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中編3
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クローゼット

新しい部屋に引っ越し、荷物の運び入れも終わったその夜に、変な物音で目を覚ました。

カリカリカリカリ

どうやら俺が眠る寝室のクローゼットの中から、この耳触りな音は聞こえてくるようだ。

それはまるで扉の内側から長い爪で引っ掻くような…

コンコンコンコン

かと思えば爪先でリズミカルにビートを刻むような…

もちろん初めはネズミかゴキ様の仕業かとも思ったけれど、その余りにも規則的で終わりのない音を聞いていると、これは生き物の仕業ではないなと確信した。

そういえば昔、自称霊感があるという女の子に聞いた事がある。

空き部屋には霊が溜まりやすい。霊も生前はやはり人間なので彷徨っているうちに居心地の良い落ち着ける住処を見つければ、そこに溜まるのだとか。

そこに新しい住人などが越してきたりすると、このように壁を叩いたり、階段を踏みしめたりして「私が先に住んでいますから、出て行ってください」と、霊の自己アピールが始まる。

でも、だいたいは気のせいだとか、家なりだとかで片付られてしまうので、一週間もすれば霊は諦めて出て行ってしまう。だから、気にしないで眠るのが一番、そのうちに治る。たしか友人はそう言っていた。

カリカリカリカリ

コンコンコンコン

カリカリカリカリ

コンコンコンコン

俺は友人のその言葉を信じて眠りに徹したのだが、この音は三日間毎日、朝方まで続いた。

そして四日目の夜、風呂から上がってベッドでうとうとし始めた頃に、また例の嫌がらせが始まった。

カリカリカリカリ

コンコンコンコン

でももう四日目ともなれば俺も慣れてしまっていて、はっきりいって怖いなんて感情は微塵もなく、逆にこの音を聞いていると安心して深い眠りに落ちて行けそうだった。ある種、子守唄みたいな感覚になっていたと思う。

カリカリカリカリ

コンコンコンコン

でも、その夜は少し違っていた。

薄目を開けてクローゼットを見たら暗闇の中、扉が半分くらいまで開いていた。

その瞬間、俺は金縛りに遭い、そこから目が離せなくなってしまった。

どこからか低いサイレンのような不気味な音も近付いてきて、もうあの小さな嫌がらせ音は聞こえない。

クローゼットを見つめていると不意に中から女が出てきた。まるでビデオのコマ送りのような、カクカクと気持ち悪い動きで女は俺のベッドの足元に立った。

女の顔は暗闇で分かりづらいが、口がモゴモゴと動いているのが分かる。手には赤ん坊を抱いていた。

暫くすると、女の声がサイレンの音に紛れて少しづつ、少しづつ、聴き取れるようになってきた。

出ていけ出ていけ出ていけ

出ていけ出ていけ出ていけ

出ていけ出ていけ出ていけ

そう繰り返しながら女はあろう事か、自分の抱いていた赤ん坊を俺に向かって投げつけてきた。

丁度その瞬間、俺の意識はブッツリと途切れ、朝になってようやく目を覚ました。

俺は急いでその日のうちに不動産屋に連絡を取り、この部屋を解約… は、しなかった。だいたい引っ越したばかりでそんな金の余裕はない。

幸い、次の夜からはクローゼットの音も止んで、あの女が部屋に現れる事もなかった。恐らく俺が思うに、あんな脅しを受けてまでも引っ越さない俺に根負けして、女の方が諦めて出て行ってくれたものだと思われ…

あれから三カ月。俺は今もその寝室で寝ているが、最近、会社の同僚や友人からよく言われる言葉がある。

「やつれたね」

「ちゃんとメシくってる?」

「あっ!生きてる。死んでんのかと思ったよ」

俺には実感はないが周りの反応が少し怖いため、不本意ながら次の休みに寺か神社にでも行って見てもらおうと思っている。

Concrete
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