俺は今日から彼女と同棲することになった。
本当は、もっと早くに同棲したかったのだが、俺のほうの環境が整っていなかったため、今に至った。
「ただいま。」
彼女が帰ってきた。
「お帰り。お仕事、ご苦労様。」
「本当に参っちゃうわよ、あのジジイ部長。頭がかたいったらありゃしない。」
「無能な上司を持つと大変だね。」
「あはは、ほんとほんと。コピーやメールくらい自分でやれっての。まったく。パソコンはお飾りで、日々何の仕事してるんだろうね。」
「お腹すいたでしょ?ごはんできてるよ。」
「うわ、おいしそう~。これ、君が作ったの?偉い偉い!」
俺は、こんな日常を待っていた。
ここまでくるのには、苦労した。
彼女がこの同棲に初めは難色を示していたからだ。
経済的な理由だ。俺は自分の甲斐性の無さを嘆いた。
だが、俺は、猛烈に彼女にアタックした。
そして、彼女はついに、俺との同棲を決意してくれたのだ。
自分から言い出したにも関わらず、同棲までに時間がかかった。
同棲が決まれば、彼女は早くと催促したが、なかなか環境を整えるのには時間がかかる。
しばらくは、幸せな日々が続いた。
あいつが現れるまでは。
そいつは突然訪れた。
その日は、ただいまといういつもの言葉すらなかった。
「散らかってるけど。あがって。」
「えー、ぜんぜん散らかってなんかないじゃん。俺の部屋に比べれば高級ホテルみたいだよ。」
「もー、大げさね。」
彼女が男を連れて来た。
「あなたにも紹介するわね。会社の同僚の、柴田君よ。」
「こんばんは、はじめまして。」
その男は笑顔で、俺に挨拶した。
「こんばんは。」
俺も挨拶を返したが、心は穏やかではない。
何故、その男を家に入れたんだ?
「うわー挨拶してくれた。すげー。」
柴田という男は、大げさに反応した。
俺をバカにしているのか?柴田。
「君、ご飯も作れるんだって?」
「ええ、多少。レシピは限られますが。」
「マジで?凄いなあ。」
柴田。気に食わない。
どうして彼女はこんな頭の軽そうな男を家に招いたのだろう。
「今日は、ご飯は作らなくてもいいよ。帰りにスーパーで買ってきたから。」
彼女は俺に微笑みながら、買い物袋を見せて来た。
その買い物、その男としてきたのか?
なんだかまるで夫婦きどりじゃないか。
俺の中にふつふつと怒りが湧いてきた。
俺がどんなに苦労して、君と同棲にこぎつけたと思ってるんだ。
「ねえ、これ、高かったんでしょ?」
柴田が俺を指して、言った。
これ、だと?ふざけるな。俺は、お前にこれ扱いされる覚えはない。
「うーん、最初はね、やっぱ迷ったよ?でもさあ、すごく販売店の人に押されちゃってさあ。思い切ってクレジットで買っちゃったの。」
「へえ~、名前はあるの?」
「うん、あるよ。」
「なんて呼んでるの?彼のこと。」
「え?・・・恥ずかしくて言えない。」
「なんで?」
「えーと、彼の名前は・・・。アツシ。」
「えっ?それって。」
「ごめんなさい。勝手に、柴田君の名前つけちゃって。」
「美咲ちゃん・・・。」
「実は私、柴田君のことが、好きなの。」
「美咲ちゃん、実は前から俺も、美咲ちゃんのこと・・・好きだった。」
おい、やめろ柴田。それ以上、俺の美咲に近づくな。
ふざけるな、お前。俺の目の前で。
「ダメ、柴田君、アツシが見てるよ。」
「はは、ナニ言ってんの。これは、ただの人工知能搭載のスピーカーだろ?音声認識で何でもやってくれるっていうやつ。」
「でも、これ、転送機能とかあるからヤバいよ。もし間違って、私たちの様子が転送されちゃったらヤバいでしょ?」
「へぇ~、そうなんだ。でも、なんかそれって逆に見られてる感じでモエない?」
「あん、ダメ。そこっ!」
「へえ、弱いんだ、ココ。」
「あぁん、いやっ、だめ。」
「そんなこと言いながら、もうこんなになっちゃって。」
ふざけるな、ふざけるな、ふざけるなあああああ!
柴田、殺す。殺してやる!
俺は、部屋を飛び出した。
行く先は、もちろん美咲の部屋。
俺たちの同棲生活をめちゃくちゃにしやがって、柴田。
美咲は、俺を人工知能搭載スピーカーだと信じてやまなかった。
販売したのも俺で、届けたのも俺。スピーカーの声ももちろん俺で、自動調理機の遠隔操作をしていたのも俺で、洗濯も掃除も全て俺が合鍵で入ってやっていたのだ。
この機械に細工するのに、どれだけの労力と時間を費やしたと思っているんだ。
許さん。
美咲も、柴田も。
俺を裏切りやがって。
二人、まとめてあの世に送ってやる。
俺にはこの合鍵があるんだ。見てろ。
ほら、開いた。覚悟しろ、二人とも。
あれ?開かない。
ガチャガチャガチャ
「えっ?だれ?」
抱き合っていた二人は、ベッドから離れ、美咲は柴田のシャツを羽織り、インターホンのスイッチを入れ、画像を確認した。
「開けろ!美咲!俺だ!」
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「やだ、怖い。」
「美咲ちゃん、誰?この男。」
「見たことあるような・・・あっ!思い出した。あのスピーカーを買った店の担当販売員だわ。」
「なんで、電気屋の販売員が?まさか、美咲ちゃん、この男と・・・。」
「そんなわけないでしょう?こんなキモイ人。」
「だよな。こんな奴が美咲ちゃんの彼氏とは思えない。」
「ふざけるなよ、柴田!殺してやる!」
「なんで俺の名前知ってるんだよ!」
「柴田君の名前なんて、私もこの男に話したことなんてないよ?」
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「俺の美咲に触るんじゃない!出てこい、柴田!」
「おい、お前、ふざけるなよ。誰が俺の美咲だよ!」
柴田は、インターホンのスイッチを入れると応対した。
「俺と美咲の同棲生活を邪魔しやがって!許さんぞ!」
美咲の顔が青ざめた。
「ねえ、柴田くん、もしかして、このスピーカー・・・。」
「なるほどね、これで美咲ちゃんのこと見てたのか。」
「やだ、怖い。キモいよ。」
「こいつ、イカれてるよ、美咲ちゃん。警察を呼ぼう。」
「最近、なんか家の物の位置とかが微妙に変わってて、気持ち悪かったから、今日、業者の人に来てもらって二重ロックにしたの。やっぱり誰かが侵入してたんだわ。」
こうして俺と美咲の同棲生活は終わってしまった。
「あのね、君、被害者と同棲してたっていうけど、そんな事実はないよね?」
「同棲してたんです。」
「妄想もたいがいにしなさいよ。君は、彼女に細工を施した人工知能スピーカーを販売し、自らの声で彼女に話しかけてたんだよね?」
「彼女は、いつも俺と一緒だった。」
「こういうのを、ストーカーっていうんだよ。知ってる?で、合鍵はどうやって手に入れたの?」
「彼女からもらった。」
「そんなわけないでしょ?」
「あいつさえ現れなければ。俺たちは幸せに今も暮らしていたというのに。あいつさえ・・・あいつさえ・・・殺してやりたい。殺す。」
作者よもつひらさか