─また、だめだ……。これで、十五回目、いや、十六回目か……いや、もう、何が何だか分からなくなってきた。
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俺は、四十二歳。身長百五十八センチ、体重八十キロ。頭部のてっぺんに円形のザビエルハゲあり。
いわゆる、チビ、デブ、ハゲ、三重苦の男だ。
仕事はコンビニ店員で、預金もない。彼女いない歴=年齢という典型的なモテないタイプ。
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このままではいけないと一念発起し、大手の結婚相談所に登録して一年になる。毎月、女性を四、五人紹介してもらい、そのうちの一人か二人と会うのだが、今のところ、全打席ノーヒットの惨憺たる戦績。
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今日も、とあるホテルのラウンジで、三十二歳の介護士の女性とお会いしたのだが、次の約束を取り付けることは出来なかった。つまり、「アウト」ということだ。……悲しい。
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見合いの帰り道。俺は着慣れないスーツのネクタイを片手で緩めながら、駅から自宅の安アパートまでの道を早足で歩いていた。年末も近づき、吐く息も白くなってきている。灰色の重々しい空が、まるで今の俺の心を映し出しているようだ。
いつものガード下の薄暗い路地を歩いていると、数メートル先に、若い女性がしゃがんでいるのが見える。肩までくらいの黒髪に、白いカーディガンを羽織っていて、道沿いにある花束に向かって、手を合わせている。
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─あんなところで、何をしているんだろう?
俺は恐る恐る声を掛けてみた。
「どうなさったんでしょうか?」
女性は少し驚いたような様子で、俺を見上げる。
透き通るような肌の、整った顔立ち。疲れているのか、目の下には青い隈がある。
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─う、美しい!
俺の心臓は高鳴りだした。
女性はゆっくりと立ち上がり、はにかむように少しうつむくと、愁いを帯びた目で俺の顔を見ながら、とつとつと話しだした。
「私の彼、三日前に、ここで殺されたんです」
「え!」
「夜に。刃物で刺されて。」
「は、犯人は?」
「まだ、捕まっていません」
女性の目は涙が溜まり、真っ赤になっていた。
「それで、今日は会いにきてたんです」
そう言って、足下の花束に目をやる。
「そうか……そうだったんですね」
俺はそう言って彼女の足下の花束に手を合わせる。それから軽く会釈をすると、その場を立ち去ろうと歩き出した。すると、
「あの、すみません」
と、後ろから女性が声をかけてくる。振り向くと、
「もし、よろしかったら、お茶でもどうですか?」
と、信じられない言葉が聞こえてきた。
「え?」
「本当に図々しいかもしれないんですけど、お兄さん、私の彼氏によく似ているんです」
「俺が?」
「本当です。さっきも初めてお会いしたとき、あまりに似ているので、びっくりしました」
そう言って、彼女は真剣な眼差しで俺の顔を見ていた。
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夢のようなことだった。ほんの数時間前に女性から振られた俺が、今はタイプの女性と肩を並べて歩いている。
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─神様って、やっぱりいるんだなあ……
俺はしみじみと心の中で呟いた。そして、彼女の名前でも聞こうか、と思った、その時だった。
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突然スーツ姿の屈強そうな男二人が目の前に現れ、一人のほうがいきなり彼女の腕を掴み道路脇に連れて行こうとする。
「何なんだ、あんたたちは!」
そう言って俺がその男の肩に手を乗せようとすると、男は軽く俺の胸を小突き、上着のポケットから黒い革の手帳を出すと、俺の目前に掲げ、「警察だ」と言い放った。
それから、テキパキと彼女の腕を後ろに回し、手錠をかける。
何が何だか分からず呆然と立ち尽くしていると、もう一人の男が、
「いやあ、危なかったですねえ。あの女、ああやって男の同情を引いて、殺しては金品を奪っていたんです。ほら」
と話し、女性の持っていたハンドバッグを開け、中身を見せる。そこには、財布やポーチに紛れて、鋭利なサバイバルナイフが入っていた。
「すでに三人が犠牲になっています。全て男性で、年恰好もお兄さんくらいの独身の方です。手口は、さっきのように道路脇に花束を置き、いかにも恋人を失ったように見せかけて、声をかけてきた男性を殺しては、お金を奪っていたようです」
唖然とする俺の前で、警察の男は淡々と話してくれた。
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それ以来、俺は無神論者になった。
作者ねこじろう