみ。
はさみの先端から鮮血が滴る。
(ああ、私…人を殺してしまった…。)
その時の感情は言い表せないものだった。単純に言えばスカッとした。嫌な気持ちなんて全部忘れられた。
だから___
その日から始めた。
≪自殺サークル≫のお手伝いを。
≪自殺サークル≫なんて、所詮は名ばかりの殺人集団組織だ。
言うなれば≪自分で殺せない人の殺人代行サークル≫というところか。
メールで届いた名前の相手を、自殺に見せかけて殺す。
相手を所定の場所へ呼び出す時も、その知人のメールアドレスを乗っ取って行う。
あくまでも、自然に。足が付かないように。完璧に。
そう、この殺人集団組織には掟があった。
・他のメンバーの素性詮索をしない。
・命令には絶対従うこと。
・自殺と断定される殺し方をすること。
・上記ルールに背いたものには死の報復を。
まさか、先生もメンバーの一人だったとはね。
母とアヤ姉の自殺依頼を出したのは私だ。
大切な人から裏切られる時の辛さを、もう二度と味わいたくなかったから。
美嘉と愛の自殺依頼を出したのがアヤ姉だったことは知っていた。
アヤ姉には、昔から何でも相談していたからね。
本当に優しいアヤ姉。
___明美ちゃん、私と本当の家族になろうか。
あんな事言わなければ、殺さずに済んだのに。大切な人にならずに済んだのに。
先生は、2つのタブーを犯した。
アヤ姉を殺す時、きちんと自殺に見せかけて殺せなかった。
そして、命令に従わなかった。
≪道園 美嘉と東野 愛は管理人自らの手で葬る≫
一斉送信でメンバーに配信したメールを、先生は無視した。
”殺す”という快楽に憑りつかれてしまったのだろう。
私は、持っていたナイフの指紋を消し、先生にしっかりと握らせた。
傍らに遺書を置く。
先生の筆跡をトレースして作ったものだ。
【疲れました。さようなら。】
メール受信音が鳴る。
≪件名:自殺サークル管理人様≫
さて、仕事だ。
今日も、人の恨み辛みは尽きないみたいね。
私は携帯の画面を見つめ、小さく笑った。
作者雪-2
長らくお待たせしました。
多忙過ぎて、皆さまの作品もまだ読めていないのでこれから巡回するところなのですが…
予告通り【自殺サークル】を投稿させて頂きます。
このサイトに登録してから、この題材で執筆したいと思いつつ、長きにわたり筆を走らせ…
完成してからも投稿をする勇気が出ず…
しかし、今日投稿することに致しました。
皆さまの心に少しでも残る作品になりますように…