大学からの友達、A子に泊まりに来ないかと誘われた。
その日、女二人で飲みに行き、程よく酔い、A子のアパートに着いた。
「ベッドで寝てよ」と言う彼女に遠慮し、硬いほうがよく眠れるからと、ベッドの横に布団を敷いてもらった。
いつでも寝られるように、明かりを間接照明だけにした薄暗い部屋。
A子はベッドであぐらをかき、壁に寄りかかりながら、ほろ酔い加減で自分の恋愛論を語っている。
私は相づちをうちながら、横になろうと枕に顔を傾けた。
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「A子──」 声が震えないよう慎重に私は言う。
「飲み足りない、お酒買いに行こっ」
缶チューハイが冷蔵庫にあると、明らかに面倒くさがり、嫌がるA子を半ば強引に外に連れ出す。
自然を装い外に出る。玄関のドアを閉め、A子に鍵をかけさせた。
そのまま、不思議がるA子の手をとり最寄りの派出所まで走った。
警官に、部屋のベッドの下に包丁を握りしめた男がいたと説明し、警官が部屋を調べてくれることになった。
私と警官のやりとりを黙って聞いていたA子の顔は真っ青で、微かに震えていた。
鍵を開け、警官が先に入り照明のスイッチを入れる。中に人の気配はない、例のベッドの下を覗くが誰も居らず、包丁だけが置かれていた。
一通り部屋を調べ、最後にA子がベランダのカーテンを少しだけ開き、顔を覗かせ、異常無しですと言う。
部屋の鍵もかかっていたし、アルコールも入っていたこともあり、見間違いではないかということでその場はおさまったのだが、ベッドの下に置かれた、説明不明の包丁だけが私の頭にはいつまでも残った。
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──後日、A子は逮捕された。
彼女の部屋のベランダから男性の遺体がみつかったのだ。
彼女が逮捕された前日、長めのメールがA子から私に届いた。内容はこんは感じだ。
『大学で出会った大好きな男に告白したが、彼には好きな女性がいた。諦める代わりにその人は誰かと聞けば、あんただった。
この際だから仲を取り持ってあげると、相談を理由に男を部屋へ誘い、隙をみて殺した。
あんたを泊めた夜、あんな騒ぎがなければ、ベッドの下に忍ばせた包丁であんたも殺してやるはずだった。
あれから、四六時中あの男が現れては、ただ立ち尽くし恨めしそうに私をみる、もう限界だ、自首します。』
読み終える途中から、涙で文字が滲んで見えた。
そっか、包丁を握ったベッドの下の男は、私を守るために、A子に包丁を渡すまいと、強く、固く握りしめてくれていたんだ。
「ありがとう」私はその人に感謝と、心からの冥福を祈った。
作者深山