1
何件かの集金をすませた事務所への帰り道で、車四台の玉突き事故をみた。
たった今起きた事故のようで、後ろ三台のボンネットからは白い煙が上がっている。その様子を目で追っていたら、追突した一番後ろの車から男が飛び降りてきて、前の車の運転手に掴みかかっていた。
変なやつ。自分がぶつけたくせに。
2
車をコインパーキングに入れて、事務所までの道を歩いていると、地べたに張り付いた猫の死骸を目にした。
腹が破れて内臓が飛び出している。車に轢かれでもしたのだろう、猫のくせに鈍臭いやつだ。
死んでいるのか気になって靴のつま先で頭を突いてみたら、急に牙をむいて靴に噛み付いてきた。よくわからないけど、猫ってこんなになっても死なないのか、随分としぶとい生き物だな。
猫の目は両方とも白濁していてとても生きてるようには見えないんだが、本当に生きてんのか?って、足を振ってみても離さないので仕方なく頭を思い切り踏み潰してやった。ゴキャっと音がしてそれきり動かなくなった。
南無。
3
当番が終わったのは翌日の午後だった。昨晩は来客やら事務所の片付けやらで忙しくてテレビもまともに見ていなかったのだが、外へ出てみたら世界は一変していた。
まず自衛隊や警察車両がやたらと目につく。あちこちから煙があがり、逃げ惑う連中の後ろからは半裸の男が追いかけている。
向かいの交差点では派手な格好をした女が地面を這っていた。しかしそこへ緊急車両が減速もせずに突っ込んできて、女を踏み潰していった。
ヘリの音にサイレンの音、悲鳴に衝突音。なんだよこれ、戦争かよ?いまここでは何が起きているんだ?
少しでも情報を得ようと辺りを見渡していたら、俺のすぐ後ろに少年が立っていた。
少年の目は昨日見た猫のように白濁していて、呼吸をするたびに口元から血がぼたぼたと滴り落ちている。服はぼろぼろだし髪も乱れに乱れている。靴も履いていない。
「おい、おまえどうしたんだよそれ?」
俺がそう言い終わる前に、少年は歯をむき出して飛びかかってきた。
4
若い頃は喧嘩だけでなく、空手や柔道でも慣らした俺だったがつい油断していた。思わぬ少年の力の強さに圧倒されて、左腕を噛まれてしまった。
締め上げてもそれでも噛んでこようとするので、仕方なく首を捻ると静かになった。たぶん死んだ。
これがバレたら十五年は食らうだろうが、その心配はなさそうだ。この街の様子からして警察もそれどころではないだろう。
俺のスマホだけでなく、そこら中から緊急を示すアラームがやかましく鳴り響いている。
さっき数人の男に噛まれて倒れていた女がむくりと起き上がった。女はキョロキョロと辺りを見渡した後、どこかへ走り去っていった。
スマホ画面には、感染だの避難だの頭部への攻撃だのと、今さらのようにダラダラと最新情報が羅列している。
さっき噛まれた俺の左腕はもう紫色に変色し、何の感覚もない。意識もだんだんと薄れてきた。
ははは、笑うぜ。これで眠っちまったら、起きた時には俺もこいつらみたいなゾンビになっているってのか?
ははは、そんなのありえねーだろ?映画の世界じゃあるまいし…
「おい橋本!逃げんぞ!」
白く濁った視界の向こうから俺を呼ぶ兄貴分の声がした。
兄貴、俺を助けにきてくれたんすね?ありがとうござイます。早く、病院ニ連れていッテぐざサイ…
「うわダメだ!こいつもヤラレちゃってるよ!」
5
マッテ… ぐざサイ…
嗚呼
混沌とする意識の中で、俺は走り去っていく兄貴分の足音を聞いていた。
了
作者ロビンⓂ︎
や、やってしまいました…ひ…
アイアムノットアヒーローとしなければならない所を、アイアムアノットヒーローと、ドヤ顔でバカ丸出しの題名にしてしまいましたよ…ぐう…
こ、こうなったら主人公が主人公なので、「敢えてワザと間違っている」というこじ付け的な裏設定で押し通していきたいと思います…ひひ…