空港で一通り手続きを済ませゲートを出る。二年ぶりの日本。冬の夜風が身にしみた。
「さぶっ」っとひとりごちながら、はあぁと腹からはいた息を手にあて、擦り合わせながら周りを見渡す。
様々な人が帰国した者を迎えに来ている。部下が上司を、遠距離恋愛だろうか彼が彼女を、そっちは単身赴任か、女の子がパパを満面の笑みで迎えている。
そんな光景を見ていると寒さも少し和らいだ気がした。
俺は迎えに来てくれるはずの友人を探すべく辺りを見回すが中々見つからず、ポケットからスマホを取り出した。
ロックを解除すると同時に肩に手を置かれ振り返る。そこには二年ぶりに見る懐かしい顔があった。
「お帰り、亮平」と、奴の性格を象徴するような優しい声で迎えてくれた。
「ただいま。──お前、少し痩せたか?」
「ん、ああ.....半年で五キロ位痩せたかな」
「なんだよ、病気か?」
「そんなんじゃねぇよ、まあちょっとな、しかし、寒いなここは、車に行こう。直ぐそこに止めてある」秀介の後に続き駐車場に向かう。
車の前でポケットの鍵を探りながら秀介が「後でちょっと寄りたい所があるんだけどいいかな?」言いながらドアを開ける。
「ああ、もちろん」と俺は返し、車に乗り込んだ。
時間帯のせいかそれほどは混むこともなく、スムーズに高速に乗ることができた。
「海外の生活はどうだった? 」
「いやぁ、やっぱり日本が一番だな、なんつっても飯がさぁ──」そんな会話から始まり互いの近況を報告し合い、とりとめのない話を続けた。
ふと、昨晩の電話のことを思い出す。
「そう言えば昨日、美香と電話で少し話したぞ──」俺が言うと、「えっ!」と秀介は見開いた眼をこちらに向けた。
「一人で待ってるのは寂しいから迎えに行くって言ってたからさあ、てっきり一緒に来るものだと思ってたんだけど──」
「......そうか、美香が」ハンドルを握る秀介の手が微かに震えているように見えた。
「このまま何処かで落ち合うのか?」俺の問いに答えることなく、それきり秀介は黙りこんでしまった。
美香と秀介と俺の三人は、中学の頃同じクラスになったのを切っ掛けに仲良くなり、なにをするにも三人一緒だった。俺の海外赴任が決まる二年前までその仲は続いた。
黙りこくる相手に俺が一方的に喋り、秀介は「ああ、へえ、ふーん」と相づちを打つだけで、心ここにあらずといった感じだ。
つまらなくなり、俺も喋るのをやめ、窓に流れる高速道路の殺風景な景色を眺めはじめた。
暫く無言が続いた後、秀介が口を開く。
「さっき寄りたい所があるって言っただろ......」
「んっ......ああ」時差ぼけか少しうとうとしていて生返事で返す。
「美香の事故現場だよ、そこで話そうと思ってた──」
秀介はとつとつと話始めた。
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「美香は......半年前に死んだんだ......悪い、外国にいるお前に連絡したら色々と大変だろうと思って......黙ってた」
思いがけない話に、言葉を失う......美香が......死んだ? いや、まて俺は昨日──
「え?......でも俺、昨夜、美香と話した......一人で待つのは寂しい、迎えにいくって......えっ、どういうことだ?」
その時、暖房がきいてるはずの車内で爪先から頭のてっぺんまで一気に鳥肌が立った。悪寒が背中から全身に広がり、それまで気にもしなかった後部座席になにかの気配を感じる。
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「迎えに......きたよ」物寂しい女性の声が微かに聞こえた。
後ろを振り返る勇気などなく、運転席の秀介にゆっくりと目をやると何か小声で呟いている。
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「いまいく......いまいく......いまいく」
様子のおかしい秀介の肩を掴み軽く揺すると、睡眠中、乱暴に起こされた時のようにビクッと体を震わせ顔をこちらに向ける。
目は血走り、薄く開いた口から涎を垂らし、震える声で喋りだす。
「美香が迎えにきた......俺達はいつも一緒だったろう......俺達も逝こう」
そう言うと秀介はアクセルを踏み込み、加速した車は物凄いスピードでカーブに突っ込んでいった。
作者深山