私が中学生の頃、こんな話が急に流行りだした。
夢の中で、自分の家の前に居たら、そこが始まり。
ただし、自分の思い通りに身体を動かせないといけない。
その二点を満たしていたら、玄関から家に入り、家の中を隈無く、歩き回る。
順序は決まっておらず、好きに回っていいらしい。
そして、全て回り終えたら、玄関に戻り、家から出る。
それで終わり。
今思っても、なんとも不思議な話である。
家から出れたら、幸せになれるとか、そんな事はなく、ただ家から出るという、つまらないものだった。
「肝試しみたいなものじゃない?」
私の友人が言った。
「ほら、たしか家に入っている間は、誰かに見つかっちゃ駄目とか、度胸試しみたいな感じ」
「なるほど」
私はそう言いながら、その話の最後の決まりを思い出していた。
友人の言う通り、夢の中の家では、誰かに会ったり、話しかけたりしてはいけない事になっていた。
「なんで、そんな決まりがあるんだろ?」
私と友人は考えたが、結局答えは出なかった。
夢の中の家の話は、瞬く間に学校中に広がった。
「隣のクラスの子が、夢の中に家が出てきたんだって」
「私、夢に家が出てきたけど、身体が動かずに覚めちゃった」
「俺なんか、身体動いたのに、玄関開けたら妹居て、アウト」
夢の話が有名になり、周りで頻繁に話していたせいか、夢に家が出てくる人が増えてきた。
大体は身体が動かずに、目が覚める、又は、家族に会って目が覚めるなどが多かった。
だが、たまに、
「夢の家の中で、知らない人に追いかけられた」
という人もいた。
私の友人の中にも、そう言っていた人がいた。
「家を歩き回っていたら、後ろから、大声を上げた男の人が追いかけてきた」
驚いた事で、友人は目が覚め、逃れる事が出来たらしい。
「とても怖かった。セラも気をつけて」
友人はそう言っていたが、私は気楽に考えていた。
「周りで話を聞いたから、友人は夢を見たのだろう。最近は夢の話を、ほぼ毎日聞くから、印象に残ったに違いない」
「私も夢に出てくるかもしれないが、大体は途中で目が覚めて終わりだから、友人のような怖い思いはしないだろう」
そう考え、私は内心で安心していた。
数日後に恐怖が訪れる事を、その時の私は知らなかった。
「さて、寝るか」
明日の支度を終えた私は、眠ろうとベッドに入り込んだ。
ふかふかの布団に包まれ、寝入るまで、然程時間は掛からなかった。
「ドーーーン!」
という音で目を開けた。
曇天の空と、見慣れた我が家が視界に入った。
「ゴロゴロゴロ」
と空から雷鳴の音が聞こえていた。
「足が冷たい。それに砂っぽいな」
と思い、足元に目を向けると、自分が裸足である事と、寝間着姿である事が分かった。
「何これ」
そんな疑問を言った時、腕にポツリと何かがあたった。
数滴の雫が腕を伝い、落ちた。
「雨だ」
と思い、慌てて家の中に入った。
「ザァー」
と外はたちまち、どしゃ降りの雨となった。
「危なかった」
と言いながら、私は雨粒を払い落とし、いつもの癖で、玄関の戸を閉めた。
天気が良くない事も相まって、家の中は暗かった。
足に付いた砂を落とし、電気のスイッチに手を伸ばす。
「カチッ」
と音はしたが、電気が点く事はなかった。
「電球切れかな」
私は仕方なく、暗い家に入った。
目の前には二つの分かれ道がある。
一方の道は、親の部屋へと繋がっている。
もう一方は、キッチンや風呂場など、家族の生活空間へと繋がっていた。
取り敢えず、キッチンへと向かうべく、そっちの方の道へ向きを変え、歩いた。
廊下の途中で、私の部屋へと続く階段があるが、今はその前を通り、キッチンへと入った。
キッチンとそれに続くようにある、リビングも相変わらず暗かった。
電気を点けようとしたが、玄関同様、点く事はなかった。
薄暗い部屋を、たまに稲光が照す様は、不気味だった。
雷の音に若干怯えながら、ふと思う。
「私、寝たよね?これは夢なんだよね?夢にしては妙にリアルな気がする。手足の感覚とか、現実のように感じる」
