中編5
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追い越す者

最近、寒さも和らぎ、晴れの日が多くなってきました。

穏やかな日射しが降り注ぐ日は、車で移動するよりも、徒歩で風景を見ながら、歩く方が私は好きです。

体調も悪くなかったので、暖かな陽気に誘われるように、近場のコンビニに行くことにしました。

閑静な住宅街を抜けて、大通りに出ました。

適度な車通りがあり、歩いている人もいれば、自転車に乗る人もいました。

「今日は、この道を真っ直ぐ行こう」

私はこの先にある、歩いて片道20分程のコンビニに行くことにしました。

少しでも暖かな日射しを堪能するため、いつもより遠めのコンビニにしました。

暖かな日射しと、春の訪れを予感させる風景を、堪能しながら歩いていましたが、コンビニには意外と早くに着いてしまい、買った物を手に持ちながら、私は再び歩いていました。

先程まで、私の他に歩いている人がいましたが、今はたまに、車や自転車が通るだけになりました。

暖かな陽気の中、私一人の靴音が寂しく響いています。

自分の足音を聞きながら、風景を見ていましたが、少し飽きてきました。

前を向いていた視線を下に落とし、足元を見るような感じに歩いていました。

しばらくそんな風に歩いていると、

「ペタペタ」

自分の後方からの足音に気がつきました。

「ゆっくり歩いていたし、誰かが追いついてきたのかな」

そんな事を思いながら、私は歩き続けました。

「ペタペタ」

足音は先程より近くなり、追い越すものかと思われました。

私は追い越しやすいよう、なるべく隅に寄り、歩きます。

しかし、追い越す事はなく、足音は今だに後方から聞こえてきます。

「ペタペタ」

「ペタペタ」

私の足音と後方からの足音だけが、響いています。

私は、追い越さない事を不思議に思いながらも、歩き続けていました。

そして、歩き続けている内に、信号機付きの交差点が見えてきました。

丁度、赤信号だったので、交差点に近づきすぎない所で、私は止まりました。

私が止まった事で、後方の足音も止まりました。

「歩きながらの追い越しは難しかったのだろう。今なら追い越すチャンスだよ」

私はそんな事を思いましたが、後方から動く気配も、足元も聞こえません。

「なんで追い越さないの?」

そんな疑問が浮かんだとき、信号が青に変わりました。

このまま私が歩き出せば、先程の状態が、暫く続くことになりそうです。

「それなら…」

と、私は歩き出しませんでした。

いつまでも歩き出さない私に、痺れを切らしたのか、後方で動く気配がしました。

私の側を、黒のスウェットを着た男性が通りすぎました。

「これで歩きやすくなる」

安心した私は、男性とある程度距離を取ってから、歩き出しました。

距離を保ちつつ暫く歩いた後、私は家に帰るべく、道を曲がりました。

男性は、まだ真っ直ぐ行くつもりらしく、当然ながら此方には目を向けずに、歩いて行きました。

別の日。

私は郵便局に行くために、歩いていました。

その日も見事な晴天で、楽しく散策しながら歩いていました。

郵便局で無事に用事を済ませ、昨日とは違う、住宅街の大通りを歩きます。

桜の木に今にも咲きそうな蕾を見つけ、

「そろそろ、咲くかな」

などと、呑気に考えながら歩いていると、

「ペタペタ」

私の後方から足音が近づいて来ました。

「まだゆっくり歩きたいし、道を譲ろう」

そう思った私は、道の隅に寄りました。

すると、私の側を黒のスウェットを着た男性が、通りすぎました。

「この間、見た人と似てるな」

ふと、そんな事を思いました。

あまり詳しく見ていなかったので、髪型はショートだった事位しか分かりませんが、印象に残っている、黒のスウェットは一緒でした。

「でも、同じ人とは限らないよね。黒のスウェットなら、誰でも持ってそうだし」

そう考えながら、私は歩き始めました。

「ペタペタ」

「ペタペタ」

男性と私の足音が響きます。

やがて、家に帰るため、私は道を曲がりました。

男性は昨日と同様に、まだ真っ直ぐ歩いていました。

「似たような人を続けて見て、驚いたけど、もう会うことはないだろう」

私はそう思い、家に帰りました。

また、別の日。

その日は仕事が忙しく、帰る時には、夜になっていました。

午後11時頃。

昼間はある程度、車と共に人通りがある道ですが、夜になると、ほとんどなく、とても静かになります。

たまに、会社員とすれ違う事はありますが、その日は遅かったため、人は見当たりませんでした。

「早く帰らないと」

そう思った私は、いつも通る大通りではなく、近道だが砂利道で、足場が悪い小道を行く事にしました。

「ジャリッジャリ」

夜の住宅街に、私一人の足音が響きます。

自分の足音を聞きながら、

「今日は疲れたな」

「明日は何からやろうかな」

と、呑気に考えていました。

「とにかく、帰ったらすぐに寝たい」

そんな事を思いながら、歩いていると、

「ジャリッジャリ」

「ジャリッジャリ」

急に私の近くで、別の足音がしました。

この砂利道は、大通り同士を繋ぐ、細長い一本道で、途中で他の道と合流する事はありません。

周りは住宅の高い塀で囲まれているため、途中から入る事は、まず無理なはずです。

なので、砂利道の真ん中辺りを歩いている私の側で、他の足音はしないはずです。

「ジャリッジャリ」

「ジャリッジャリ」

しかし、足音は私のすぐ後方から、響いてきます。

猫かとも考えましたが、足音からして、小動物の軽い足音ではなく、私と同等、またはそれ以上の重さのある足音である事が分かりました。

「不審者かもしれない。もしそうだったら、今の状態は危ない」

私は思いきって振り返る事にしました。

逃げきれる自信はなかったので、スマホを取り出し、緊急連絡を出して、せめて証拠を残そうとしました。

「ジャリッジャリ」

「ジャリッジャリ」

今だに響く、後方からの足音。

深呼吸をして、私は思いきって振り返りました。

「ジャリ」

すると、私が振り返ったと同時に、足音が掻き消えました。

そして、私の後ろには、何も誰もいませんでした。

注意深く、辺りを見回しましたが、何も見えませんでした。

安心と不安が半分づつのまま、また歩きだそうと、前方へ向き直ろうとした時、

「ジャリッジャリ」

後方から聞こえていた足音が、前方から聞こえてきました。

すぐに前方に向き直ると、青白い街灯に照され、黒のスウェットを着た男性の後ろ姿が見えました。

様々な考えが一瞬でぶっ飛び、気がついたら身体が動いていました。

私は、もと来た道を全速力で戻り、大通りに出て、家の玄関前まで、走り続けました。

「はぁ…」

家に入ると、今までの疲れが押し寄せてきました。

リビングにたどり着き、倒れ込むように椅子に座りました。

あの男性は、一体何者なのか。

何を伝えたかったのか。

分かりませんが、

もし、追い越す事を妨害したり、男性に追いついてしまったら、どうなっていたのでしょうか。

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