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長編8
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最期の切り札

 事件発生。

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 「被害者自身の通報があったのは、一時間ほど前です」

 メモを見ながら呟いたのは、老け顔の若い刑事だった。

 「死因は失血性ショック死。恐らく胸部の傷は動脈を切ってますね」

 至極、冷静に話す女性刑事の検死を、老練な刑事が「ふむ」と頷いて、顎をさする。

 「被害者は、金成 遊人(かねなり ゆうと)。マジシャンです」

 「なんだ、手品師か……どうりでトランプが散らばってるわけだ」

 若い刑事の報告を聞いて、老練な刑事は現場を思い出した。

 現場は都内のマンションの一室、被害者の部屋だ。

 整然とした室内に散らばったトランプが、やけに印象に残る。

 「米野、お前の見立てはどうだ?」

 見解を問われた女性刑事、米野が「そうですね……」と前置きしてから答える。

 「被害者自身の通報で所轄の警官が到着した時に遺体を発見したそうですが……」

 米野刑事が現場を見渡して、一言呟く。

 「凶器が見当たりませんし、現場は荒らされた形跡もない……とすれば、犯人は顔見知りの人物で、動機は怨恨と言ったところでしょうか」

 現場から推測を述べる米野刑事をジッと見つめるベテラン刑事に、若い刑事が話しかける。

 「六品警部」

 若い刑事がデスクの上を指差して言った。

 「これを見てください」

 六品警部と米野刑事は、若い刑事が指差す場所を見た。

 「これは……」

 デスクの上に列べられた三枚のトランプを見て、思慮にふける。

 スペードのJ、ダイヤのK、ハートのJのカードのそれぞれに、血液で書かれた一桁の数字。

 スペードのJには『1』、ダイヤのKには『9』、ハートのJには『1』と記されていた。

 米野刑事は、それを素早く自分のスマホで撮影し、若い刑事に言った。

 「江井さん、鑑識へ」

 米野に言われて、すぐに鑑識を呼びに部屋を出た江井刑事を見送った六品警部が米野に言う。

 「被害者の親しい人物を当たれ!急ぐんだ」

 「はい」

 六品警部は、すぐさま行動に移る米野の後ろ姿を、頼もしげに見つめた。

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 被害者の事務所社長 入江の証言。

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 「アイツは、いつかああなると思っていたよ」

 事務所の応接室のソファーにふんぞり反って話し出した。

 「マジシャンとしてはまだまだだが、あの見た目だろ?人気は高かったよ……特に、アンタみたいな若い女には」

 対面の米野をニヤニヤと見つめる入江に、不快感を抱いた江井が、眉をひそめて切り出す。

 「それで、金成さんに殺意を持つ人間は?」

 「どうだろうなぁ……」

 あっけらかんと答える入江に米野が無表情で突め寄る。

 「それは誰ですか?」

 色の白い顔で表情がないと迫力があるのか、入江は視線を外しながら立ち上がる。

 「あぁ……それなら……」

 入江は事務所の内線電話で誰かを呼びつけた。

 少しして、応接室に女が入ってくる。

 「金成のマネージャーの須羽田(すはだ)だ。コイツに訊くといい」

 入江に紹介された女は、深々と礼をした。

 「マネージャーの須羽田です」

 一見して地味な印象の須羽田に米野は訊ねた。

 「お話を聴かせて頂けますか?」

 やや緊張している須羽田が頷くと、入江が話を割った。

 「じゃあ、俺は用済みだな」

 スッと立ち上がり、部屋を出ようとする入江に、江井が声をかける。

 「今日の午前9時頃、どちらにいましたか?」

 江井の問いに不機嫌を露にした入江が、江井を睨み付ける。

 「寝てたよ!!今日は休みだったんだ!!」

 気分を害する気持ちも分かるが、関係者全員に訊くことくらい、ドラマで見たことくらいあるだろう。

 そう言いたい気持ちを抑えて江井が続ける。

 「それを証明する人はいますか?」

 この問いがさらに入江の逆鱗に触れる。

 「俺は独り身なんだ!!そんな奴はいねぇよ!!」

 そう言って、入江は部屋を出ていき、乱暴にドアを閉めた。

 「すみません……」

 申し訳なさそうに須羽田が頭を下げると、江井はニコリと笑いながら恐縮した。

 「いえいえ……よくあることですから」

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 被害者のマネージャー 須羽田の証言。

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 「それでなんですが、金成さんと親しい間にあった方で、揉めていたようなことはありませんでしたか?」

