小3の頃からなぜだか、お婆ちゃんと暮らしていた。
詳細は省くが、まあ簡単に言うと両親の勝手な都合で、望まないど田舎のお婆ちゃん家暮らしを強いられていたのだ。
そこは本当に何もない所で、目を閉じて一番に浮かぶのは見渡す限りの田園風景。近所に同世代の子供は数えるくらいしかいないのに、その数少ない子供たちとも仲が良くなくて、私はいつも一人ぽっちだった。
だから毎日学校から帰ると縁側でお婆ちゃんに遊んでもらう。お婆ちゃんの飼ってる太った白い猫は私に懐かないので、いつも私たちの様子を遠巻きにながめていた。
お婆ちゃんは大好きだったけれど、毎日一緒に遊ぶとなるとやはりその単調さに飽きがくる。あの日、つまらなそうにする私を見てお婆ちゃんが言った。
「ばあちゃんは腰が悪いさかい、あんまりおまえと遊んでやれんでごめんのう。でも、いまに仲の良いお友達ができるかも知れへんで」
お婆ちゃんのそんな言葉が妙に頭にこびりついて何日か過ぎた頃、夜中に私の名前を呼ぶ声で目が覚めた。
聞いた事のない女の子の声。夜なのに不思議と怖いという気持ちはなくて、声につられて廊下を進むと、突き当たりのトイレの電気が付けっ放しになっていた。声もそこから聞こえてくる。
扉の前に立つと、格子状にはめ込まれた曇りガラスの向こう側に私と同じくらいの女の子が立っていた。
「だれ?」
少し間を置いて返事がきた。
「えっとね。うちは恵美子やで。あんたのお婆ちゃんや」
「お婆ちゃんはそんなに子供じゃないよ」
「えっとねー。簡単に言うとトイレの神さまにお願いして、夜だけ子供の姿に戻してもらってんねん」
「ふーん」
私は疑いもせずに子供になったお婆ちゃんと友達になった。それからというもの不定期に現れる恵美子ちゃんと、私はトイレや廊下でいろんな事をして遊んだと思う。
でも気づいたらいつも朝で、きちんとお布団の中で寝ていて、お婆ちゃんに優しく起こされる。私はいつも早く夜にならないかなと思っていた。
たぶん私はお婆ちゃんに女の子の話はしなかったと思う。もし話してしまったら、もう恵美子ちゃんに会えなくなるような気がしていたから。
私が小6になった時、お婆ちゃんが倒れて入院した。両親もかけつけてきて、みんなでお婆ちゃんの看病をしたけれど、お婆ちゃんはみんなに看取られながら一週間後に息を引き取った。
お葬式や遺品整理やらなんやらが片付いて、お婆ちゃんの家で過ごす最後の夜に、恵美子ちゃんがまた私に会いにきてくれた。
ドアを一枚隔てた向こう側から恵美子ちゃんがお別れの挨拶を私に告げた。
「明日からはもう一緒に遊べへんけど、トイレにはそれはそれは綺麗な女神様がいるんやで。だから大丈夫、あんたは一人やないで」
「うん、わかってる」
「うちがおらんようになっても、オカンの言うことをちゃんと聞いて、トイレ磨いて、誰にも負けんようなベッピンさんな女の子になるんやで」
「うん。お婆ちゃん、今までいっぱい遊んでくれてありがとう」
私が泣きながらドアを開けると、もうそこに恵美子ちゃんの姿はなかった。
あれから何年も過ぎて、私は来年、短大を卒業して看護師になる。
でも…
どういうわけか恵美子ちゃんはまだ私の近くにいて、夜になると私の名前を呼ぶ。
もう友達も沢山出来たし、恵美子ちゃんには悪いけどこの歳になってまで子供のころのような遊びはしたくない。でも恵美子ちゃんは毎晩、遊ぼう、遊ぼうと私の睡眠を妨げてくる。
両親には聞こえない私だけに聞こえる声。少しでも放置すると、トイレの掃除が甘いだの、芳香剤が臭いだのといって怒り出す始末だ。
お婆ちゃん、私はもう一人で大丈夫だよ?来年からは一人暮らしも始めるし、私はもう立派な大人だから、新しい部屋にまでついてくるのだけは勘弁してね。
了
作者ロビンⓂ︎
いも様、ビビッときました…ひ…