初めて合鍵を送った男は、サイコパスだった。
初めは男のことをよく知らなかったし、とても優しかったのでつい心を許して、鍵を渡してしまったのだ。
ところが、しばらくすると、勝手に自分の友達を泊めたり、近所迷惑も顧みず大声でギターをかき鳴らして歌ったり、あげくの果てには、どこからか女を連れ込んできたり。
そのことに苦言を言えば、殴る蹴るの暴力を振るわれた。
親にだって叩かれたことのない女はショックだった。
もう限界だった。一日も早く、この男から逃げたい。
だけど、また暴力を振るわれるのが怖い。
男の晩酌のビールに睡眠薬を入れた。最初から入れるとバレるので、ある程度ベロンベロンに酔っぱらった状態で、程よく酩酊している時に入れた。
もう酔っぱらっているので、舌もマヒしているのか、男は、一気にそのビールをあけた。
ソファーで寝込んだ男の首を、電気コードで思いっきり絞めた。
女ひとりの力では厳しいので、電気コードの端っこは柱にしっかり括り付け、男の首にそっと電気コードをかけて回し、一気に全体重をかけて締め上げた。
男はもがき、苦しみ、掻きむしって食い込んだコードを取ろうとしたが、首に血をにじませるだけで、取れなかった。そのうち、男はぐったりとソファーに倒れこんだ。
やってしまった。
でも、これで地獄から救われる。
困ったのは、死体の処理だ。
重い男を引きずり、ようやく風呂場に叩き込む。
男を解体するのは、意外と骨の折れる作業だった。
だが、意外と小分けに分けることができた。
女は、大きな冷凍庫を買った。
小分けにした男を、丁寧にビニール袋に包んで、冷凍庫に収める。
しかし、ゴミとして捨てれば、きっと見つかってしまうだろう。
埋めることも考えた。
しかし、このご時世、どこにでも防犯カメラがついている時代だ。
不穏な行動をすれば、きっとどこかでボロが出る。
そこで女は、考えた。
少しずつ、食べてしまおう。
最初は、人としての理性が邪魔をして、食べるのには勇気が要った。
だが・・・。
「美味しい!なにこれ!」
女は、今まで食べたどんな肉よりも美味に感じた。
女は、人の肉の味が忘れられなくなった。
女が転職した職場に、よく太った男が居た。
そろそろ冷凍庫の男の肉が底をつきかけていた。
最初の男は、細身だったが、太った男の味はどうなのだろうか。
その味を想像すると、女は何としてもその男を手に入れたくなった。
しかし、以前の男は身寄りもなく、ろくでなしだったので、居なくなろうが、誰も気にとめることはなかったが、この男はそうはいかないだろう。
家族も居れば、職場の仲間とも上手くやっているようだ。
この男がいなくなれば、きっと、一番近しい人間が疑われるはず。
だから、女はこの男と親しくなるわけには行かない。
だが、男には、自分に興味を持ってもらわなくてはならない。
女は、男が自分に興味を持つように、男の好みを熟知し、気に入られるように振舞うが、決して親しくはならなかった。
女の思惑通り、男は、女に熱を上げていることは手に取るようにわかった。
手ごたえを感じたところで、女はわざと、無防備に鍵を盗ませて合鍵を作らせることに成功した。
これで、男とは、ほぼ接点なく、男が勝手に自分の部屋に侵入してくるのを待つだけ。
案の定、男は引っかかった。
それにしても、ドジな男だ。
侵入しておいて、靴も隠さないなんて。
刃物を使ってしまったので、床が汚れてしまったが、これは拭き取ればなんとかなるだろう。
ああ、この桂という男は、どんな味がするのだろう。
女は、早くこの男を調理したくてたまらなかった。
それには、またあの骨の折れる解体作業をしなければならない。
桂という男を解体してみれば、意外に黄色い脂肪の塊が多くてげんなりした。
「不味い。」
女は、牛肉や豚肉のように、人にも美味いのと不味いのがあることを知った。
さて、この肉はどうしよう。
考えた末、女は、もう一つ冷凍庫を買うことにした。
そして、女は、中肉中背の適度に霜がふってそうな人物に目を付けた。
「店長、美味しそう。」
作者よもつひらさか
合鍵 http://kowabana.jp/stories/31108
これの美咲サイドの話になります。