深夜、真っ暗な部屋の中でPCの液晶画面の光に顔を照らされている男がいた。
照らされている顔は光のせいか不気味に青白い。
その男はニマニマと笑みを浮かべながら液晶画面を見つめ、手元のキーボードをせわしなく叩く。
「ははは、はは、こいつら本当に馬鹿だ。馬鹿馬鹿馬鹿。馬鹿ばっかりだ。」
ぶつぶつと独り言を呟きながら、男はとある掲示板に執心している。
そこは”名無し”で書き込む事ができる”掲示板”である。
近年、こういった”名無し”で書き込むことが出来る掲示板がインターネットの世界では当たり前のモノになっている。自身の本名を律儀に使うものもいるが、本当に稀なケースだ。大概はHNやでたらめな名前を使うことが多い。その中で、一番多いのが”名無し”ではないだろうか。
どこの誰だか分からない。年齢も、性別も分からない。
今日は、そんな”名無し”にまつわる話をしようと思う。少しお時間を頂けるとありがたい。
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その男は”名無し”で掲示板を利用し、掲示板利用者の相談事に対して、奇怪な返答や、暴言を放つのが趣味だった。何とも、気分の良くない趣味である。そんな男だが、実は立派な社会人であり、会社での評価も悪くない。
そんな男が抱える不満やストレスの捌け口を、こういった行為に走らせてしまったのには、一体何のきっかけがあったというのだろうか。そんな事は分かりようも無いが、今日も男は、PCに普段言わない様な言葉を暴力として書き込むのである。
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__死ねよ、お前なんて。
__馬鹿じゃねーの?そんなのも分からないとか、生きてる意味なし。
__ムカつく人間がいる?じゃあそいつ殺しちゃえば?
__死んで人生やりなおせ。バーカ。
そんな言葉の凶器が、掲示板内に”名無し”で乱舞する。
その男だけではない。
一体何人もの人たちが”名無し”でこんな酷言を吐き捨てているのだろうか。
今日も、数多のユーザー達が男と同様、ネット上で”名無し”しなる。
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薄明りがカーテン越しに差し込んだところで、男はPCの電源を落とした。
「今日は仕事だった。夢中になりすぎたな。」
そういって男は眠気覚ましに熱いインスタントコーヒーを淹れる。
パジャマから、スーツに着替え、テレビを付ける。
ニュースキャスターが注目のコラムを読み上げる。いつもと変わらない朝だ。
テレビの音をBGMに男は淹れたコーヒーに口を付ける。
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『最近では、インターネット上の誹謗中傷が目を引くほどに増えていますね。インターネット上では”匿名”や”名無し”を使用できますから、顔も分からないのを良い事に言いたい放題出来てしまいますからね。こういった風潮の見直しも今後必要になってくる時が来るのではないでしょうか。では、次のニュースです。』
男は思った。
(ネットの世界で起こったことは、バーチャルなんだよ。何を言おうが、何をしようが、法に触れない限りバレることは無い。だから”名無し”は最高なんだ。)
時計を見る。7:30過ぎだ。
男はいつものように出社した。
満員電車に揺られながら、隣の香水臭い女性に心の中で悪態をつく。階段で足を踏んできた学生に心の中で舌打ちをする。
世の中は、腹が立つことだらけだ。
でも、今は言わない。訴訟だの、喧嘩だの、揉め後だの、面倒だからな。
帰ったら、また”名無し”で憂さ晴らしをしてやる。
男は、帰宅してからのことが楽しみで内心ほくそえんでいた。
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会社に到着する。
職場ですれ違う人たちに挨拶をし、自分のデスクに向かう。
…デスクがない。
男は首を傾げた。どこかに移動でもさせたのか?
自分のデスクの隣に座っていた女性社員に声をかける。
「おはよう。俺のデスクってどこにあるの?」
女性は訝し気な顔をする。
「あの、新人さん?新人ならデスクが無くっても当然よ。初めは外回りから。研修で聞かなかった?」
そういって、女性は自分の仕事に戻る。
「いや、ふざけんなよ。何言ってんだよ。」
昨日まで普通に話をしていた同僚に”新人”と言われ、男は憤る。
(待て待て、今はダメだ。帰ってから。帰ってからだ。)
そう心で呟きながら、デスクを探す。
「おい、君。」
後ろから声を掛けられた。直属の上司だ。
「あ、おはようございます。あの、俺のデスクって…」
「ここは関係者以外立ち入り禁止だ。誰だね君は。何をしている。」
上司からの発言に、男は言葉を失った。
「え…?いや、何言ってるんですか?俺ですよ。俺は___。」
そこで男は言葉を詰まらせた。
「おい、誰か警備員を呼んでくれ。全く、いい歳をして不法侵入か?名前は?君!」
男は、上司の問いに応えようと口を開く。
「俺は、あの…俺は___!!」
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(俺は、誰だ?)
”名無し”が飛び交うインターネットの世界。
”名無し”故に生きやすい世界。
しかし、インターネットがここまで進化して来た現代において、インターネットと現実世界の境界線なんて、あってないようなもの。だから、皆さんは毎日豊かに便利に生きていけるんですよね。良いところばかりがインターネットの世界からこちらへ持ってこれるわけではないのです。
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さて、現実世界で”名無し”になってしまった彼はこれからどうなってしまうのか…。
今まで、インターネットの世界で”名無し”を乱用し続けた方がもしこれを見ているなら、お気を付け下さい。
作者雪-2
あけましておめでとうございます。
そして皆さまお久しぶりです。お忘れですか?大丈夫ですか?
私です。はい、雪でございます。
…と、固い挨拶もそこそこに…
帰って参りましたあああああああ!!!!!
いつ以来執筆してないのか、確認したところ【2017/11/10】が最終でした。
約3か月ぶりの投稿です。
心中を察して欲しいほどに緊張しております…しかも、クオリティが著しく落ちています。
(元々高くもないでしょうに。)
皆さまの慈愛に満ちた温かい目と優しさを私に下さい…(ノД`)・゜・。
更新頻度はマイペースですが、ぼちぼち挙げていこうと思いますので、またよろしくお願い致します!!
~2017 年間アワードの5本指に入れたことに感謝を込めて~
http://kowabana.jp/stories/29459 【夏みかん】