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中編4
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痛いゴスロリ女

先日、調べものがあって午前中、図書館に行ったときのことだ。

その日は館内はポツポツとしか人はいなかった。

二階の一般閲覧室に行き、資料を集める。

それから、一列に整然と並んだ六人掛けの長机の一つに座り、閲覧していた。

僕の座っている長机には、斜め向かいに、眼鏡の女子高生が座っているだけだ。

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 しばらく俯いて、細かい字を追っていると、何か異様な空気感を感じた。

ふと顔を上げると、一つ前の長机に座っている女性が、じっと僕の方を見ている。

金色に染めたボブショートの髪に、赤い蝶々のリボンを飾り、白粉を塗りたくったような顔には、どぎつい化粧をしている。

胸元にたくさんの赤い蝶々のリボンが並ぶ白いフリルの付いたブラウス。

いわゆる『ゴスロリ』ファッションだが、年齢は結構いってそうで、40過ぎくらいだろうか。

見てて痛々しい。

女はなぜか眉間にシワを寄せ、僕の顔を睨みつけている。

思わず、後ろを振り向いた。

後ろの長机には、誰も座っていない。

やはり女は、僕を睨んでいるようだ。

僕は視線に耐えきれず、下を向いた。

すると、その女はゆっくり立ち上がると、歩きだした。

チェック柄のボックススカートに網タイツを履いており、厚底の編み上げブーツの足音がうるさい。

完全に周囲から浮いている。

なんと彼女は、僕の正面に座った。

えらを張った輪郭の顔に、化粧を塗りたくっており、圧倒される。

付け睫毛が今にも落ちそうだ。

そして抑えた小さな声で、言った。

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「何がおかしいん?」

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「は?」

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「あんたさっき、アタイを見て笑っとったやろ?」

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「何のことですか?」

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「とぼけんな。

ちゃんと分かっとるんや。

あんた、アタイが料理の本を見ていたのを、笑っとったやんか!」

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「……」

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わけが分からないので、黙っていると、また勝手に話しだす。

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「アタイが48年間独り身を通しているのは、好きでやっとるんやないんや。

自炊も掃除も本当は苦手なんや。

それくらいのこと、あんたも分かるやろうが!」

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「は、はあ……」

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何が何だか分からず、苦笑いをした。

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すると、いきなり、ドンッと机を叩いた。

僕はビクリと肩を上げた。

女の隣の女子高生もびっくりして顔を上げる。

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「そうか、無視、

無視するんやな……。そういうことやったら、

アタイにも考えがあるわ」

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そう言って、赤い蝶々の付いた白いフリルのバッグを机の上にドンと置くと、どぎつい紫のルージュの唇で含み笑いをしながら、ファスナーをゆっくりと開け、中に手を突っ込む。

そして、得意そうな顔をしながら、とんでもないものを出してきた。

……中華包丁だ。

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「うわ!」

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僕は小さな悲鳴を上げ、立ち上がった。

女子高生はあまりの緊張からか、座ったままだ。

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「本当はなアタイもこんなことはしたくはないんやで。

でも……でもな、あんたが、そんな舐めた態度をとるというのやったら、しゃあないやろ!」

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女は目に涙を溜めながら、ずっしりとした中華包丁を片手に、ゆっくり立ち上がった。

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「ちょっと、あなた、何してんの?」

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いつの間にか青い制服の警備員が女の傍らに立っている。

いきなり女は中華包丁を切りつけた。

一瞬で包丁の刃先は警備員の首筋に深い切れ込みを入れ、そこから噴き出した血しぶきは、机の上の本に飛び散った。

警備員はうめきながら首を抑えて、その場にひざまずく。ポタポタと床に、赤い血が落ちる。

立ち上がり逃げようとする女子高生に、女は思い切り中華包丁を切りつける。

白い手首が、ポトリと床に落ちた。

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「ぎゃああああ!」

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引き裂くような悲鳴が館内に響き渡る。

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僕は思わず、その場からかけ出した。

立ち並ぶ書棚の横を真っ直ぐ走りだす。

3mほど後ろを、中華包丁を持った女が追っかけてきていた。

厚底ブーツでカポカポと足音を立てながら。

途中あちこちで、男のわめき声や女性の悲鳴が聞こえてくる。

何度か廊下の角を曲がり、カウンター横の階段を駈け降りる。

後ろから、女の激しい息遣いと、カポンカポンという足音が聞こえてきている。

僕は前につんのめりながら、階段を下まで降りた。

そのまま真っ直ぐエントランスを駆け抜ける。

後ろから意味不明な女の奇声が聞こえてくる。

正面ドアを開けて、外に出た。

植え込みを飛び越え、駐輪場を駆け抜けようとしたときだった。

自転車の後輪に足を引っ掛け、数台の自転車をなぎ倒しながら、派手に倒れこんだ。

挫いたのか、足に激痛が走る。

コンクリートの床の上にうずくまっていると、荒い息遣いとブーツの足音が聞こえてきた。

女が包丁を片手に、近づいてきている。

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「や、止めてくれ……」

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尻もちをついたまま、後ろに下がる。

女は僕の真正面に仁王立ちになると、ゆっくりと包丁を振りかざした。

すると、

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「ええ!シノブじゃないの~!?」

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素っ頓狂な女の声が聞こえてきた。

見ると、包丁を持った女の背後に、同じようなゴスロリの女が立っている。

彼女も結構、年はいってそうだ。

女の表情は瞬時に柔らかいものに変わった。

そして、中華包丁を床に落とすと、

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「ええ!?マリーなのー?久しぶり~」

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と言いながら、後ろの女性と飛び跳ねながら、抱き合いはじめた。

唖然とする僕をよそに、二人は楽しそうにしゃべりだした。

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 けたたましい二つの異なるサイレンの音が重なりながら、聞こえてくる。

パトカーと救急車が図書館の入口前に停まった。

バタバタと白衣姿の救急隊員数名が、救急車から現れ、担架を押しながら入口ドアから中に入っていった。

数名の警察官も後に続く。

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その時には、あのゴスロリ二人の姿は消えていた。

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fin

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@あんみつ姫 様
この度は私の手違いで、せっかくアップしていた
作品を削除してしまいました。
いただいていた、コメントまで消えてしまい、
本当に申し訳ないです。今後はこのようなことの
ないようにしますので、よろしくお願いします。
「痛い男」再アップさせていただきました。

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@あんみつ姫 様
怖ポチ、コメント、ありがとうございます。
『痛い』第二弾、アップしました!
よろしければ、お読みください。

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断っておきますが、私はゴスロリには、何の恨みもございません。
似たような作品に、
前作『キャバ嬢ユカの高貴な性癖』
http://kowabana.jp/stories/29976
という変な作品があります。
合わせて読んでいただくと、効果も倍増します。

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