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中編4
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拝んでください

私が勤めていた、会社の近くの大通りの道では、たまに交通事故が起きていたらしい。

私は目撃した事はなかったけれど、道の途中で花などが供えられているのは、何度か見たことがありました。

「そういう場所では、拝んでは駄目」

という母親からの教えがあり、私は殆ど見ることはなく、素通りしていました。

ですが、一ヶ所だけ気になる場所がありました。

会社から最も近く、入口からも見える、その場所は、電光掲示板の柱元にあります。

炭酸飲料やお菓子、そして献花が供えられていますが、私が気になっているのは、献花にありました。

どうしてかというと、献花だけが毎日変わっているからです。

遠方から勤務していた私は、朝の6時頃には、その献花の前を通ります。

まだ、あまり人通りが少ない時間なのにも関わらず、その時には献花は瑞々しい花と変わっていました。

通常夕方までの勤務で、会社にはいますが、その間に献花を変えたり、拝んだりする人は、今まで見たことがありませんでした。

会社の人に聞いた話だと、事故は数十年も前に起こったらしく、その時から今まで、花は毎日変わっているが、供えに来る人は誰も見たことがないと言う。

「よほど、早起きの人なのかもしれないな」

と皆で話し合い、気になりはしたものの、その話は終わってしまいました。

その日も、いつも通りに献花の前を通り、通勤した私は会社の入口で作業をしていました。

少し暑い位の、雲ひとつない快晴の空を時折、見上げながら、作業に没頭していると、

「ポツ、ポツ」

と、窓ガラスを叩く音に顔を上げました。

すると、あんなにも晴れていた空に雨雲が掛かり、忽ち、どしゃ降りの雨になりました。

濡れた床を拭く道具を用意したり、貸し出し用の傘を用意したりしていると、外に人の気配を感じました。

入口から辺りを見回すと、献花の前に二人、立っていました。

急な雨だったからか、傘は持っておらず、かといって雨に驚き、走り出す事もせず、二人は雨の中、只立っていました。

貸し出し用の傘を、会社以外の人に貸し出してはいけない、という決まりはなかったので、傘を二本持ち、私は二人に近づきました。

近づくと、二人の内一人は、四十代位の女性と、もう一人は二十代位の男性でした。

「宜しければ…」

そう言って傘を差し出すと、女性の方が私に気づき、微笑んだ後、傘を一本受け取りました。

男性は見向きもせずに、献花を見つめていました。

「かなり大きめの傘だし、一本あれば二人とも入る事は出来るだろう」

と私は考え、軽く会釈した後、その場を去ろうと歩き出しました。

すると、背後から

「拝んでください」

と、女性の声が聞こえました。

振り返ると、女性は私に微笑みながら

「どうぞ、拝んでやってください」

と言いました。

「拝んでは駄目」

という、母親の言葉が脳裏を過りましたが、

「拝んでください」

という、女性の懇願にも似た声を聞いたとき、私は献花の前に行き、静かに両手を合わせ、目を閉じました。

「ありがとうございます」

という、女性の声に目を開けました。

私は二人に会釈をして、会社の中に戻りました。

休憩中に、親しい人にその時の話をしたら、

「どんな人が拝んでるのか、私も見たかった」

と言われました。

後で見に行って見たけれど、もう二人は居なかったそうです。

「ただいま」

そう言ってリビングに入ると、

「お帰り」

と言い、笑顔で振り返る母親の顔が、私を見るなり、みるみる険しいものに変わりました。

「何かしてきた?」

と問いかける母親に、今日あった出来事を話すと、

「拝むなって、言ったのに」

と怒られました。

「まぁ、着いてきてはいないし、悪い感じもしないから大丈夫だと思うけど、絶対拝むな」

と再度怒られました。

それから数日経った、ある日。

いつも通り献花の前を通り、会社に着いた私は、自分宛てに届け物がある事を知りました。

取りに行くと、一本の貸し出し用の傘と、何も書かれていない白い封筒が渡されました。

昨日、会社の入口に置かれていたのを、社員が発見したらしい。

傘にメモが貼られており、

「拝んでくれた女性の方に渡してください」

と書かれていた事から、私宛てだと判明したそうだ。

きちんと畳まれた傘を片づけて、私は封筒を開けました。

二枚の紙が入っており、開くと、まず先日の謝罪と感謝の言葉が書かれていました。

「暖かい言葉を掛けていただいたにも関わらず、無視してしまい…」

と書かれていた事から、手紙は男性の方が書いてくれたものだと、わかりました。

そして、当時の事件の詳細が書かれていました。

轢き逃げ事故である事、当時二十代の女性が被害にあった事などが書かれていました。

そして、最後にもう一度、感謝の言葉が綴られていました。

「なんて親切な人達なんだろう。今度会えたら、お礼を言おう」

そんな事を考えて、二枚目の紙を捲った時、張り付くように三枚目がある事に、気がつきました。

三枚目の紙に目を通し、内容を理解したとき、私は驚きました。

「貴方は一体、誰に傘を渡し、誰と話した末、拝みに来てくれたのですか?あの場には、私と貴方以外、誰も居なかったのに」

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