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中編7
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廃家の姿見

深夜の国道をいつもより少しだけスピードを上げてSと並走する。

身体にうける風が心地よくて熱帯夜の暑さも一時忘れることができた。

大通りから左折で横道に入る。しばらく真っ直ぐに進むと目的の家が見えてきた。

単車のエンジンを切り、メットを脱いで汗で張り付いた髪をかき上げる。真夏の深夜、風も吹いておらず生暖かな温度がすぐにTシャツをしっとりと濡らした。

「あっちぃーな」メットをとると同時にSがこぼした。

もしかしたら、先客がいるかと思ったのだが、予想に反して誰もおらず、虫だけが静かに鳴いている。

『心霊スポット』俺達の地元からバイクで一時間程の距離で、F市では割りと有名な廃墟。

和風の古くさい二階建てで、父親が狂って家族六人を殺してから自害したとかなんとか、まあどこにでもあるような曰く付きの廃墟だ。

「いつぶりだ?」Sが咥えた煙草にジッポで火をつける。

「確か、春にも来てるな──」

金のない高校生のガキが連休中にすることなんてたかが知れてる。夜な夜な集まり朝までだべるか、たまに夜中の海や心霊スポットに行くくらいだろ。と言うことで俺達がここに来るのも一度や二度ではなかった。

慣れた調子でフェンスを乗り越え裏口にあたる場所から廃家に侵入する。

カビや埃、誰かがこんなところで飲み食いしたのか、すえた臭いに顔をしかめる。

キーホルダーにぶら下げたオモチャみたいなペンライトで辺りを照らしながら奥へと進んだ。台所を抜けて居間に入ったところで、

「うわおっ!」とSが変な声を出した。

「お前いつもあいつでビビるよな、学習能力ねーのかよ?」俺が皮肉った笑みで言うと、

「分かっててもビックリすんだよ、こいつわぁ」とペンライトの光をそれに当てて、くるくるとまわす。居間の茶箪笥に置かれたマネキンの頭部。ご丁寧に血糊つき、誰が用意したのか、俺も初めて見たきは死ぬほどビビった。

腐った床に注意しながらゆっくりと進む、壁にスプレー缶で書かれた『夜露死苦』やら『愛羅武勇』などと一緒に族のチーム名が壁にでかでかと書かれている。汚い字で書かれたそれらを横目に目的の場所までペンライトの小さい明かりで歩いた。

今回ここに来た理由は、いつもの肝試しとは少し違う。

この廃家には絶対にやってはいけないといわれていることがある──、なんでも浴室の鏡、全身が映るくらいの姿見があるらしいのだが、それを正面から見てしまうと呪われるとかなんとか──。

友達の知り合いがやって植物人間になったとか、友達の友達が事故って死んだとか、所謂、都市伝説がある。

何度か此処には肝試しに来たが、俺も仲間達もそれだけは誰ひとりやったことはなかった。そこで暇をもて余した俺とSで何かの話の流れからやってみるかということになったのだ。

浴室に続く廊下に到着し、その先四、五メートル先を左手に曲がると脱衣場がありドアを一枚隔てて浴室だ。

「よし、行くか」と俺が歩き出したところで肩に手が置かれた。一瞬ビビり素早く振り向くとSのにやけ面。

「なんだよ!」

「ひとりずつ行こうぜ」ペンライトで自分の顎の下から顔を照らしながらSが言う。

「よし! 行ってこい」Sの背中を強めに一発叩く、ビビらしてくれたお礼。

「痛ってぇ、待て待て、こう言うのは公平にじゃんけんでだなあ──」

「なんだお前、ビビってんのか?」俺も自分の顎の下から顔を照らし、闇に浮かぶ顔を作った。

「そりゃあビビるよ、さっきからあそこで女がこっちを見てる......」俺の背後を覗くようにSが言った。慌てて後ろを振り返るがなにもいない。Sに顔を戻すと、にやけ面。

「てめぇ、こういうところでそういう冗談は──」

「まあまあ、はいっジャーンケーン──」俺のプチ切れを上手くいなして、じゃんけん勝負に持ち込まれた。結果、俺の負け。

暗い廊下を弱々しい明かりだけで進む。脱衣場を抜け浴室に入る。二、三分ほどそこで留まりSのところまで戻った。

「どうだった?」また闇に浮かぶ顔を作りながら言うSに俺はあえて無言で返し、自分で確認してこいとばかりに廊下の先を指差し、行けと合図する。

Sは例のにやけ面を俺に向けると、そのまま暗い廊下を歩いていった。

Sの背中が見えなくなり、今何時か確認しようと、ケツポケからスマホを取り出しオンにする。ディスプレイの時間が2時ちかくを表示していた。

スマホのほうがペンライトより明るくね?