そんな事を思いながら、部屋の中を歩いていく。
キッチン、リビング、風呂場、親の部屋と一階にある部屋は全て回り終えた。
人には会っていない。
残すは、二階のみ。
「夢の中の家」
ふと自らの口から漏れた言葉に、はっと驚いた。
今まで無心のように、部屋を回っており、「夢の中の家」の話をまったく思い出していなかった。
「今の自分は、夢を見ていて、そして家にいる」
その事に気づいてしまった時、私は怖くなった。
階段に向かっていた足を玄関に向け、走り出した。
玄関の戸に手をかけたが、戸は開かない。
鍵は掛かっていないのに、なぜか戸は少しも動かなかった。
部屋の窓も同様に開かなかった。
「二階へ行け」
と家に言われているような、そんな気がした。
二階に行く以外の退路を奪われた私は、階段を上った。
上がりきると、左右に分かれた、廊下があった。
左は兄の部屋、右は私の部屋へと繋がっている。
ガラス張りの窓から、外が見えた。
当然、開くことはなかった。
「外に出たい」
そう思いながら、兄の部屋へと向かった。
ドアを開け部屋に入るが、少し散らかった部屋に人はいなかった。
「あとは自分の部屋に行くだけ」
兄の部屋を出て、自分の部屋に向けて歩きだした。一階に降りる階段の前を通りすぎた頃、
「トンットンッ」
と誰かが階段を上る足音が聞こえた。
「誰だろう」
と思う間もなく、
「トトトトトトトンッ」
階段をかけ上がる音に変わった。
「怖い」
私は廊下の途中にある、押入れの中に逃げ込んだ。
押入れの戸を閉めるのと、誰かが階段を上りきったのは同時だった。
「ギシッギシ」
と床が軋み、何者かが歩く音が、私が入る押入れの前を通り、私の部屋の前で止まった。
すると、また押入れの前を通り、兄の部屋の前で止まる。
何度も往復する誰か。
「ギシッギシ」
という足音が押入れの前を通るたびに、私はひやひやした。
心臓が早鐘を打ち、冷たい汗が体を伝った。
いつまでも、押入れにいる事は出来そうになかった。
足音が兄の部屋に向かったのを聞き、私は押入れから飛び出した。
背中に視線を感じたが、振り向いている暇はない。
「ぅおおおおぉぉぉ」
男性の雄叫びのような声が家中に響いた。
私は部屋に飛び込み、窓に手をかけた。
「開かないかもしれない」
という心配を余所に、窓は呆気なく開いた。
窓によじ登り、屋根瓦の上を慎重に歩く。
只でさえ歩きにくい瓦だが、雨で濡れている事で、さらに滑りやすく、歩きにくかった。
「庭にある木に掴まりながらなら、降りられるかもしれない」
と考えた私は、屋根の縁を歩きながら、庭にある木を目指した。
だんだん木に近づいてきて、
「あと、もう少し」
と思ったとき、ズルッと片足が滑る感覚を感じた。
一瞬の事に為す術もなく、屋根の縁から滑り落ち、身体が浮遊感に包まれた。
「落ちる」
反射的に伸ばした手が、何かを掴んだ。
庭に植えられた木の枝だった。
「バキバキッ」
と木の枝が折れていく。
段々と、これから叩きつけられる地面が迫ってくる。
怖くなった私は、目を瞑った。
すると、木の枝を掴んでいた腕にピリッとした、鋭い痛みが走った。
木の枝が刺さったのか、引っ掛かったのか。
「痛い!」
私は叫ぶと共に、目を開けた。
すると、身体を包む浮遊感も、迫り来る地面もなく、かわりに、暖かな布団に包まれる感覚と、見慣れた部屋の天井が視界に入った。
ガバッと起き上がると、腕に鋭い痛みが走った。
痛みを覚えた腕に触れると、生暖かい液体のようなものが、手に付いた。
恐る恐る腕を見ると、何かが刺さったり引っ掻いたような傷、そして、血が溢れていた。
作者セラ
今でも分からない、ミステリーです。
小学生や中学生時代は、いろんな噂が流れていたので、楽しかった反面、怖いこともありました。
そんな噂話の一つが、今回の話です。
ちなみに、腕を血だらけにして起きると、かなり高い確率で、怒られます。
気をつけてください。
毎回ですが、誤字、脱字あったら、ごめんなさいm(__)m