 米野の問いに、少し考えてから須羽田が口を開く。

 「そうですね……確かにモテる方でしたから、女性となるとアレですが……強いて挙げるなら……」

 言いにくそうに話す須羽田に痺れを切らせた江井が突っ込む。

 「何でも構いませんから話してください」

 江井に言われて、須羽田は渋々口を割った。

 「先日、金成さんが振った女性がいました。陣野香織と言う女性です」

 「陣野さん……どんな方ですか?」

 米野がメモを取りながら須羽田に訊ねると、言い澱みつつ切り出した。

 「金成さんが有名になる前からの付き合いの方です……結婚を意識されていたとか、いないとか……」

 「なるほど……」

 江井が頷きながらメモを取っていると、米野が手帳から顔を上げる。

 「ちなみにあなたは午前9時頃、どちらにいました?」

 米野のあくまで形式的な質問だと言わんばかりのトーンに、須羽田は少し困ったような顔をして答えた。

 「実は、別の事務所に行っていました」

 須羽田の想定外の答えに、一瞬、米野の眉が動く。

 「何故ですか?」

 当然の問いに、須羽田は小声で囁くように返した。

 「金成さんと私は別の事務所に移籍する予定なんです……そこの社長さんに会いに行っていました」

 「アポはあったんですか?」

 「はい……でも、私は早めに着いてしまって」

 苦笑する須羽田を米野はジッと見つめて言う。

 「そうでしたか……そう言えば」

 何かを思い出したかのように、米野が薄い笑みを浮かべた。

 「あなたも女性ですからお訊きします。金成さんをどう思いますか?」

 予想外の質問に驚く江井を他所に、須羽田は含みのある笑顔で答える。

 「金成さんは素敵な方でしたよ。じゃなきゃ、マネージャーなんて勤まりません。それに……」

 「それに?」

 脊髄反射的に相槌を打つ米野を見て、須羽田は口角を緩く上げた。

 「私みたいな寝暗な女じゃ、金成さんには釣り合いませんよ」

 須羽田の自虐的な言葉に、二人の刑事は否定も肯定も出来ず、ただ黙るしかなかった。

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 被害者の元交際相手 陣野の証言。

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 「彼とはもう終わったことです」

 茶色に染まった長い髪を掻き上げ、女は言った。

 「あんな軽薄な男、私の方から棄ててやったんですよ!」

 綺麗に整頓された部屋に通された刑事たちは、こじんまりしたリビングのカーペットの上に座った。

 女の独り暮らしの部屋には、質素な匂いのする家具が並んでいた。

 部屋着であろうくたびれたトレーナーにスウェットという、ラフな格好に身を包んだ彼女を見つめて、米野が口を開いた。

 「いつですか?」

 淡々とした米野の口調に臆することなく、陣野は答えた。

 「2ヶ月くらい前です」

 そう答えた彼女から目を放し、米野は周りを見渡して言う。

 「……愛してらしたんですね」

 米野の口から飛び出した言葉が、陣野の心を撃ち抜いた。

 「もう……終わったんです……彼とは……」

 そう言って、顔を覆い隠す陣野の肩は震えていた。

 米野はサイドボードの上に飾られた数点のフォトスタンドから、一つを手に取って眺める。

 米野は写真に写る幸せそうな二人のカップルを一瞥して、陣野に手渡した。

 「何ヵ月ですか?」

 重ねて訊く米野を、江井が制して言う。

 「2ヶ月だって言ってたじゃないですか」

 古傷を抉るような米野に怒りを感じた江井が陣野に代わって答えたが、陣野はクスリと笑って米野を見返す。

 「やっぱり女の人には分かるんですね」

 陣野の言葉に首を傾げる江井を嘲笑うように、陣野は続けた。

 「3ヶ月です……」

 ますます分からない江井に、米野が解答を示した。

 「これは別れる直前に撮られた写真だと思いますが、ヒールの高かった靴がパンプスに替わっているでしょう?彼女は妊娠しています」

 江井は驚きのあまり、息を飲んだ。

