中編4
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星不見湖。

「なんで『星不見湖(ほしみずこ)』って言うか知っているかい?」ある日、彼と二人でキャンプに来た時の事、湖を前に唐突に彼が聞いてきた。

「知らない。珍しい名前だよね?どうゆう意味なの?」

真剣な表情に変わり、彼は話した。

「いわゆる昔話みたいなものだけど…

何百年も前に、この湖の辺りには集落があって、

この湖の水は貴重な水源だった。

そして守り神として龍が祀られていたんだ。

ほら、あそこに祠があるだろ。」

彼が指差した方向に小さな祠が見えた。

建て替えらているのか、朽ちた様子は無い。

「だけどね、ある日、村人の一人が誤って龍を殺してしまったんだ。」

ふと、ひっかかり私は質問した。

「龍なんて、そんな簡単に殺せるの?」

少し口元が弛み、彼が答える。

「これは僕の推測だけどね…

龍って言ってもさ、実際は蛇だとか魚だったんだと思うんだ。本当に龍が存在していたとは思えないし。

ともかく、そんな事件があってから雨が一滴も降らず、池が枯れ果ててしまった。

この辺りは標高も高くて遮るものも無かったから、水面には満点の星が写し出されていたのに、水が枯れ、星が見えなくなったから『星不見(ほしみず)』となったとか、

水が干上がったから『干し水(ほしみず)』となった、と言われているんだ。」

妙に感心して答えた「そうなんだ~。」

と同時に疑問が…。

「でも、今はちゃんと水があるけど?」

彼が続ける…

「話には続きがあってね…

村人たちは男を責めた。

そして生け贄として、

男の幼い一人娘を差し出せと迫ったんだ。

当然ながら、男は拒否した。

母親は病で亡くなり、男手一人で育ててきた娘。

まだ四歳でかわいらしい女の子。

男の唯一の家族であり、生き甲斐だった。

そうでなくても誰が自分の子供を差し出せる?

だけど村人達も必死だ。

自分たちの命に関わる問題だったからね。

無惨にも男は村人達に殺され、

まだ幼い娘は生け贄とされ、枯れ果てた池の底に埋められた。

そのお蔭なのか、また雨が降り湖の水が戻ったんだ。」

「悲しいお話ね…。可哀想…。」

いつの間にか涙がこぼれていた。

「ごめん、ごめん!泣かすつもりじゃなかったんだけど。ただの昔話さ。

本当はまだ続きが有るんだけど、やめとく。」

「え?何で?ここまで聞いたら気になるじゃん。」

「う~ん…」

「聞・き・た・い!」

「…分かったよ。

水は戻ったんだけどね、村人たちは原因不明の病や事故で次々と亡くなっていったんだ。

男の呪いだと噂された。

村人の大半が亡くなり、

残った村人も村を捨て出ていった。」

「えぇ~。。。報われないじゃん。」

気分が落ちこんだ私を見て彼が言う。

「だからやめとくって言ったのに…。」

それからは話の事が頭から離れず気分が晴れなかったけど、一緒に焚き火をおこしたり、料理を作ったりしているうちに少し気分も晴れた。

ダッチオーブンで蒸し焼きにした丸鶏が超絶美味だったけど、二人で食べるには多かった。

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やがて日は沈み、辺りは満天の星。

湖の水面にも星が写り、幻想的だった。

「綺麗だろ?」

「凄いね、絶景。」

風一つなく、鏡のような湖。

…だったのだが、

湖の真ん中あたりから、不意に湖面が揺れたように見えた。

(え?魚かな?)

目を凝らすと何か丸いものが見える。

ヌルリと浮かび上がってきたそれは、

やがてその輪郭をあらわにした。

(女の…子…?)

「ねえ!あれ!」

慌てて彼に声をかけるが

「何?」

「あれ!湖のなか…女の子。」

「へ?なに?どこ?」

私が指差すが、彼には何も見えない様子だった。

「昼間の仕返し?」笑いながら言う。

いつの間にか私の視界からも、その姿は消えていた。

(昼間聞いた話のせいで幻を見たんだ。)

そう思う事にして、テントに入った。

彼と少し話をして、眠りについたのだけど、痛みと息苦しさに目が覚めた。

彼が馬乗りになり、わたしの首を絞めている。

初めて見る表情、目は血走り、涎を流し、ぶつぶつと何か呟いている。

「…ろ…す…こ…ろす……」

パニックになりながらも彼の手を離そうとするが、力が強く離れない。

もう駄目だ…と思った時に、息も出来ない自分の口から声が漏れた「やめて、おとう…」

私の口から出た声は、私の声では無かった。

か弱い、女の子の声。

彼は手を離し、そのまま横に倒れた。

気を失ったのか、そのまま眠っているようだ。

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眠るのが恐ろしく、

かと言って彼を起こすのも怖くて、

そのまま朝を迎えた。

「おはよう~」

「ねえ…昨日のこと、覚えてる?」

「昨日の?なに?」

「何でもない。」

彼は何も覚えてはいないようだったので、その話はしなかった。

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彼とはその後、すぐに別れてしまった。

好きだったけど、彼の顔を見る度にあの時の事を思い出してしまい辛かった。

あれから六年。

わたしは他の男性と交際し結婚、今は一児の母。

でも…。

まさか、こんなカタチで彼の名前を…姿を目にするなんて…。

『交際中の女性の首を絞めて殺害したとして、男が逮捕されました…』

彼の名前と共に連行されていく姿がテレビに映る…以前の面影はなく、虚ろな目をしていた。

(こんなこと…)

フラッシュバックのように、あの湖での事を思い出し動けなくなってしまった。

まさか、またあの湖に行ったのだろうか。

だとしたら…

何故わたしは助かったのだろう?

「ママ、どうしたの?」

娘に声をかけられ、金縛りが解けたように動けた。

「何でも無いよ、何でも…。」

四歳になった私の娘は、あの女の子に、どことなく似ている…。

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