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ママが作ってくれるハンバーグはとってもおいしいけど付け合わせのにんじんとピーマンの炒め物は嫌いなんだ。
サラダも嫌いだし、野菜が全部ダメ。
野菜なんか美味しくない。
だからいつも残している。
毎回怒られるけど、毎回口に無理やりスプーンに入れたにんじんとか持ってこられたりするけど、僕は頑なに唇を開かなかった。
ママは、諦めたようにそれをするのをやめて、しばらくは残してもなーんにも言われなかった。
それからある日、ママが神妙な面持ちで廊下で話しかけてきた。
「話があるの」
僕は、「いまから?眠いよ」と、もう寝ようとしてベッドの中にいってたんだけど、電気もつけずにママは部屋に入ってきた。
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「あのね」
「知り合いの話なんだけど…」
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私の知り合いのお母さんのお子さんで、Aちゃんがいたのね。
ある日、Aちゃんは長期入院することになったの。入院の理由は、誰も知らなくて、みんな心配してたんだけど、あるとき、電話で、そのお母さんは、入院する経緯を話してくれたの。
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Aちゃんは、とっても野菜が嫌いでね、
野菜だけは絶対に食べない子だったの。
学校給食でも、お家でもね。
手を焼いていたらしいわ。
Aちゃんは、特にキノコやアスパラやほうれん草が苦手だったらしいの。
それで、あるときAちゃんが妙なことを言い出すようになったの。
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「寝る前に、キノコと、アスパラと、ほうれん草が、行進してきて、私の周りで踊っているの」
お母さんは、そのときは、苦手な食べ物がとうとうそんな夢まで見させたのねとわらっていたらしいわ。
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それから1週間が経って、またAちゃんが変なことを言い出したの。
「背中がかゆい!」
それだけなら、別に変じゃないわ。
だけど、無性に背中をどうにかして掻こうとするの。でも、背中には引っ掻き跡以外はなーんにもないの。
Aちゃんはお母さんと皮膚科に行ったけど、なんも異常ありませんって言われた。
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けど、3日後、Aちゃんの
「うわぁぁぁぁぁ!」という悲鳴でお母さんは目が覚めたらしいのね。
慌ててAちゃんの部屋に行くと、
大鏡の前で背中を向けて、泣いているAちゃんがいる。
「どうしたのよ」とお母さんが聞くと、
Aちゃんは、「キノコがぁぁっ!」と言う。
そう、Aちゃんの背中には無数のキノコが生えていたの。
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それからはトントン拍子で、痒いところがあると、Aちゃんの身体に野菜が生えるようになったわ。
指はアスパラガスに、髪の毛はほうれん草になって、背中のキノコもどんどん成長する。
Aちゃんは、おっきな病院に診てもらったけど、治療法もわからず、そのまま緑色や薄茶色に染まっていったらしいの。
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それで、あるとき、急に指のアスパラガスが消えて、ちゃんと指に戻ったの。それからキノコも、ほうれん草もなくなった。
最初なんでだろうって病院の人たちも、首をひねっていたんだけど、ある法則に気づいたの。
病院内にいた、偏食気味の、特に野菜が嫌いな男の子が、初めてアスパラガスを食べたらしかった日、Aちゃんのアスパラガスはなくなった、と。
そう、誰かはわからないけど、偏食気味な子がAちゃんが苦手な食べ物を克服したときに、Aちゃんは治ったの。
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だけど、またAちゃんは、繰り返しアスパラガスやらキノコやらほうれん草やらに悩まされた。
Aちゃんが、思い切って食べたらいい話なんだけど…。
でも、それだけ、その野菜が嫌いな子がいるのね…。
Aちゃんだけじゃなくて、報告されてないだけで、実は、もっと患者はいるかもしれないのよ。
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僕は、恐ろしくなって、ひどくガクガクと身体を震わせ、「ママァ…」と泣いた。
ママは、「誰かさんも気をつけてね」と言って立ち去っていってしまった。
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それから僕は、人が変わったように、野菜をモリモリ食べるようになった。
おかわりもしたんだよ。
えらいねって褒められた。
僕もやればできるんだね。
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「あら、ちょっと!鯖の煮付け、ほとんど残してるじゃない!」
でも、僕、お魚も苦手なんだ…。
ママに怒られてばっかり。
だって、臭いんだもん…。
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変な夢を最近みるんだ。覚えてないんだけど、なんか、騒がしい感じで…。
ああ、
なんだか、背中が痒くなってきたなぁ…。
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作者奈加