 「お産みになられるようですね?」

 「……えぇ」

 静かな声で答える陣野に、米野は表情を変えずに訊く。

 「本日、午前9時頃は何をされてましたか?」

 米野の機械的で冷淡な口調にも、極めて冷静に陣野が言う。

 「ここにいました……私は母親になるんです。人なんか殺せません」

 「それはどうでしょうか」

 感情のない声で、米野は言う。

 「母親だからこそ……そんなケースもありますから」

 数々の事件に関わってきたからこその言葉だろうが、米野のポリシーが垣間見える言葉だった。

 「あなたにも、そんな経験があるんですか?人を殺したいほど愛した経験が……」

 陣野の挑発的な言葉に米野も事務的に応戦する。

 「どうあれ、人を殺す理由は誰でも持つ……ということです。妊婦だからだとか、母親だからなんて理由では、被疑者から外れないと私は言っているんですよ」

 捜査に私的感情は一切入れない米野らしい毅然とした態度に、陣野は嘲笑にも似た笑いを浮かべた。

 「面白い人……刑事さんって……」

 静かな女の闘いを肌で感じた江井は、身震いしそうな悪寒が背筋に走るのを禁じ得なかった。

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 ライバル事務所社長 岸間の証言。

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 「あぁ、そのことね」

 社長としては若い感じの精悍な男が、にこやかに言った。

 「確かに、そんな話があったね」

 そう言って、岸間は刑事たちの対面に座る。

 「正確には、向こうがウチに売り込んできたんだけどね」

 その言葉に、江井が食らいついた。

 「どういうことですか?」

 江井の反応に、岸間は爽やかに答えた。

 「今の所よりも良い条件で移籍したいってきたんだ。ウチとしてはそこそこ人気もあるし、構わなかったんだけど、移籍にはマネージャー込みでってことで二の足を踏んでてさ」

 米野の眼が光った。

 「つまり、移籍話は向こうから来たということですか?」

 「そうだよ。あの須羽田ってマネージャーから……食えない女だよ?アレは」

 ニヤニヤしながら話す岸間に、さらに米野が突っ込む。

 「それで、どうなりました?」

 「ウチはマネージャーは余ってるから彼女は要らないって断ってたんだけど、それからは平行線でさ」

 米野は訝しく手帳に目を落としながら思慮にふける。

 「そのことで、今朝も彼女が来てたね……すぐに帰ったけど」

 「何て返事をしたんですか?」

 江井が話に捻り込む。

 「答えは同じさ。それですぐに帰っていったよ」

 江井は溜め息を吐いて、背もたれに体を預けた。

 「……形式的な質問をさせてください。午前9時頃、あなたはどちらにいましたか?」

 江井が岸間に問う。

 「あぁ、アリバイね。残念ながら証人はいないけど、自宅にいたよ」

 屈託ない顔の岸間に見送られて、事務所を出た所で米野のスマホが鳴る。

 「はい、米野です」

電話の向こうからは快活な女性の声がした。

 「わたしだけど、トランプの血液は被害者本人の物と一致したわ」

 「そうですか……ありがとうございます」

 米野が淡白に通話を終えると、江井は頭を掻きながら溜め息を一つ吐いて言った。

 「結局、被疑者は絞れませんでしたね」

 困り顔の江井に、米野が機械的に返す。

 「いえ、犯人が分かりましたよ」

 米野はスマホを片手に持ったまま、颯爽と歩き出した。

Concrete
コメント怖い
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二度読んだのに全く分からな……(´;Д;`)
あっちむいてポイ←反射神経なし

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文殊菩薩様は降臨してくれません😰

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