「雨は夜更けすぎに、雪へと変わるでしょう」
つけっ放しのテレビから流れてきたイケメンアナウンサーのそんな声で、俺は目を覚ました。
知らぬ間にコタツで眠ってしまっていたようだ。時計を見るともう十二時をまわっている。世界はクリスマスイブという悪夢からようやく解放されたらしい。
重い体を起こしてカーテンを少し開けた。すると、いつから降り始めたのか辺り一面に白い雪が舞っており、道路はもう薄っすらと積もりかけていた。
「なんだよ、寒いと思ったら」
今日日、雪なんか降って喜ぶのは子供とリア充カップルだけだ。こちとら明日も早いというのに、車は大丈夫だろうかという不安だけがよぎる。
寝室へ移動してさっさと寝ちまおうと、色々な意味で身ぶるいしながらカーテンを閉めようとした俺の手が止まる。
いま、表にいた『何か』と目が合った気がしたのだ。薄曇った窓を手でぬぐいながら目を凝らしてみると、やはりそれはいた。
「なんだ、トナカイかよ」
敷地の外から、おそらく野生のトナカイが鋭い眼光で俺にガンをつけている。ふーん、トナカイって初めて見たけど思ったよりデカイんだな。
よくよく見るとトナカイの後ろに、繋がれた木製のソリも見える。なんだ貴様、野生ではなくてサンタの下僕か。こちらのソリも初めて本物を見たのだが、思ったよりも大きくて、大人がゆうに三人は乗れそうな造りになっていた。
で、肝心のサンタはどこだろう?と、キョロキョロしていたら、テレビから今年ブレイク中のアーティストが歌うクリスマスソングが流れてきた。
俺の好きな曲だったので、ついテレビに気を取られて一緒に口ずさんでいたら、表からシャンシャンシャンシャンと鈴の音が鳴り、それはどんどんと遠ざかっていった。
夜空に浮かぶ満月に向かって吸い込まれていくそんな彼らを見つめていると、俺はとてもセンチメンタルな気分になった。
「ああ、死にたい」
妄想と現実。
今まで語り継がれてきた伝説は必ずしも真実とは限らない。俺は彼らに改めてそれを教えられた気分だった。
さっきソリに乗り込んでいたおっさん…いや失礼、サンタさんが、まさかのゴリゴリの黒人だったという事は、誰にも言わずに内緒にしておこう。
更に、俺にガンをつけていたあのトナカイが、こてこての関西弁で「ワレ、いつまで見さらしとんねん。こっちは寝不足でイライラしとんねん、早よひっこまんと、ボコボコにいてまうどおんどれコラ!」と、直接、脳内に話しかけてきた事も、誰にも言わずに墓場まで持っていこう。
さあ、今日はクリスマス。残念ながらボッチの俺に一緒に祝ってくれる恋人や家族なんかはいないけれど、クリスマスは誰にもやってくる。まりや様もそう言ってるし、寂しくなんかない。そう信じて、せめていい夢でも見よう。と、月を見ながら自分で自分を慰めていた時だった。
さっきまで彼らがいたその場所に、綺麗な包装紙でデコレーションされた小箱が置かれてある事にきづいた。
俺は急いで表に飛び出し、迷う事なくその箱を家に持ち込んだ。持ってみると思ったより重量感がある。可愛くラッピングされていて、これまた可愛いピンクのリボンに巻かれている。これはまさか寂しい男へのクリスマスプレゼントだろうか?
黒人サンタの粋な計らいか、それともツンデレトナカイのせめてもの武士の情けか。
柄にもなく俺は溢れるにやにやを隠せないほどに気分が高揚していた。やはり頑張って生きていればいつかは良い事があるものだ。必ずどこかで誰かが見ていてくれる。
「神様… いや、サンタさんありがとう!」
俺はたどたどしい手つきで、なんとかプレゼントの箱を開けた。
まあ結果から言うと、そこには干からびた黒猫のミイラが何体も折り畳まれて収納されていたのだけど。
幼い頃、人間の一生とは幸せが半分、不幸が半分なんだと聞いた事がある。果たしてそれは真実だろうか?
ねえ、神様。
僕の人生はいま一生分の幸せの何割を消費していて、一生分の不幸を何割ほど消費しているのかしら?思うに今回の件で僕はかなりの不幸ポイントの貯蓄を増やせたのではないかと思うのですが、いかがでしょうか?
来年は良い年になりますように、どうかよろしくお願いします。
ねえ神様、聞こえてる?
「メリークリスマス」
了
作者ロビンⓂ︎
わ、綿貫先生。サンタのキーワードで書いてみたら、こ、こんなん出ました!…ひ…