大好きなパパ、ママへ
私はいま、佐藤酒屋さんのおうちにいます。
ここはちょっと暗いんだけど、木の柱がいっぱいあって、奥には小さな窓があって、そこからお外が見えて、私のおうちも見えます。
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なんでこんなとこにいるかというと、それはね、ずっと前のことなんだけど、おうちの前でしゃがんで道にチョークでお絵描きしていると、急に目の前が暗くなったの。
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あれ?と見上げると、「酒」と書かれた汚れた前掛けをした佐藤のおじちゃんがいつものニコニコ顔で私の顔を見てて、おじちゃんは子供会の会長さんで、
とっても優しくて、ときどき、チョコとかもくれたりするんだ。
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「道なんかに落書きしたらダメだよ」
って言うから、私思わずチョークを赤いワンピースのポケットに隠して、おうちに帰ろうとしたの。
そしたら、おじちゃんが、
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「お彼岸のぼた餅あるから、一緒に食べようよ」
と、優しく笑うの。
私、学校から帰ったばかりで、ママもいなくて、テーブルの上におやつも置いてなくて、お腹も空いていたから、「うん!」って言って、おじちゃんの背中に付いていった。
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ガラス戸をガラガラリと開けて、お酒がいっぱい並んでいる棚を通り過ぎたら、木のカウンターがあって、その向こうには、小さな白髪頭のおばあちゃんが、お人形さんのようにチョコンと座っていた。
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「こんばんは」って挨拶したけど、何にも言わずに、皺だらけの顔で微笑みながら何回も頷いている。
私それがロボットみたいで、なんだか可笑しくて。
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おばあちゃんの後ろ側にはカーテンが下がっていて、おじちゃんがサーッと開けたら、そこには小さなお部屋があるの。
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真ん中に炬燵があって、テーブルの上のかごにはおミカンが入っていたよ。
そこに座っていたら、おじちゃん、奥の方からコカコーラを持ってきてくれて「喉渇いたろ」と言って、
私の前に置いてくれたから、私、ゴクゴクと飲んだの。
そしたらね、なんか眠くなっちゃって、我慢出来なくて、横になった。
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目が覚めたら、そこは暗くて、カビ臭くて、見上げると、天井に丸い電球がぶら下がっていて。
なんか怖くて、「おじちゃん!」って、叫んだら、おじちゃんの髭だらけの顔だけが、床からぴょこんと生えてきたから、びっくりしてたら、
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「パパとママは遠いところに旅行に行っちゃったから、これからは、ここで暮らすんだよ。
お友達もいるから、寂しくないからね」
って、言うの。
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それで見回してみたら、奥の小さな窓の傍に、学校の体操服を着た、私と同じくらいの女の子が膝を抱えて座っているの。
お話ししてたら、私と同じ小学校の子で、名前はヒナちゃんって言うらしいんだけど、
その子もパパママが旅行に行っちゃったから、ここにいるみたいで。
まだ一年生で、すぐメソメソ泣くんだ。
……
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ここでの生活は楽しいんだけど、嫌なことも何個かあるんだ。
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それは夜になると、おじちゃんが赤い顔をして上がってきて、私とヒナちゃんに、フリルの付いた白いドレスを渡して「これを着なさい」と言うから、着替えると、今度は「何か歌を歌いなさい」って、真っ赤な顔をニヤニヤしながら言うの。
しょうがないから歌っていると、「もっと、ちゃんと歌え」って今度はいきなり怒鳴るの。
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それと、たまにはお外で遊びたいって言うと、お外には恐ろしい鬼がうろうろしているから、ダメだって言われて、大丈夫だよって言ったら、黙れ!って、
私もヒナちゃんもほっぺをいっぱい叩かれて、二人で窓際に座って、シクシク泣いてたんだ。
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これは、ある日のことだったんだけど、朝から雨がザーザーと降ってて、夕方くらいには、ピカッと光ったり、ドドドーンって、凄い音がして窓がビリビリ揺れたりして、もう怖くて怖くて、私、ヒナちゃんと二人、部屋の隅で震えていたの。
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夜になったら、ますますひどくなって、とうとう、ヒナちゃん大声で泣き出したんだ。
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「ママー!パパー!」って。
それが、ずっと続いたから、おじちゃんが怖い顔をして上がってきて、ヒナちゃんの前に立つと、「うるさい!黙れ!」
って、怒鳴るの。
それでも、ヒナちゃん泣き止まないから、おじちゃん、とうとうヒナちゃんの手を引っ張って、下に連れて行っちゃったんだ。
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朝になっても、ヒナちゃん、帰ってこなくて。
おじちゃんに聞いたら、
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あの子は悪い子だから、鬼の住むところに連れて行った。
そこはとっても怖いところで、人間は頭から食べられちゃうんだ。
〇〇ちゃんも悪い子にしてると、連れて行くからねって言うの。
私、食べられるのは嫌だから、それからは良い子にしてるよ。
でも、あまり寂しい夜とかは、一人窓際でシクシク泣いてる。
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ある夜、おじちゃんに怒られて、泣いてると、窓際に誰か立ってたの。
よく見たら、それは、ヒナちゃんで、
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「ヒナちゃん!」
って呼んだら、ニッコリ笑うと、
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「私はお空の上で元気にしているから、〇〇ちゃんも元気でね」
って言って、スーッと消えた。
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ママ、パパ、まだ帰ってこないのかな?
私、お家に帰りたいな。
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ママのハンバーグ食べたいなぁ。
パパとまた動物園行きたいなぁ。
タロウのご飯は誰があげてるのかなぁ。
もう、道に落書きなんか絶対しない。
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約束するから、早く迎えに来て。
作者ねこじろう
日本では毎年、多くの人間が忽然と消えているそうです。その中にはもちろん、小さな子供も含まれていて、今も見つからない子もたくさんいます。
意外と犯人は、表向きは善意の人物と呼ばれている人かもしれませんよ。