などと思っていると、奥から「うわあぁ!」

と言う声と同時にペンライトの光が闇の中、四方八方に動いた。ドタドタと音がしてSがこっちに走って来る。するとそのまま俺の横をすり抜け出口に向かっていった。

「おい! 走んな、危ねえぞ!」Sに向けて叫ぶがお構い無し。仕方がないので俺も後に続いた。

廃家を出てフェンスを越えると、Sがバイクの側でしゃがみこんでいる。また何か企んでいる可能性もあるので警戒はしていたが、Sの顔を見てその考えは消えた。

真っ青な顔で下をうつむき、

「やばい、やばい、やばい、やばい、──」

地面相手にひとりで呟いている。

「おいっ、S」肩に手をやり揺すると、今初めて俺に気づいたらしく、俺を見て口をパクパクさせるが声が出ていない。何があったか分からないが、Sを落ち着かせるため、来る途中に見かけたコンビニに歩いて向かうことにした。

俺が先を歩き、Sが二、三歩後をついてきているのだが、

「なんでねーんだよ......なんで......」

ひとりでぶつぶつと呟いている。俺はあまり刺激しないようにと、話しかけずに黙ってコンビニまで歩いた。

俺がコーヒー、Sに炭酸を買い、外に灰皿だけが置かれた喫煙スペースで待つSに渡してやる。コンビニの壁を背もたれにして俺が座り込むとSも横に並んだ。

煙草を取り出し火をつけると、横でSがジッポをシュッシュッと着火させてるが、手が震えているのかなかなかつかない。俺が自分のライターで火をつけ、Sが咥えた煙草に寄せてやる。口に挟んだ煙草の先も微かに震えていた。

一服つけて少し落ち着いたのかSの顔に色が戻って来た。そろそろ話を聞こうかとタイミングを計っていると、Sの方から口を開いた。

「......浴室に入ってすぐ右手の壁に例の鏡があったろ、ああこれかぁ、なんて思いながらライトをあてたんだよ。手を下げた状態だから鏡の中の俺の下半身から腹あたりまでしか見えないだろ、そんで手首だけ傾けて上半身を照らしたらさぁ、......そしたら顔がねーんだよ。首から上がない。まあその時は鏡が汚れて丁度顔のあたりをぼかしてそんな風に見えただけと思ったんだ──」

Sはそこまで話すと一旦言葉を切ってペットボトルに口をつけ、一度、目をきつく瞑った。そしてゆっくりと目を開き、話を再開させた。

「ライトを鏡にあてながら、下げた腕を持ち上げていったんだ。腹から胸、首と鏡を照らすと、そこで手が止まった。やっぱり顔が映ってねえんだ。勝手に悲鳴がでたよ、そこで初めてこれはヤバイと思って逃げ出したんだ」

そこまで話すと、うつむき、地面に向け長いため息を吐いた。

今の話には俺からも言いたいことがあったのだが、余計なことを話していたずらにSの不安を煽るのもどうかと考え直した。

「まあ、あれだ、そう、見間違い──うん、気にするな、あっはっは」Sの肩をバシバシ叩いた。Sは顔を上げると夜空を仰ぎ、

「あーくそっ! なんなんだよあれは! 」

天に向け怒鳴った。

わざと怒って、恐怖心を和らげようとしているのがみえみえだったが、いつもの調子が戻ってきたことにひとまず俺は安心した。

「いつまでもここにいてもしゃーねーから帰るか」俺は三本目の煙草をもみ消し立ち上がりケツをはたく。

「今日、お前の部屋に泊まるわ」スマホをいじりながらSは当たり前のように言った。

「なんだお前、ビビってんのか?」冗談と分かるように軽口をたたくと、

「ああ、怖い、かなりビビってる」

らしくないSの反応に、結構やられているのだと改めて思った。

「親が寝てるから静かにしろよ」

「ああ分かった──あと、バイクとってきて」ポケットからキーを取り出し俺にさしだす。

「えっ? なに?」とりあえずキーを受け取る。

「オレはもうあそこには近づきたくない、二度と行かない」それだけ言うと俺の返事も聞かずに、さっさとコンビニの中に入っていった。結局俺が往復してバイク二台を持ってくるはめになった。

帰りがけに缶チューハイを一本ずつ買って、寝る前にふたりで飲んだ。少し酔っぱらえばSの不安も紛れるだろう。そして空が明るくなり始めたころ俺達ふたりは眠りについた。

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それから数日後──Sは死んだ。

バイクの単独事故、何故かノーヘルだったらしく、頭部が半分程欠損していたそうで、死に顔も見ることはできなかった。

葬儀の日にいつも俺達とつるんでるMとFに廃家でのことを話してみたが、偶然に決まっている。人ひとり死んでいるのにそんな冗談みたいな事と結びつけるなと、怒られた。

でも俺は、Sの死があの日ことと無関係だとはどうしても思えなかった。だって──、

あの廃家の浴室に、鏡なんてなかったんだ。

あの日じゃんけんで負け、先に俺が浴室に入った時に鏡なんてなかった。浴室の床に散らばったガラスや砕けた鏡の欠片なんかは落ちてはいたが、Sが言っていた壁に備え付けられた鏡なんて浴室のどの壁にも、絶対になかった。

Sがあの時見たと言っていた鏡がなんだったのか、Sはあの時からすでにナニカに憑かれてしまっていたのか、俺には何も分からない、ただ、──今は後悔しかない。

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